ベトナム語《Vの系譜》
半沢が入行した産業中央銀行は2002年に東京第一銀行との合併を経て、世界第三位のメガバンク・東京中央銀行となる。しかし上層部では、旧産業中央派と旧東京第一派での醜い派閥争いが繰り広げられていた。
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万物は、紆余曲折の中で離合集散を繰り返すもんです。ベトナム語の子音もまた然り。今回は、Việt Namの頭文字であるVの出処を掘り下げます。
現代ベトナム語の子音/v/の源流に目を向けると、主に二つの系統があります。本稿では近頃の流行りに便乗しまして、それぞれを旧[w]、旧[β]と呼びます。
①旧[w](有声両唇軟口蓋接近音)(異音[v]を含む)
[w]と[v]が互いに行き来するのは、古今東西でありふれた現象です。そもそも古ラテン語のVという文字の音価は[w]でした。
Vは、本来ラテン語における半母音/w/の音素を表す文字である。古代のラテン文字にはUが存在せず、Vの文字は/w/とともに母音の/u/を表す文字としても用いられていた(例: AVGVSTVS、BVLGARI)。
Uの文字は、/u/の発音を/w/と書き分けるために、Vの小文字体をもとに中世のロマンス語において初めて登場し、やがてラテン語文献も遡って区別が行われるようになる。この表記は当初は大文字は下のとがったV、小文字は早く書くために下の丸いuだった。
ゲルマン語には、/w/ と別にラテン語にない /v/という音素が存在しており、母音/u/を表す文字として U が定着した結果、V の文字が/v/音を表すようになった。
さらに英語などでは/w/を表す文字として V(U) を二つ重ねて新たに W が作られた。ゲルマン語の一派である中世高地ドイツ語では/v/を表す文字としてWが使われていたが、同時にドイツ語からは/w/の音素が失われて V も /v/ で発音するようになり、さらに/f/の音素で発音する変化が起こった。同一の現象はドイツ語に近いオランダ語でもみられる。
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アレクサンドル・ドゥ・ロードのベトナム語-ラテン語-ポルトガル語辞典では、頭子音[w]は"u"で表記されていました。17世紀のベトナム語にも子音[v]は存在していましたが、当時は独立した音素ではなく、/w/の異音でした。ベトナム語-ラテン語-ポルトガル語辞典では、異音[v]が"v"で示されることもあれば、特に何も示されないこともありました(そもそもvとuの文字の区別が曖昧だった)。
uà(現代ベトナム語:và、と)
uề(現代ベトナム語:về、帰る)ベト・ムオン祖語*veːr、モン・クメール祖語*wir由来、ムオン語wềlと同根。
uiẹc(現代ベトナム語:việc、仕事)漢語「役」(漢越音:dịch)由来。ラオ語ວຽກ(/ʋîak/、仕事)と同根。
uoi(現代ベトナム語:voi、像) ベト・ムオン祖語*-vɔːj由来。
ここから一部漢語の話になります。旧[w]は、漢越音に関してはさらに旧云と旧微に分けられます。旧云は切韻の云母、旧微は三十六字母の微母に相当します。云母の音価については諸説ありますが、本稿では取り敢えず[ɣ]と書いておきます。
⑴旧云
[ɣ]→[w]
ベトナム語の"vân vân" に影響されて、日本語で「云々」と言う頻度が上昇した方も多いのではないでしょうか。
vân[云]
vị[為](越化漢越語:vì、為)
việt[越](越化漢越語:vượt、超える)
viên[園](越化漢越語:vườn、庭)
恐らく、日本語話者にとって最も分かり易い派閥がこの旧云。「越南」を字音仮名遣いで表記すると「ゑつなむ」になります。 "wetnam"と"Việt Nam"。もう一緒ですね。「ベトナム」"betonamu"なんてけったいなお名前は一体何処の誰が考えたのでしょう。
⑵旧微
[m]→[ɱ]→[w]
旧微派の方々は、北京語では今でもバリバリの現役[w]。日本語では明母同様、呉音でマ行、漢音でバ行になります。広東語では[m-]です。
vi[微]
ここで旧微あるあるを一発。
旧微、mで始まる古漢越語と共存しがち〜
あーあるわー。以下の例を見ていただければ分かり易いと思います。
vạn [万](古漢越音:muôn、万)
vãn[晩](古漢越音:muộn、遅い)
vọng[望](古漢越音:mong、望む)
vụ[務](古漢越音:mùa、季節)
vũ[舞](古漢越音:múa、踊り)
vị[味](古漢越音:mùi、匂い)(広東語由来音:mì)
Bột ngọtの別名mì chínhは、[味精]の広東語読みに由来します。中部では漢越音に従ってvị tinhと呼ぶ人も多いようですが、vị tinhは他の地域では使用を避けるのが無難かもしれません。
「めっちゃ多い」を意味するmuôn vànという語は、[万]の古漢越+越化漢越で成り立っています。
⑶旧匣母合口
[ɦw]→[w]
ついでに、漢越音ではありませんが、旧[w]には旧匣派閥も混じっていると私は見ています。
và(と)、vàng(黄/金)、vẽ(描く)なんかはそれぞれ[和](漢越音:hoà)、[黄](漢越音:hoàng)、[画](漢越音:hoạ)が訛った音だと思いませんか?
日本語の呉音ではそれぞれ「わ」、「わう」、「ゑ」で、何れもワ行音。
広東語ではそれぞれwo4、wong4、waa2となります。
これに類似した現象として、ベトナム語の南部方言では、音節の頭の[hw]から[h]が脱落して[w]と発音される事があります。例えばVăn hoá Việt Namは[jaŋ˧˧ waː˦˥ jiək̚˨˩˨ naːm˧˧]。英語のwhatも、古英語ではhwætであったように、[hw]→[w]も世界中でよく見られる流れです。
そういえば少し前にSNS上でmeme化した"ôi hoàng tử"の歌では、[hw]が[ɣw]になっています。先程南部方言では[hw]が[w]に変化する場合があると書きましたが、[ɣw]になる場合もあります。
⑷旧幇滂並
②旧[β]の後に説明します。
② 旧[β](有声両唇摩擦音)
アレクサンドル・ドゥ・ロードの記した文献を読むと、"ꞗ"という見慣れない文字が出てきます。"ꞗ"について、ロードは以下のように記述しています。
…pronunciatur ferè ut β Græcum ut, ꞗĕaò ingredi, non eſt tamen omninò ſimile noſtro, V, conſonanti, ſed paulo aſperius, & in ipſa labiorum apertione pronuntiatur ita ut ſit verè litera labialis, ut Hebræi loquuntur, non autem dentalis.
— Alexandre de Rhodes, Lingue annamiticæ seu tunchinensis brevis declaratio
大体こんなことを言っています。↓
ギリシャ語のβとほぼ同じ発音。例:ꞗĕaò(現代ベトナム語:vào)。Vより緩く、ヘブライ人が発音するように、歯音というよりは唇音。
ꞗの音価はおそらく[β]でしょう。これは後に北部で[v]、南部で[j]に変化していきました。
ꞗệy(現代ベトナム語:vậy)
ꞗĕào(現代ベトナム語:vào、入る)"ꞗĕ"の音価は[βj]であったとされています。
ꞗợ(現代ベトナム語:vợ、妻)漢語「婦」由来説有り。「婦」の(漢越音はphụ)。旧[β]には、後で紹介する旧[pʰ]、即ち旧滂派閥が潜入しています。
ꞗui ꞗẻ(現代ベトナム語:vui vẻ、愉快)ベト・ムオン祖語*t-puːj由来。
③おまけ:旧[p]、旧[pʰ]、旧[b](両唇破裂音)
ví dụとthí dụ、響きが似ていませんか?
それもその筈。どちらも「譬喩」を親に持つので、両者は姉妹です。
「譬」の滂母[pʰ]が漢越音で[tʰ]に変わる理屈は、またいつか説明します。
上古漢語、中古漢語で頭子音に両唇破裂音(中古音で言う幇母[p]、滂母[pʰ]、並母[b])を持っていた音節が、旧[w]または旧[β]を経て現代の越化漢越音(古漢越音かも)で[v-]と発音されることがあります。
vá[補](漢越音:bổ)旧[β]ꞗá、ベト・ムオン祖語*k-paːʔ、上古漢語「補」由来。
vách[壁](漢越音:bích)
ván[板](漢越音:bản)
viết[筆](漢越音:bút)
vốn[本](漢越音:bản/bốn)
vỡ[破](漢越音:phá)
vuông[方](漢越音:phương)平方メートルは"mét vuông"。
この現象は漢語系語彙に限りません。例えば、hủ tiếu Nam Vang。これは、guê2 diou5 Phnom Penhがベトナム語風に訛った音でしょう。つまり、プノンペンの粿條。Nam Vang(Nam Vinh[南榮]と表記されることもあるらしい)なんていかにもベトナム語らしい名ですが、越語愛好家に経歴ロンダリングは通用せんのであります。