2023SJC大阪大会
2023年11月19日(日)、Stairclimbing Japan Circuit (以下SJC)の第3戦目が開催されました。SJCエリート枠が設けられて2年目のシーズン、かつてない戦略とレース中の駆け引き、冷静さと情熱と出場者全員の強い意志が飛び交うとんでもない攻防となりました。
金魚の糞たちが大量発生する前回大会に続き、今大会はどうなったのか。面白おかしくレース模様を綴りましたのでご覧ください。
大会概要
【会場】あべのハルカス
【高さ】288m
【階数】59階
【段数】1,610段
【参加人数】約1,000名
【参加国】ベルギー、イタリア、モンゴル、スペイン、ブルガリ、イギリス、セルビア、フィンランド、ポルトガル、日本など
出場選手
今大会は2023ステアクライミング世界選手権を兼ね、世界各国から強豪たちが集まった。今期TWAでのレースで渡辺良治で接戦を繰り広げているイタリアのFabio Rugaをはじめ、世界一決定戦に相応しい布陣が揃った。
我々が出場するのは日本チャンピオンを決めるシリーズであり、今回のNoteでは世界選手権には一切触れず展開していく。
まずはSJC名古屋大会で優勝した高村純太が優勝候補筆頭。6月の東京タワー階段競走では小山と0.07秒差の激戦で、ショートもロングもイケるオールラウンダーだ。
「ぴったり後ろに張り付きます」これが冗談なのか本気なのかよくわからないが、その場では聞き流すことにした。
加藤浩(以下ヤツ)は9月のヨーロッパ遠征で苦楽を共にした戦友。これまでの対戦成績は6勝4敗で勝ち越している。彼はスパルタンレースと二足の草鞋を履いているが、今大会を期に引退をかけてもらうことにした。一世一代の勝負に気合十分だ。
そして今大会、小山がマークしている注目株は実業団ランナーの緒方航だ。事前インタビューでは即答で「彼はハルカスでの実績は十分」と、優勝候補に挙げさせてもらった。SJC名古屋大会では失敗レースだった印象だが、この大阪にかける思いは沸々と煮えたぎるものを感じていた。
その他、世界選手権に出場する加藤聡、矢島昭輝は別レースながらリザルトに加わる。海外レースを経て乗り込む山下りのスペシャリスト涌嶋優、緒方航と同チームの実業団ランナー島田拓哉、昨年は金魚の糞だった佐藤あきら、最年少の梅村碧一あたりと接戦を繰り広げる予定だ。
スタート順はSJC名古屋大会の成績順。間違いなく高村純太はセンターポジションを取るので、小山はその外側を取ることを決めていた。
ヤツがさらにその外側を取るかと思いきや高村の内側へ。真意は知らない。
作戦
●前半10階までは先頭でペースメイクする
●10階過ぎてペースダウンして定速モード
●30階通過を4分55秒ぐらい
●あとはどうにでもなれ
一斉スタートの醍醐味は他選手たちとの駆け引きだ。レース前から既に勝負は始まっている。
とは言いつつも、前半ぶっこむと潰れるのは十分わかっているので程よいタイミングでペースダウンするつもりだ。その頃良き高さが10階だと予想していた。
今回は順位もタイムも欲しかったので、簡単には前に出さないし、自己ベストを狙えるペースメイクで進む作戦だ。
スタート〜10F
MC TANE
「スタート10秒前」
「まもなくスタート」
「GO!!!!!!」
案の定カウントダウン無しで号砲。これに反応できた最前列の選手はおそらく小山だけ。激戦の火蓋が切って落とされた。
階段室に入って真後ろについたのは高村純太。前日の口訳通りの展開だ。しかもやたらに近い。何度か階段を折り返して確認できたのは、3番手に佐藤あきらがいたことだけ。その後ろはゴチャゴチャしている様子だった。
あっという間に階数が上がっていく。前に出ようとする選手は現れず、ここで悟るわけだ。
10階通過 1分13秒
1.小山孝明
2.高村純太
3.佐藤あきら
4.ヤツ
5.緒方航
6.涌嶋優
7.鈴木一馬
8.梅村碧一
10F〜20F
10階通過は想定より10秒以上速く通過。ペースを落としているつもりでも後ろからの圧力でなかなか落とせない状況だった。しかもちょんちょん手に触れてくる。
作戦ではこのあたりからペースダウンする予定だったがそのままのペースで登ることに。
14階を過ぎて更に圧が強くなった。この辺からアタックかけてくる雰囲気が漂いはじめた。2番手高村純太の後ろに影は無く、この区間で4〜5秒ほど空いた模様。
15階を過ぎ、数メートルに及ぶトラバース区間へ突入。手すりの無い13段を登り16階が見えてくるあたりで大外に膨らむ様子がチラチラ見えはじめた。
2度アタックしてきた。1度目は踊り場のタイミングが重なりブロックできた。2度目は階段区間をスルスルっと抜けてきた。上手かった。
17階で先頭を譲ると彼はペースを上げ消えていった。
20階通過 3分08秒
1.高村純太
2.小山孝明
3.島田拓哉
4.佐藤あきら
5.ヤツ
6.梅村碧一
7.緒方航
8.吉井将晃
20F〜30F
20階に着くと5mの短いトラバース。ここで後続がゴン攻めしてくる様子が見えた。視界に捉えたのは島田拓哉と佐藤あきらだ。
島田拓哉は緒方航と同チームに所属する実業団ランナー。佐藤あきらはショートレンジに定評のあるベテランサイクリスト。
更にその後ろにはヤツの姿があるがこの時点で視界には入らず、気付くのはだいぶ先の話だ。
21階〜23階あたりまで島田拓哉との攻防。まだ体力的な余裕はあったのでここでしばらく抵抗してみることに。インを攻める小山と、常にアウトを進む島田。なかなか抜きづらい状況が続いたと思う。
それでも24階でグンっと加速して抜いていった瞬間は海外選手にも劣らない力強さを感じた。
その直後、カツンカツンと足音を立てて近づいてくる者の姿。
そこにヤツの姿はなく、後ろにピタっと張り付いたのは20階では7番手通過の緒方航だ。一気に近づいてくるというより、徐々にペースアップしてヌルヌルと背後についた。
一気に勝負してくるかと思いきや、一旦ここで休んだのかしばらく貼り着きながら様子を伺っていた印象。
そんな小山の心の声が届いたのか、手摺を触らず大外を回りはじめた。彼もまたあっという間にぶち抜いていった。
30階通過 4分41秒
1.高村純太
2.島田拓哉
3.緒方航
4.小山孝明
5.吉井将晃
6.梅村碧一
7.ヤツ
8.佐藤あきら
9.高前直幸
10.遠藤直弥
30F〜40F
このあたりが今大会のハイライトか。
順位は目まぐるしく入れ替わる。後列スタートでロングを得意とする選手が中間を過ぎてから一気に押し上げてきた。
前回大会では膠着し始めた区間だが、1秒も気を抜けない、むしろガンガン抜きにかからなければ負けるレースだと悟った。
34階まで張り付いていた吉井将晃と梅村碧一が仕掛けてくる。強い相手だと分かっていたので抵抗せずやり過ごす。
するとこれまで影を潜めていたヤツがついに現れる。
36階でその姿を捉えると、37階で後ろに、M37階で並走、その後何事もなく38階でヤツの姿は消えて行った。
40階通過 6分49秒
1.高村純太
2.緒方航
3.島田拓哉
4.高前直幸
5.梅村碧一
6.吉井将晃
7.ヤツ
8.遠藤直弥
9.小山孝明
10.鈴木一馬
40F〜50F
全く気が抜けない。いやむしろ気を抜いてここでやめたい。くっそ強い選手たちに加えてマイナスな感情との戦いだった。
40〜50階はコースで最も短い区間。さっさと終わらせてラストスパートに臨みたいところだが、ここは我慢の区間でもある。なぜなら57階以降は段差が高くなり地獄だからだ。
40階から新鋭・消防士の鈴木一馬と一騎討ち。ショートに強い印象の選手だが、ここ最近はロングもメキメキと力をつけてきた有望株だ。
その後ろには再び佐藤あきら、さらに後ろに涌嶋優が追い上げてきた様子が見える。1フロア、その差約6〜7秒に4人が固まっていた。
と、鼓舞した。40階から45階ぐらいまでなんとか耐えた。何度かアタックしてきたがブロックブロックブロック。簡単には譲らない。
しかし純太のお陰で体力は底を尽きていた。
怒りの矛先は高村純太へ向いていた。気を抜いていた時間を利用され、気付いたら鈴木一馬、佐藤あきら、涌嶋優の3人にパスされる。
この攻防を楽しんでいる自分がいた。
そうだ、これがやりたかったんだ。
50階通過 8分22秒
50F〜フィニッシュ
こらから抜かすのはさすがに厳しい。順位も落とせない。ひたすら前を追い続ける手段しか残っていなかった。
1フロア下から追ってくる選手の気配。藤田選手だ。彼だと気付いたのはフィニッシュ後の話。この1年で相当力をつけて一般部門からエリートに這い上がってきた。今年はマカオやベトナムなど海外戦を経験してきただけある。
気配を感じつつもラストスパートを試みるが、もがき苦しむだけで一向にペースは上がらない。
更に鼓舞して再び走り始める。
60階に到達。あとは120mの天上回廊を突き進む。吐く息と共に声が漏れる。
フィニッシュ
ハルカスはきつい。60Fは長い。閉鎖空間の中でただただ階段を登るスポーツを、何故始めてしまったのか。
●タイム: 10分47秒04
●順位: 14位
2019年VWCでの記録を約30秒更新する自己ベストだった。そこに歓喜する余裕はない。
そんなことよりスタートからフィニッシュまでの攻防はすこぶる楽しいレースだった。
この10分程度のレースに命をかける選手たちと切磋琢磨できることを誇りに思うと共に、世界に通用する選手の集まりであることを確信した。
次戦はSJC最終戦。前哨戦となり得る国内レースには出場せずに、調整に調整を重ねて優勝を狙う。
まだ総合ランキングでは6位につけているし、最終戦の結果次第では表彰台のチャンスがある。
何がなんでも掴みにいく。
See you next stairs
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