「防犯対策を明確にする犯罪機会論〜人の目が隅々まで届き、犯罪者が入りにくいキャンパス作りを」『教育学術新聞』2022年12月21日号

都立大襲撃事件を受けて執筆した記事が掲載されました。noteでは記事で掲載できなかったスクリーンショットや写真を補い、よりわかりやすくしています。ご笑覧ください。

キャンパス内での襲撃事件を受けて

 11月29日午後4時15分すぎ、東京・八王子市にある東京都立大学南大沢キャンパス内で教員(以下被害者)が1人で歩いている時に何者かに背後から襲われ、全治1ヶ月の重傷となった。加害者(犯人)は待ち伏せをしており、犯行後は現場から学外に逃走したという。犯人は現時点(12月7日)では逮捕されておらず、動機等は不明である。事件後、同大学は学長をトップとする学校危機対応チームを立ち上げ、職員の巡回強化等をはかるという。
 このニュースは大学関係者にも衝撃を与えるとともに、被害者がメディアでも著名な論客でもあったことから、マスメディアやSNSでは犯行動機の推測であふれかえった。一方、キャンパス内の防犯体制強化の是非も論じられており、「開かれた大学」を巡って議論が起きている。
 今後、多くの大学でも、警備員の増強、巡回の強化、防犯カメラの増加といった対策が導入されるだろう。
 しかし筆者は、大学がキャンパスの安全確保のために取り組むべきことは他にもあると考える。それは、犯罪機会論や防犯環境設計(CPTED: Crime Prevention Through Environmental Design)の考え方にもとづき、キャンパス空間の改善に取組むことである。
 犯罪機会論は1980年代以降、欧米で発達してきたアプローチである。我が国における犯罪機会論の第一人者である立正大学の小宮信夫教授によれば、多くの犯罪者は犯行を目撃されず、犯行後に逃走しやすい場所を意図的に選ぶため、場所の「監視性(見えにくさ)」と「領域性(入りやすさ・逃げやすさ)」が犯罪発生のリスクを左右する2大要因だと指摘する。人の目が届きにくく(見えにくく)、犯罪者が逃げやすい(入りやすい)場所は、過去に犯罪が発生したかどうかはともかく、犯罪発生の蓋然性が高いのである。これらの要因には物理的な側面(ハード面)と規範的な側面(ソフト面)がある。ソフト面で言えば、管理が行き届いておらず、秩序感が薄い場所では犯罪がはびこりやすいことを明らかにしたのが「割れ窓理論」である。
 今回の襲撃事件に関して、メディアでは犯行動機にばかり注目が集中しがちであるが、キャンパスの安全レベルを高めるという目的からは、犯罪機会論の考え方に立脚することが重要となる。本稿ではこの犯罪機会論にもとづき、このたびの襲撃事件に関して「なぜこの場所が選ばれたか」という点を分析する。そのうえで、キャンパスの防犯レベルの向上策を検討する。また、「開かれた大学」と「キャンパスの防犯レベルの向上」を両立させる考え方も示したい。

 なぜこの場所が選ばれたか

 筆者はこの場所をGoogleストリートビューで確認してみた(https://goo.gl/maps/hkw1AQSXdEbQCe2A8 )。


Googleマップでみた現場。黄色が被害者、赤色が犯人の想定される動き

 被害者は授業終了後、学生ホールからキャンパスの北部を東西に走る小道を通って、最短経路で駐車場に向かっていた。被害者は小道の途中の中門(閉鎖されている)付近で襲撃されたようである。この場所はキャンパスの北門の道路から100mほど東に進むと右手に見えてくる。


Googleストリートビューからみた中門。左側に人が通り抜けできるけもの道があることがわかる。
中門の西側。犯行現場と推測されるあたり。石垣と植栽で小道が外部から視認できない
学内から小道を見ようと思っても、植栽で視線が遮られてしまっている

 この場所は2つの特徴が見られる。第1に、付近に植栽が覆い茂っているせいで、学内外からこの小道が全く視認できないことだ。つまり、犯罪者にとっては好都合の「見えにくい」場所なのである。第2に、中門左側(東側)に通り抜けできるけもの道があることだ。中門前の道路の反対側にはバス停があり、バス利用者がここを出入りしている可能性がある。このような領域性の低い「入りやすい/逃げやすい場所」は、犯人にとって絶好の逃走経路となる。
 これらの特徴から、なぜこの場所で犯行が実行されたかが説明できるであろう。この場所は、犯行時に目撃者や制止者が現れない可能性が高く、犯行後すぐに逃走できるという意味で、犯人から見て好都合なのである。

 キャンパスの安全をどのように確保するか

 キャンパスの防犯レベルを高めるための初めのステップとして、まず、学内の危険箇所を洗い出していく必要がある。例えば植栽・ブロック塀・窓のない壁面などによって、周囲から見えにくい場所や、出入り口が限定されておらず、犯罪者がどこからでも逃げられる場所は危険である。ゴミや吸い殻が放置されていたり、落書きが消されていないような管理が行き届いていない場所も危険である。
 危険な場所は建物内部にも存在する。例えば、窓がなく廊下や外からの視線が確保されにくい教室や研究室などである。男女の入り口が近接しており、別の入り口に近づいても気づかれにくい場所のトイレでは盗撮発生等のリスクがある。キャンパス内にこのような危険箇所はどれくらいあるだろうか?
 次に、そうした場所が改善できないかを検討する。最も改善が容易で効果が大きいのが植栽の剪定である。高い木は下枝を落とし、低木は低く刈り込み、学内外から人の目が届くようにすることはさほど難しいことではない。欧米の公園を見ると、監視性を確保するための植栽管理が行われていることに気づく。都立大も、今後、中門付近の場所の防犯レベルを向上するには、植栽の剪定が不可欠であると考える。

ニューヨークの公園。植栽の下枝がかなり落とされているのは、ビルの窓からの視線が公園に届くためだ。
イギリスの公園。低木は胸より下、高木は下枝を選定され、公園の外からの視線が公園に届くように植栽管理が行われている。

 植栽の剪定に関して筆者が関わった事例を紹介しよう。石川県小松市の小学校では、子どもを対象とした犯罪が連続して発生したこともあり、筆者に地域安全マップづくりの依頼があった。子どもたちが作成した地域安全マップの中で、学校の植栽が茂りすぎていることが指摘されていたため、筆者は校長に植栽の剪定を強く提案した。すると、校長が音頭をとってPTAや地域住民有志で植栽の剪定を行ったのである(図1)。その結果、敷地周辺の視認性がかなり向上した。その後、学校周辺で発生した事案は1件もない。また、植栽が伸びてくると地域住民が剪定を申し出てくるという。

石川県の某小学校で地域安全マップを作成。子どもも学校周辺の植栽の危険性に気づいた
校長先生、PTAの方々のボランティア活動により植栽の下枝が払われ、周囲の視認性が高まった。

 開かれた大学との両立

 「人の目」を犯罪機会論では「自然監視性」と呼ぶが、人の目による自然監視性を増やすことは防犯上非常に重要である。休憩時間や放課後に学生があちこちで歓談したり活動している状況は、キャンパスの安全性を高めることにもつながる。そこで、窓ガラスを増やしたり、窓ガラスを清掃することで人の視線が届きやすくすることも有用である。キャンパスの安全性は、警備員や巡視員、防犯カメラだけに依存するものではないのである。
 最後に、キャンパスの監視性と領域性を高めることは、「開かれた大学」と矛盾することにはならないことを述べたい。「開かれた」という意味は、地域への情報公開や連携推進が主たる意味でもあるはずだ。また、ハード面からみても、監視性と領域性を高めることは、必ずしも近隣住民を締め出すことを意味しない。安全性の高いキャンパスは、市民が安心して散策できる場所でもあり、それは自然監視性を高めもする。
 大学のキャンパスの防犯レベルを高めることは、大学の魅力を向上させることにつながるという視点こそがが求められるのである。

12/26追記:画像の説明を少し変更しました。


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