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シャンパン・ランチ 第四話

第四話
 わざと語尾をひっぱった三千代の甲高い声に、妙子は両手で耳をふさぎたくなる。
「落ち込んでいるんじゃないかと心配で・・それで久しぶりに会うこと思いついたのよ、ね、何があったのか話してちょうだい」
 三千代の視線が粘着テープのように、まり子のうつむいた細面の顔から華奢な身体へとからみついた。
「ご主人の浮気か何か?イケメンだったものねえ、まり子のご主人って」
 無遠慮な言葉が、三千代の毒々しげに赤い唇から矢継ぎ早に出る。妙子は不愉快だが、それをうまく口にできない。
「でも、まり子可愛いから又すぐにいい人が見つかるわよ」三千代がそう言ったとたん、まり子はグラスをテーブルに戻し、挑むように両目を光らせた。
「主人は確かに他に何人か女がいたようだったわ、それも新婚の時からね。ものすごく辛かったけど・・だんだん慣れてきたのね、生活は経済的にだけは恵まれていたし」
「やっぱり浮気だったの」三千代が大げさな仕草で顔をしかめる。淡々とした低い声で、まり子は続けた。
「でも虚しい結婚生活だったわ、主人とは会話自体あまりしなかったしね。外でいったい何をしているのか、何を考えてるのか全然わからない。そのうち、そんな事どうでもよくなってしまって・・きっと私、主人のこと特に好きじゃなかったのよ、皆にすすめられるまま安易に結婚してしまった罰ね」
 三千代がテーブルの上に身を乗り出して、うんうんと首を上下に振った。
「まり子、寂しかったのねえ。それで別れちゃったのか・・やっぱりお金より愛よね、うちは仲だけはいいから正解だったかしら」
 三千代の無神経さに我慢できず、「料理まだかしらね、ちょっと遅いんじゃない」と妙子は口をはさんだ。と同時に、店内をぐるりと見渡すと、先刻まで若干空いてたテーブルが客で一杯になっている。
躾の行き届いたウエイターがきびきびと店内を動き、家族連れやカップルの客達は皆、幸福そうに談笑しながら食事をしている。
 三人のテーブルにしばし沈黙が流れ、が、突然それを破ったのは、まり子だった。
「実は私、この秋に再婚するの」
 寝耳に水とはこのことだ、まり子の告白に三千代のみならず妙子までもが
「ええっ」と素頓狂な大声をあげていた。
「昔、憧れていた人だったのよ。二年前偶然再会して・・彼まだ独身で・・何度か会ってるうちに、どうしようもなく好きになってしまったわ。それで主人と協議離婚したのよ、あの人も女がいたんだからお互い様よね」
 悪びれた様子もないまり子が、急にしたたかな女に見えてくる。
「その相手の人って・・」
 こわごわと尋ねる三千代のかぼそい声に、まり子はきっぱりと答えた。
「サークルの先輩の森田圭介さんよ」
 三千代の顔からすっと血の気が引き、そこだけ鮮やかな色を保った唇がかすかに震えている。料理が次々と運ばれてくるが、誰もそれに手をつけようとしない。
「彼、昔から私を好きだったと言ってたわ。でも三千代さんから私に相思相愛の恋人がいると聞いてあきらめたって・・そんな恋人、私にいたかしら?」
小気味いい視線を三千代に投げかけ、まり子は軽やかな口調で言った。
 妙子の目の前にいる二人の女の形相は完全に逆転していた。森田圭介はあまりにも魅力的な男だった。昔はもちろん、きっと今も。
「内輪だけで簡単な式をするつもりなの、二人とも出席してくれるわよね」
 まり子の口元から笑みがこぼれた。長年の友人なのに、見知らぬ女のようだった。
「もちろんよ、おめでとう・・とにかく食べましょうよ。冷めちゃ、だいなしだわ」
 フォークを手に取り、妙子は率先して皿に彩りよく盛られたパスタやマリネを食べはじめた。
圭介の話題は衝撃だったが、それよりも、まり子が生意気な三千代の鼻を明かしたことが痛快だった。
「それはそうと妙子ちゃん、あなたにはいいお話はないの?」まり子の不意の質問に妙子の手は止まり、思わずむせそうになった。
 ない、何も。私には何もない。ただ他人の話をそばで聞いているだけで・・指をくわえて、うらやましがっているだけ・・・
 フォークの先のオリーブの実が床に転がっていった。
虚ろな目でじっと動かない妙子を二人の女は不思議そうに見つめていた。
 

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