気楽なフリーター稼業

題名は事実である。というよりこれは当然の結論である。フリーターが正社員より強い責任を負うことなど、まずありえない。一時的にあり得ても、永続的にはありえない。あってはならない。だから自由気儘、気楽な稼業である。

私は今フリーターである。アルバイターである。概ね週に4日出勤し、5時間ずつ働く。私の仕事は裁量がかなり大きい。アルバイトのくせに。ぼやかして言うと料理をしているのだが、作るメニューや仕入れる食材、やりたいメニューなどほとんど私が一存で決められる。上長、というか店長に提案すれば、すぐに採用される。今のところ断られたことはない。

この様な環境で一年ほど働いて、私はそろそろまた正社員になろうと動き始めた。欠勤することもあまりなく、一年間働いた。これに自信を持った、というのが大きい。10月の初めに2社応募してみた。それに伴う書類の準備や、面接の支度を通じて、私は自分がいかに社会生活に適してないかを悟った。

応募した2つの会社は、どちらとも現住所から遠隔地であった。片道2時間の通勤を要する。この事実は、応募する前は全くと言っていいほど気にならなかった。それ以上に仕事の内容や、待遇がよかったからだ。働き始めてしばらくお金を貯めて、さっさと引っ越せばよい。そういう考えで面接に臨んだ。

先ずは1社目の面接。近頃はやりのweb面接だ。zoomなどろくに使ったことがないから不安だったが、支度しておけば何の問題もなかった。無事に面接は終わり、私は2次面接を受けることになった。

2次面接のスケジュール調整の間に、2社目の面接があった。ここも最初はweb面接の予定だったが、電話で「web面接の経験はありますか、teamsで行いたいのですが」と聞かれ、「いえ経験はないです」と答えたため、不具合などの不安があるので対面にしましょう、ということになった。

その日もシフトに入っていた。いつも通り昼過ぎまで仕事をして、そこからすぐスーツに着替えて面接に向かう。2時間の道のりはドライブにしては長すぎた。幼い頃から何度も行ったことはある地域である。しかし私はそこに異郷を感じた。私と何もつながっていない土地。私はここでは糸の切れた凧だな、とよくわからないことを感じた。

面接は私の移動時間を考えて、16時からという極遅い時間からだった。もう空は赤い。異郷にありて一人戦う孤独か、とにかくセンチメンタルな気持ちになった。未だに気温は30度を超えていた。そんな中でネクタイを締めてジャケットを羽織って、それに駐車場の利用の話をつけていなかったから1km以上離れたtimesから歩く羽目になった。じっとりと汗が出る。マスクをしているから少し息苦しい。面接場所に到着したとき、私はまさに不審者の如き様相であったろう。私を一瞥して少したじろぐ受付に、上がり気味の息を整えて名乗った。

私は元来汗っかきである。30度ほどの気温の中で1kmほど歩かされ、さらに階段を登らされれば、もう汗は止まらない。滝の如き汗、と言うほど噴出するわけではないが、じっとりとずっと汗が出る。面接の部屋に入る。「●●です。本日はよろしくお願いいたします」。見るからに哀れな様態であったはずだ。面接官は2人。ひとまず上着を脱いで結構だと言われた。

面接官のうち一人は、とてもフランクな態度をとっていた。もう一人は、いかにもお堅い感じであった。ある程度支度をしていったし、面接も場数を踏んでいるので、さして緊張はしない。面接官は、しきりに私の通勤時間・通勤距離を心配していた。面接が終わり、交通費精算の段になって、指示された通りの書式を記入して渡すと、「えっ、こんな金額になる!?」と驚かれた。

家に帰りついたのは20時だった。革靴をちゃんと支度していなかったので、足にひどい靴ずれができた。なぜかわからないが両足ともむこうずねが鈍い痛みを放っていた。そして私は、己の軽率を呪った。通勤に片道2時間を要するということは、往復で4時間ということである。給料も出ない残業が、毎日4時間課されるのと同じだ。そしてこれは、あくまでも残業がない場合なのである。残業が平均的に毎日2時間ほどあるらしいから、帰宅時間は22時にもなる。朝は6時起き。ただでさえ精神が弱いのに、これでどうやって生きてゆけばよいのだ。なぜ私はこんなに簡単な理屈にも至らなかったのか。呪った。

1週間後、その会社から不合格の連絡がきた。内心ほっとした。そして最初にweb面接を受けた会社は、まだ返事をよこしてこなかった。私が二次面接の希望日として送った日を過ぎても、まだ返事は来なかった。

そして先週金曜、ようやく返事が来た。実に1週間待った。内容は返信の遅れへの詫び、そして日程の再調整の連絡であった。

私は心が冷めてしまっているのを自覚した。先の経験から通勤が著しく苦痛になることは明白だった。そして一方的に日程をこの日にしろと指定されたことに、少し不満を感じた。就職活動は、会社が個人を選ぶ場であるが、それと同じくらいに個人が会社を選ぶ場でもあるのだ。

今日、私はその会社に選考辞退の連絡をした。返事は思いのほか早かった。テンプレの返信だった。しかし、その中には改めて「面接日程の連絡が遅れ、また一方的にこちらから指定して申し訳なかった」という御詫びが記されていた。

少し申し訳なくなった。

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