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【読書感想文】 おもかげ 浅田次郎著

こんにちは。

初めて浅田次郎さんの作品を読みました。

清廉、なぜかその言葉が胸に浮かんできました。

登場人物に対して感じたのか、著者に対して感じたのか、文章に感じたのか、正直わからないのですが、清廉、とポンと浮かびました。

清らかで優しく温かい本でした。

ここから先はネタバレを含みますので、ご注意ください。

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エリート会社員として定年まで勤め上げた主人公竹脇は、送別会の帰りに地下鉄で意識を失い、集中治療室に運び込まれる。

友人や家族が入れ替わり立ち代わりお見舞いに訪れる中、彼の意識は外へと向かい、次々に現れる不思議な人たちと現実とも幻ともつかぬ時間を過ごす。

突如彼の前に現れる素敵なマダム、隣のベッドで病に臥せっているはずの老人、憧れを禁じ得ない美人な女性。

孤独な少年時代を過ごし、「普通に大学を出て職について家庭をつくる」ことを何よりの目標として戦い続けてきた人生。

彼らと様々な場所を訪れ、その中で彼は忘れていた様々な記憶を思い出し、自分の人生を、今を、昔を見つめ返していく。

基本的に、主人公のとてもリアルな臨死体験(と言うとちょっと語弊がありますが)を追っていく形で物語が進んでいきます。

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主人公の竹脇は、65歳。
終戦後、何年かたってから(おそらく6年ほど)生まれています。

彼が臨死体験の中で出会う、集中治療室の隣のベットで寝ていた老人、カッちゃんは80歳。
戦争を空襲を経験し、戦争孤児となり、生きるのに精一杯な自体を生きた人間。

この物語の中では、空襲で家を焼き払われ生きる場所を記憶を失った人がいたこと、戦後から今に到るまでの混沌としていた時代のこと、急な成長から取り残されてしまった人たちがいたこと、30代の私にはおよそ想像もつかないようなことがたくさん描かれています。

竹脇とカッちゃんは15歳しか年が違わないけれど、多分今の私と20歳の青年たちの15歳の差とは、比べ物にならないほどの差があるのではないかと思う。

戦争を経験しているということ。
戦争を経験し、親を無くしその後変わっていく日本を見てきたということ。


ちょっと話がそれますが、「この世の外へ クラブ進駐軍」という映画があります。
その映画の中で、主人公がとある米軍兵士が戦地にいくと知り、「死ぬなよ」と声をかけるシーンがあります。

その時、米軍兵士がこう答えたのを聞いて、ハッとしました。

「殺しにいくんだよ。戦争なんだから。」

戦争は絶対にいけないもの。それは小さい頃から教え込まれて知っていました。
教えられなくても、ダメなものだというのは理由はなくてもわかっていたと思います。

ただ、この時に輪郭がはっきりしたというか、自分の意志とはなんら関係ないところで、責務として人を殺さなければならない。
いや、もはや責務だと思わないと心を保てないというか、
なんというか本当にとんでもないことが行われていたし、今も行われているんだなと思いました。

それを経験してる人としてない人の違いには、本当に大きな隔たりがあるだろうなと思う。どっちがどうとかではなくて、それはそこには超えられない隔たりがあるだろう。


なので、カッちゃんと竹脇さんの間にも隔たりはある。
でも、また戦後間も無くして生まれて、とんでもない高度経済成長期に波から振り落とされまいと、一人の男として社会で戦わなければならなかった竹脇さんと、私の間にもまた大きな隔たりがある。

きっと竹脇さんの生きていた時代は、外で働くということは戦うことに等しかったのだろうなあと思う。

油断したら何かから振り落とされて、二度と戻ってこれなくなるような、そんな時代だったんじゃ無いかなあ。

なので、物語の中でもカッちゃんと竹脇さんがどこか今の若い者たちを軟弱者扱いしてるような、若者はこうだから、みたいに扱うような場面があるんんですが、それが不思議なほどに不愉快じゃ無いんですよね。
そりゃあそんな時代を生きていれば、そうも言いたくなるよね、という。

まさに身を削って、命を燃やして、戦って、泥だらけになって自分が欲しいものをこの手で掴みに行く。
竹脇さんの歩いてきた道は、なんかきっとそんなものだったんじゃ無いかなあと思った。

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ものすごく竹脇さんと言う人の人生が丁寧に描かれていて、周りの人もとても魅力的です。

竹脇さんは商社の重役なのですが、振る舞いやセレクトする言葉が上品でそれこそ清廉で、なんだかとても可愛らしい男の人です。

年齢がいまいち掴めない女性に対して、なんとか干支を聞き出したときに、「ぼくより少しおねえさんですか、それともずっとおねえさんですか」と聞いたのがとても可愛らしかった。

読み進むにつれて彼や彼の周りの人間への思い入れがめちゃくちゃ強くなってしまい、最後の方は頼むからマジで生きてくれと思ってました。

どうか、どうか目を覚まして、まだ残りの人生で幸せの帳尻を合わせて欲しい、と祈っている自分がいました。

最後の方でちょっとした謎が解けると言うか、おお、なるほどそうだったのか!という驚きもあり、どこをとっても楽しめる本だなと思います。
だから題名がおもかげなのかなと。

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一人の男の人生を追っていくことで、

人生ってなんだろうな、とか
こうゆう風に生きたいな、とか
戦争って本当に二度と起きてはいけないな、とか
親を失うことの辛さ、初めから親がいない辛さってどっちがどうなんだろう、とか
みんなが普通に持ってるものを持たないものの辛さ、とか

なんかとにかくいろんなことをぐるぐる考えることができた本でした。

でも読み終わりは温かくて心地よく、浅田次郎さんの他の本もぜひ読んでみたいなと思いました。

最近本当に、文章って不思議なものだと思っていて。
全く同じ話でも、別の人が書いたら全然違う印象の文章になるんだろうなあと。

作家さんなのでもちろんみなさん選んでる言葉は正しく美しいのに、人によってこうも変わってくるものなのだなと、表現って本当に不思議なものだなと読書の楽しさを再発見しています。


それではまた

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