学部長の教科書⑲ マネジメント編「明文化されたルールの整備」その2
前回紹介した学部単位の「授業のルール」「授業のガイドライン」は、学部として目指す授業改善の方向性を定めるという意味で、「方針・ポリシー」とに近い内容と言えるかもしれません。しかし、ルールはポリシーより具体的です。また、ルールは教授会で教員たちの議論を通じて策定されたものです。だからこそ授業レベルに対する明示的なルールの影響力が大きいのだと考えています。
ルール策定するメリットが理解されるようになれば、ルールを改善しようという動きに繋がります。北陸大学経済経営学部では、「授業のガイドライン」に関連する形で、より詳細な「授業に関する申し合わせ」が後日作成されました。出席管理方法や受講のルール、座席指定など詳細な内容に踏み込んだルールが定められています。
次に、私が過去に学部長として手掛けた他の「ルール」についても紹介することにしましょう。一つは、「ゼミ担当教員指導指針」、もう一つは「成績評価のガイドライン」です。
(1)ゼミ担当教員指導指針
「ゼミ担当教員指導指針(以下「指針」)」とは、いわゆる”担任”がやるべきことをまとめたマニュアルです。もともと北陸大学は、中退防止を念頭に置いた「担任業務」を重視しており、そのための「担任指針」が各学部で定められていました。私が経済経営学部の改定を手掛ける時に、1・2年ゼミで行ってきた改革をベースに、内容を大幅に刷新することにしたのです。
以下は、「前文(はじめに)」の部分です。私は、このような文書を作る際に、「前文」はとても重要だと思っています。前文で、ルールの趣旨や目的をしっかり書き込んでおくことが、あとから加わったメンバーへのメッセージになるからです。
この指針では、大学における”担任”とは、「学生生活支援」に加えて、「青年期の発達支援」を行うことであり、具体的には、「自己の成長を適切に評価できる能力を育成する」ことだと述べてあります。つまり、担任とは、学生を自立した社会人に育てる一助となる役割を果たす存在だということです。これは、「学修成果の可視化」を誰が責任を持ってやるのかという、教学マネジメント上の課題に対する一つの回答でもあるのです。
「担当教員は学生を『抱え込まず』、学部は担当教員に責任を『押し付けない』」というフレーズは、私が以前から初年次ゼミの場で繰り返し主張していたことです。初年次ゼミでは、パーソナル支援に過度に依存するのではなく、「学部全体の組織的な教育活動と連動」することが重要だという考え方は、かなり浸透していました。このガイドライン策定を通じて、初年次担当教員間で共有されているコンセンサスを学部全体に広げたいと考えたのです。
指針の原案を教授会で審議する際に、「わざわざ指針に入れる必要があるのか?」と違和感を持たれた先生もいらっしゃいました。しかし、あるベテランの先生が「確かに以前は担任が学生を抱え込んだり、担任に責任を押し付けがちだったじゃないですか。だからそこに戻らないという意味として、あってもいいのではないでしょうか」と発言され、全員が納得したという場面ははっきりと覚えています。
続く内容は次のとおりです。ちょっと長いので項目を中心に抜粋して紹介します。
全体的に、パーソナル支援は確かに重視されているのですが、一方で、「所見の引き継ぎ」や「ゼミ連絡会での報告」が繰り返し登場しているのが特徴です。実際、この指針のポイントは、教員間を繋ぐ仕組みをルール化したところにあるのです。
「ゼミ連絡会」とは、ゼミ終了後、ゼミの内容及び学生情報に関して共有を図るために、担当教員で45分間の打ち合わせを実施することです。「ゼミ連絡回」はすでに1・2年ゼミには導入されており、担任が「抱え込まず」、学部が責任を「押し付けない」というのは、「ゼミ連絡会」という制度によって成り立っています。この指針は、その実践的な慣行を明文化し、制度化しようとしたのです。(「所見の引き継ぎ」や「ゼミ連絡会」の詳細は、拙稿「大学における担任制度の課題とインクルーシブ教育システムの意義~北陸大学経済経営学部の事例」『私学経営』(2021)を参照のこと)。
この指針はその後、毎年少しずつ改定されていますが、「所見の引き継ぎ」も「ゼミ連絡会」も途絶えていません。実践レベルの慣行を文書化することによって、実践は制度へと発展し、人が入れ替わっていく中でも仕組みが続いていく「慣性」を持ち始めるのです。
(2)成績評価のガイドライン
続いて、「成績評価のガイドライン」(以下「ガイドライン」)を紹介しましょう。他の大学関係者、特に教務担当者からは、「このようなガイドラインがあればいいのに」と言われることがよくあります。確かに、今多くの大学で求められているのは、成績評価の基準を組織的に定めたガイドラインだと思います。
文科省は長らく、「成績評価の厳格化」を打ち出してきました。今から15年前に出された中教審の「学士力答申」では、次のように指摘されています。
ここで指摘されている「安易な成績評価」とは必ずしも全員を合格させるという意味ではありません。自分の授業のわかりにくさ、教育力の低さを棚に上げて、不合格者を多く出す授業も「安易な成績評価」だと言えます。このような極端な授業が主要科目にあると、成績不振者が増加し、留年や中退のリスクが増えます。複数クラス開講科目間でこのような評価をする先生が混ざると、学生の不公平感が高まります。前任の大学では、これが起きていました。必修科目で6割以上を落とすような授業があったのです。
一方、今の経済経営学部の成績評価の分布を見た時には、成績評価がインフレ気味だと思いました。S・A・B・C・Fの5段階評価の中で、S評価が大半を占める授業が目につきました。「Sが取れて当たり前」という学生もいました。成績評価が甘いと、学生の受講態度から真剣味が失われます。それが1科目ですめばよいのですが、多くの場合、他の授業にも波及します。全体的に「授業についていくのが大変」という雰囲気が弱いように感じました。
いずれにせよ、成績評価の基準を学部で定める必要を感じていました。前任校では、私は「8割の学生が合格できる授業設計と授業を」と教授会で呼びかけていました。また、そのために授業の難易度を下げるのではなく、教員の教育力を上げることによって達成しよう、とも伝えていました。しかし、その意味が全教員に理解されていたのかは定かではありませんでした。
北陸大学では、その点を踏まえ、明示的なガイドライン策定が必要だと考えていました。そこで、2018年には筑波大学の田中正弘先生に学部FD研修に来ていただき「成績評価の妥当性と信頼性の向上〜組織的な評価体制の構築に向けて」という題で講演とワークシップを行っていただきました。
FD研修に参加した教員からは、「本学部のDPルーブリック及びアセスメントマップを具体化するためのツールが必要」だとか、「コンセンサスというキーワードをもとに学生の納得のいく評価ができるようにすべき」、といった意見が出されました。DPルーブリックやアセスメントマップと連動するツールとして、成績評価のガイドラインが求められると見抜いた教員の鋭さに感銘を受けました。ガイドライン策定のタイミングが来たと感じました。
こうして、長年の懸案だった「成績評価のガイドライン」の骨子を作り始め、2018年の年度末の教授会に提示しました。しかし、異論が多数提出され、すぐには承認が得られませんでした。その後、教授会で何度も案を出し直し、結局最終案が承認されるまで1年以上かかりました。
こうして策定されたガイドラインは次のような内容です。
成績評価の原則は、「『絶対評価(到達度評価)』を基本的な考え方とし」つつも、「成績評価の極端な偏りを防ぐために、相対評価を加味する」という表現に落ち着きました。特に議論になったのは、80%という数字と「S 評価」の割合(15%~20%)でした。教授会では、合格率やS評価率とは、結果ではなく、シラバスを書くときの設計時に念頭に置いてもらう数字であることを何度も丁寧に説明し、理解を得ることができました。
このガイドラインの導入後、「成績評価の裁量が失われる」といった声が教員から上がったことはありません。このガイドラインも拘束力や強制力を期待しているのではなく、教員の「相場感」とでも言える「コンセンサス」を明文化したものだからです。
また、「80%の合格率」というのは、必ずしも「甘い」評価にはなりませんでした。むしろ、導入当時は、授業の難易度を高めることに繋がりました。それまでもっと合格率が高い授業も多かったからです。特に若手の先生方には「きちんと評価する」ことが「厳格な成績評価」だという考え方が浸透したように思われます。S評価の割合も下がりました。ガイドラインを意識する先生方が増えたということだろうと思います。
このガイドラインは、毎年修正が行われていますが、現在もほぼ同内容のものが教授会で共有されています。
まとめ
こうして蓄積されていったルールは、年度初めの教授会で、毎年まとめて資料として配布しています。「生きたルール」にするためには、定期的に教員たちが見返して確認することが大切です。
誤解がないように繰り返しますが、学部単位で定める「ルール」とは、学部長が一方的に学部教員に押し付けるようなものではありません。強制力や拘束力があるわけではなく、ルールに書かれてあることを守れなかったからといって非難されるようなものであってはなりません。コンセンサスを明文化されたルールへ、という流れを作ること自体に大きな意味があるのです。
むしろ、暗黙のルールが多い組織は、新人教員や若手教員にとってストレスになります。何かあるごとに、「実はうちではこういう不文律があって」などと先輩教員たちからその都度暗黙のルールを明かされるのは、「ムラのオキテ」を示されているようで、その組織の閉鎖性を感じます。教育方針や具体的なルールが明文化されていることは、新人教員にとっては安心感につながるのです。
学部長は、学部単位のルールを整備する際には、ルールの意味と策定の趣旨等をしっかり説明したうえで、納得するまで時間をかけて議論を行いましょう。議論の場とは、当然ながら「教授会」です。現場レベルでの実践と議論をもとにルール整備を一歩一歩進めていくことは、学部教授会という会議体があるからこそできることです。
教授会の権限は、今から10年前の「学校教育法」第93条の改正により、学内的にはほぼ権限を持たなくなりました。今や、教授会は学長に「意見を述べる」ことができる存在でしかありません。ただし、学校教育法第93条第3項には、「教授会は、前項に規定するもののほか、学長及び学部長(その他の教授会が置かれる組織の長(以下この項において「学長等」という。)がつかさどる教育研究に関する事項について審議し」という一文があります。教育研究に関する事項を、学部長の主導のもとで教授会において審議決定する自律性は残されているのです。
このように、学部単位のルール整備は、今や大学組織では稀少となった「ボトムアップ型」という特徴があるとも言えるでしょう。「ボトムアップ型」による教育改革ができるのは、学部長が学部教授会をいかに使いこなすか、にかかっています。学部長は学部教授会において「議題の設定(アジェンダ・セッティング)」ができる権限を持っています。これは、改革を進めるうえで、学部長が持つ大きな力の源泉です。そして、ルール整備が進むということは、学部単位の「ガバナンス」も高まることだと、言えるのではないでしょうか。