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【みんなで選ぶ一人小説ダンス劇】毎日連載「〇〇な男」第3話

ダンス劇作家「熊谷拓明」が、この度の緊急事態宣言が解除されるまで     ダンス劇小説を毎日連載!
もっともいいねを集めた作品を、収束後どこかの会場で、
熊谷が60分の1人小説ダンス劇として上演致します。

第3話「よばれがちな男」 作.熊谷拓明

とにかく玉ねぎを切る。

10キロ。

今日は全てみじん切りにしなくてはならない。

厨房の真ん中にある、畳2枚分の広さはある調理台に、
7人家族だった実家にあった、まな板の3倍はありそうな大きなものを2枚。
向かい合わせに並べて、店長と二人、とにかく玉ねぎを切っている。

玉ねぎを半分に切って、縦に無数の線を入れる。
完全に縦断するのではなく、スタートから数ミリの所に包丁の先を入れ、素早くゴールを目指す。
今度は縦断した無数の線にたいして垂直に、まな板と平行に、包丁でたった一撃横断させる。
無数の縦断に対して、このふてぶてしい横断の一撃を刺すのがわりと好きだった。 
そして最後はカリスマ中華料理人になったかのような速度で、無数の縦断にたいして垂直に、包丁を容赦なく振り下ろす。

なんとか半球体でいようとしていた玉ねぎも、観念してついにみじんになる。

店長はこの作業を、自前の鋭く小さなペティーナイフで行う。
あのペティーナイフを使えば、僕もあの速度で玉ねぎをみじんにできるだろうか。
僕が1つの玉ねぎをみじん切りにし終えた時、彼は4つ目の玉ねぎに手を伸ばした。 
4つ目の玉ねぎがみじんにされた時、厨房と店の外の地下街通路をつなぐドアが開いた。

「おつかれ。店長借りるよ。」というと、この店のオーナーである笹本さんは、玉ねぎを4つ仕留めた店長を店の外の地下街通路へと手招いた。 
店長は僕に「玉ねぎ終わったら、サラダ用のトマト切っといてね。」と言いながら、右手のひらを自分の顔に並べて微笑んだ。

元気なトマトを4つに切り、ランチ用サラダをあらかじめ盛り付け、ラップをかけて自分の上半身が奥まで入って行きそうな冷蔵庫に入れ終わると、本日最初のオーダーが入った。

Aランチ。
Aはたっぷりとミートソースのかかったオムライスに、コンソメスープ、手のひらくらいのレタス2枚と、申しわけ程度のブロッコリー、先程のトマトをひと切れ乗せたランチサラダが付く人気メニューだ。

今朝のみじん切りは、明日のこのミートソースに使われる。

何件もの飲食店が建ち並ぶこの地下街には、水曜日でも多くの人々が、ちょっとお得で、ちょっと仕事から頭を切り離す事が出来るメニューを探してさまよう。
そんな彼らがさまよう通路に面している、大きな1枚ガラス窓の正面に位置する三つ口のコンロに向い、熱く熱した鉄フライパンに、わざわざ高い打点から油を落とし、必要以上にフライパンを回し、続けて高い打点から、大きなお玉一杯分の卵を垂らす。
店長がいないのをいい事に、隣のフライパンのチキンライスは、いつもより多めのバターを含み、高カロリーな幸せ
な艶をおび、半熟の卵の上に飛び込んだ。

最高潮に熱くなった鉄フライパンを、馴れたような手付きで大きくふると、ぷるんとした卵に包まれたオムライスが自慢げに登場する。

ガラス越しに見守るさまよえるOLが2人、嬉しそうに拍手をする。このタイプの客はうちの店には入らない。

最後にフライパンを皿の上で滑らせ、ポンっと皿に乗ったオムライスにミートソースをかけ流し、ホール店員の待つカウンターに静かに置いた。

無口な方がなんとなく格好がよい。

そんなことを思っていたら。1時間前に連れ去られたドアから店長が顔を出し、僕の顔を見て「お客様だよ。ちょっと早いけど休憩入っちゃっていいよ。」と、いつもと変わらない声で伝えた。
窓越しに視線を感じ、ふっと通路に目を向けると、白髪をキレイな七三に分け、品のいい細い銀縁の老眼鏡を、すっと顔に乗せた男性がこちらをみて、驚くほど柔らかく微笑んだ。

店から4軒ほど離れたコーヒー店に入ると、半分から下に白いレースのカーテンが掛かっている窓側の席に座り、正面に座る僕に「お好きな飲み物をよろしければ。」と、選択肢の極端に少い、丁寧なメニューを広げてくれた。

雪平鍋が小さくなったようなカップに口をつけ、
アイスコーヒーを一口飲む僕の頭頂部に、柔らかい低音が話しかけた。
「昨日はほんとにありがとうございました。
おかげで、無事に地下鉄に乗ることができました。

あなたはお若いから、まさかとお思いでしょうが、80も過ぎると急にどこかがいつも通りにいかなくなる時があるもんなんです。

先日なんて、お手洗いで急に貧血になりまして、あまりにも遅いので家内が外から戸を叩いて呼ぶんですが、聞えているのに立ち上がれなくて、しばらくしてやっと。。。」

柔らかく、楽しそうな表情で語られるエピソードは、なんだか羨ましい夫婦の話にすら聞こえるのが不思議だった。
ついでに、自分にもそんな日がやってくるのか、その時に戸を叩いてくれる家内はいるのか。まで思考が進み、急に不安になって、もう一口アイスコーヒーを急いで飲んだ。

昨日店に出勤する前に、同じ地下街にあるテイクアウト専門の、ソフトクリーム屋の前を通りかかった時、開店前のその店のショーウインドウに背中をも垂れ、座り込んでいる年配の男性を見つけ、慌てて声をかけた。
苦しそうな肩をさすりながら、小さな声に耳を向けると、「スルメを頂けないか?」と言うのだ。
スルメをリクエストされる事を全く想像していなかった僕は、その言葉を頭の中で2周半ほど回してやっと「スルメ」になった。

急に喉が詰まってしまい息がしづらいのだと言う、
それがスルメでどうにかなるのか考える暇もなく、もちろんスルメの持ち合わせもなかった僕は、「買って来ましょうか?」と聞いていた。
自分でも驚いた。何処にスルメを買いにいけばいいのだ。
すると、「飴でも頂けたら。」と苦しい中で彼が言った。
妙にホッとして、近くのキヨスクに駆け込み、1番高いのど飴を買って彼のもとへ戻った。

飴玉を優雅に口の中で転がすうちに、喉がらくになったのか、彼は顔色を戻し、何度も何度も感謝を伝え、ゆっくり立ち上がり、千鳥格子柄の丁寧なジャケットの裾を整えると、地下鉄の駅に向かってあるき出した。

今日は紺色の品のいいビロードのジャケットに、グレーのスラックスに、歩きやすそうな柔らかいブラウンの革靴で、店に戻る僕を見送っている。

忙しいランチタイム、一人オムライスを作り続けた店長は、いつもの表情で少し汗をかいていた。

おわり。

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最後までお付き合い頂きありがとうございます。
もし、この話がダンス劇になったら、どんな動きでどんな声なんだろう。。。
僕も今はわかりません、皆さまが選ぶダンス劇。
一緒にワクワクを感じて頂けたら幸いです。

期間中、サポートボックスよりサポート頂けたみなさまのお気持ちは、選ばれた作品をダンス劇として上演する準備資金として使わせて頂きます。

必ず劇場でお会いしましょう!

踊る「熊谷拓明」カンパニー
熊谷拓明

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