“ホンモノ”に触れてください
学生時代に聴いた「校長先生のお話」の中で、ひとつだけ内容を覚えているものがある。
あれは小学校だったか中学校だったか、どの校長先生だったかも忘れたのだが、たしか、夏休み前の終業式だったと思う。
「皆さん、この夏休みはぜひ、“ホンモノ”に触れてください。」
絵画であれ、音楽であれ、書物であれ、どんなものでもいい。“ホンモノ”に出会い、“ホンモノ”を鑑賞してください、という趣旨のことを校長先生が言ったのだ。
これは、美術品が本物か贋作か、という話ではなく、とにかく「良い作品」に触れて、何かを感じてほしい、ということだった。
当時はこれの意図するところがよくわからなかったが、今になって、先生は大事なことを言っていたんだなと、思う。
良い作品は、人生を豊かにする。
しかし、ただたくさんの作品を鑑賞していればそのうち良い作品に出会える、というものではない。
「良い作品」を見分けるには、「良い作品」を数多く見る必要がある。目を養うには、「良い作品」を見るしかない。
そうして養われた目には次々と「良い作品」が映るようになり、人生はますます豊かになっていく……
校長先生はきっとこういうことを伝えたかったのだろう。
でも、一番最初はどうすれば?
当時子どもだった自分には、それがわからなかった。
最初に「良い作品」に出会うには、どうすればいいのだろう。
校長先生のお話には、これに対する解答はなかった……
それは、結局のところ、「良い」とされている作品を見るしかないのだろう。最初だけは他人の評価を参考にする必要がある。それはしかたがない。
しかし、もし、その評価をしている人の目が曇っていたら?
みんなが「良い」と言っていても、みんなの目が濁っていたら?
その評価を信じた人がひとり、またひとりと増えた結果、本当に良い作品が損なわれ、ついには世の中から駆逐されてしまうだろう。
そんな事態は絶対に避けたい。
やはり我々は、“ホンモノ”を見極める目を持たなければならない。養わなければならない。
まだ「良い作品」を知らぬ子どもたちを惑わさないためにも。
本当に良いものを、「良い」と言う。
これが我々に与えられた責任である。
“ホンモノ”を知っていると自負する我々の、責任である。