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ベトナム語及びベトナム語における漢語系語彙の概要

ベトナム語は、ベトナム社会主義共和国の総人口の約 86%を占めるキン族(京族)の母語であり、ベトナム社会主義共和国の事実上の公用語である。系統的には、オーストロアジア語族モン・クメール語派ベト・ムオン語群に属し(Trần Trí Dõi, 2007)、SVO 語順、後置修飾等、主要部前置型言語的特徴を持つ。Enfield, N.J.(2005)等は、これらの特徴に加え、東南アジア大
陸部において使用される他言語と母音体系が類似し、孤立語、単音節形態素、声調を持つ、語が活用しない、類別詞が使用される等の特徴も共有していることから、東南アジア大陸部言語連合を形成していると主張している。

冨田(1988)によれば、ベトナム語語彙は大きく固有語、漢語起源語、西欧起源語に分けられる。漢語起源語は、ベトナム語の日常語彙の隅々にまで深く浸透し、日本語の言語状況と極めて類似している。しかも、ベトナム語は中国語同様、単音節言語であるため、その浸透は日本語よりもはるかに自然で、その定着度も高い。

ただし、以下で補足するように、一般に固有語(純ベトナム語、純越語)として扱われることの多い語には、非オーストロアジア系言語からの借用語や、起源が明らかでない語が多数含まれる。

Nguyễn Văn Khang(2007)は、ベトナム語における漢語由来語彙を以下のように分類している。
① 漢越語(từ Hán Việt):体系的なベトナム漢字音に従い発音される語
② 古漢越語(từ Hán Việt cổ):漢越語成立以前に非体系的に受容された語
③ 越化漢越語(từ Hán Việt Việt hoá):漢越語が音声変化を起こし形成された語(訛音)
④ 漢語方言音模倣語(từ Hán Việt phỏng âm phương ngữ tiếng Hán):主に華南からベトナムに移住した華人によってもたらされた語

「漢越語」(từ Hán Việt,または yếu tố Hán Việt)は、中古漢語が体系的に借用され、ベトナム語に定着した語彙を指し、「漢越読み」(Cách đọc Hán Việt)に従って発音される。その音声体系に関しては、8~9 世紀に交州(安南)において教えられていた漢字音体系に起源を求める説(Nguyễn Tài Cẩn, 2000)、9~10 世紀の長安方言に基づいて発展したとする説(Maspéro, 1916)、(三根谷, 1972)や、広西平話から借用されたものであるとする説(韋樹関, 2004)等が存在する。

王力(1949)によると、古漢越語と越化漢越語は日常的なベトナム語に入り込み、純ベトナム語と認識されている。

逆に、シナ・チベット系言語にも、公、静、京、亮、史、唐、士、夷、布、明、札、某、株、根、猿、理、索、花、草、路、還、零、鶴、亀等、オーストロアジア系言語に由来する可能性が指摘されている語彙が多数存在するが、今日においてそれらの語が借用語であると意識されることは少ない(Schuessler, 2007)。

John Phan(2013)は、広西平話や湘語の祖語と共に中古漢語南方方言連続体を形成していた「中古漢語安南方言」の語彙が、同時期に存在したベト・ムオン系言語に受容され、その一部がベトナム語に発展したと主張している。

また、漢語方言音模倣語も、Vũ Đức Nghiệu(2011: 173-176)が共時的にベトナム南部方言の語彙と見なされていると述べており、これも純ベトナム語として認識されていると考えられる。

Trần Trí Dõi(2011)は、ベトナム語基礎語彙に含まれるタイ・ガダイ系語彙13やオーストロネシア系語彙等の、非オーストロアジア系語彙も純ベトナム語と見なされていると述べている。

ベトナム語研究では、現代話者の共時的な語種感覚に基づき、基礎語彙に混在している非オースロトアジア系言語に由来する語彙や、漢越語以外の漢語由来語彙も、純ベトナム語に含めて扱う傾向がある(佐藤 2019)。

参考文献
Enfield, N. J. 2005. Areal Linguistics and Mainland Southeast Asia. Annual   Review of Anthropology, 34(1): 181–206.
Phan, John. 2013. Lacquered Words: the Evolution of Vietnamese under Sinitic Influences from the 1st Century BCE to the 17th Century CE. コーネル大学博士論文.
Schuessler, Axel. 2007. ABC Etymological Dictionary of Old Chinese. Honolulu: University of Hawaii Press.
Maspéro, Henry. 1916. Quelques mots Annamites d’origine Chinoise. BEFEO, 16.
Nguyễn Văn Khang. 2007. Từ ngoại lai trong tiếng Việt. Hà Nội: Nhà xuất bản Giáo dục.
Nguyễn Tài Cẩn. (2000). Nguồn gốc và quá trình hình thành cách đọc HánViệt. Hà Nội: Nhà xuất bản Đại học Quốc gia Hà Nội.
Trần Trí Dõi (2011) Khái niệm từ thuần Việt và từ ngoại lai từ góc nhìn của lịch sử tiếng Việt hiện nay. Ngôn ngữ, 11: 8-15.
Trần Trí Dõi. 2007. Giáo trình lịch sử tiếng Việt (Sơ thảo) (In lần thứ 2 có sửa chữa và bổ sung). Hà Nội: Nhà xuất bản Đại học Quốc gia Hà Nội.
Vũ Đức Nghiệu. 2011. Lược khảo lịch sử từ vựng tiếng Việt. Hà Nội: Nhà xuất bản Giáo dục Việt Nam.
王力. 1949.「漢越語硏究」『嶺南學報』第 9 卷第 1 期: pp.1–96. 嶺南大學.
佐藤章太. 2019.「現代ベトナム語の漢越語が持つ固有語的特徴:中等教育数学用語の体系的分析を通して」『言語情報科学 = Language and information sciences』17 巻: pp.19–35. 東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻.
三根谷徹. 1972.『越南漢字音の研究』東洋文庫.
冨田健次. 1988.「ヴェトナム語」亀井孝・河野六郎・千野栄一編『言語学大辞典』第 1 巻: 304–325. 三省堂.
韋樹関. 2004.『漢越語関係詞声母系統研究』広西民族出版社.「実用日本語表現辞典」

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