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小田原の城と緑を考える会 3月見学会 群馬県に北条氏・徳川氏の史跡と文化財を訪ねる

北条氏が攻撃を繰り返した不落の堅城『太山金山城』・徳川家発祥の地『徳川町』・徳川秀忠造営の『前期日光東照宮』新田義貞・足利尊氏らのゆかりを語る『歴史資料館』へ

太田金山城 大手虎口

・小田原北条氏も攻めあぐねた『太田金山城』

 関八州の全域に覇権を及ぼそうとした小田原北条氏は、太田金山城を奪取するために攻撃を繰り返しましたが、ついに武力では落城せず外交交渉に頼っています。その城郭遺構は戦後発掘調査とその後の整備が長年続けられ、探訪にも便利な城跡になっています。城の立地や曲輪の配置など見学しながら、北条氏の苦戦の理由などを考えたいと思います。

太田金山城 日ノ池
 直径16メートルにも及ぶ巨大な池。池周辺に石組井戸が2ヶ所掘られており、
貯水池というよりは雨乞いなどの宗教的な儀式に使われた神聖な場所と考えられています。

・上州の徳川の地と三河の松平と

 つぎに太田市世良田町に、徳川家発祥の地とされる伝承地を訪ねることにしました。すでに本会は徳川家康八代前の祖先の発祥地として、三河の奥の松平を訪れ多くの伝承や遺跡に触れてきました。その時の伝承のひとつに松平の地に男の子を連れた旅の僧が土着をし、その男子がやがて松平氏の初代になるとの言い伝えがありました。そして今回は、その僧と男の子のふるさとにさかのぼる伝承をたずねることになります。

・徳川氏の始祖は新田義季か

 家康がそれまでの姓の松平に替えて徳川を称したのは、その僧の故地が現在の群馬県太田市世良田町だったからと伝えられます。この一帯は後に新田義貞が出て知られますが、はじめ源義家の三男の源義國が久安のころ(1145ー51)京からこの地に下り、嫡子義重にここ新田の庄を与えて住まわせたと言います。そしてその義重の四男の義季ははじめ新田の庄のうち徳河(町内徳川、別に得川とも書く)に居て四か村を治め、その後に義重の跡を継いで新田の庄全域を統治し、徳川家康もこの義季の後裔と伝えています。

・徳川氏の氏寺『世良田山長楽寺』

長楽寺本堂

 長楽寺は山号を世良田山と称し、上記の徳河義季が後鳥羽上皇の勅願寺として臨済宗の栄朝禅師を開山に招き創建したもので、承久3年(1221)のことです。以後足利尊氏や基氏らが補修し、徳川家康も寺領100石を寄進し天海僧正に徳川家墓地としての復興を命じました。境内に秀忠創建の日光東照宮が移建されたのもこれによります。

・日光東照宮に先行する世良田東照宮

世良田東照宮
 本殿唐門拝殿とともに国指定重要文化財。元和度日光東照宮の数少ない遺構の一つである。現在に残る寛永度の東照宮の建 築と比較すると、彫刻は少なく、朱塗が基本で控え目な意匠である。

 徳川二代将軍秀忠が創建した日光東照宮は、三代将軍家光による改築計画によってその場所を譲ることとなり、移転先となったのがここ長楽寺でした。明治の神仏分離令によって東照宮は神社となって寺と分離しましたが、いまもなお東照宮勅使門は長楽寺に残るなど、分離令当時の混乱を物語っています。現在遺存する東照宮の建物のうち、拝殿・本殿・鉄灯籠(元和4年銘1618)・三十六歌仙額・後水尾天皇奉納了戒太刀などが国指定重要文化財です。

・『太田市立新田庄歴史資料館』

新田義貞像

 新田義貞、足利尊氏、徳川家康らを輩出させた上州新田荘は、群馬県南東部の旧新田郡一帯の地域がそれです。その地は平安時代の末の久寿元年(1154)、鳥羽法皇が山城国紀伊郡に「金剛心院」を創立したとき、ここ新田荘が荘園として寄進されています。
 源義家の孫の義重は地名の新田を苗字とし、太政大臣の領家藤原忠雅の力を背景にして急速に私領を拡大したと考えられています。長楽寺・元和期東照宮に隣接する『新田荘歴史資料館』は、新田庄を中心としたこの地方について、原始古代から中世近世にかけてのあゆみを、代表的な遺物を展示しながら解説されています。長楽寺と東照宮の見学のためにも、立ち寄りたい資料館です。

開催日:令和7年3月23日(日) ※期日変更しています。
集合:小出原駅西口北条早雲公像前午前6時40受付午前7時00分出発、
終日専用パスにより見学します
会費:10000円(一般11000円)バス借上代・道路通行料・駐車料・見学拝観料・資料代・傷害保険料その他を含む(昼食弁当代は各自支弁)
ルート:小田原→厚木→(圏央道・関越道)→太田市世良田→太田市立新田由歴史資料館」「東照宮」「長楽寺→(バス車内昼食)→「金山城址」(駐車場一本丸往復散策)→小田原へ小田原帰着午後6時半頃
案内:田代道彌・松蔭宣徳・鈴木圭作・石井止義ほか会員有志
持ち物:雨具・ストック・筆記用具・弁当(パスの走行中に車内で昼食をお取り頂く予定です。それ以前にパーキングなどでお求めも可能です。)
参考:金山城址は山頂の稜線の一部にまでバスで登ります。それより本丸までの距離は約700m、垂直標高差は約50mで、広く整備された道です。
今回はこのルートを往復する予定です。
申込:お申し込み順に受け付け、満員次第に締め切ります。
郵使はがきまたはFaxで氏名・年令(保険用)・住所・電話番号を明記してお申し込みください。
 満席の場合のみ、事務局よりキャンセル待ちの情況を連絡いたします。
それがない時は当方お請けしたものとお考えの上、当日時間までに集合下さい。

小田原の城と緑を考える会事務局 守屋幸子
〒250‐0042 小田原市荻窪531ー8
Fax:0465‐35‐2266
メール:odawarano46to3dori@gmail.com


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