自分の内なる声に、耳を澄まして ─ 横内尚子さんインタビュー
7/20・31に、オペラカッフェマッキアート58が開催のストリーミングコンサート。
前々回から、出演者のインタビューをお届けしております。記事作成を担当するのは、7/20出演のソプラノ・藤野沙優です。
第1回は、ソプラノ・別府美沙子さんのインタビューをお届けしました。
第2回は、ソプラノ・加藤早紀さんのインタビューをお届けしました。
インタビュー第3回は、ソプラノ・横内尚子さん
今回は、7/31に出演のソプラノ・横内尚子さんのインタビューをお届けします。
横内尚子(よこうちなおこ)
横浜市出身。東京音楽大学 音楽教育専攻卒業。東京二期会オペラ研修所第58期マスタークラス修了。メゾソプラノとしてブゾーニ「アレルッキーノ」コロンビーナ役(カヴァーキャスト)、フンパーディンク「ヘンゼルとグレーテル」ヘンゼル役などに出演。2018年冬よりソプラノに転向。プッチーニ「修道女アンジェリカ」ジェノヴィエッファ役でイタリア・シチリアにてデビュー。ソプラノリリコ・レッジェーロのレパートリーを開拓中。
2021年8月荒川区民オペラ「愛の妙薬」ジャンネッタ役で出演予定。
二期会準会員。東京室内歌劇場会員。
オペラカッフェマッキアート58の副代表として、常に5年間の歩みをサポートし続けてきた横内さん。
マッキアートの公演では、2017年冬公演《ヘンゼルとグレーテル》で、主役の少年・ヘンゼルを生き生きと演じました。
そして2018年冬にメゾソプラノからソプラノに転向し、現在は新たなレパートリーと、ソプラノとしてのキャリアを構築中です。
「ソプラノに変わってから1年半ほど経ちましたが、その間は自分自身に集中する時間だったので、あえて舞台の仕事もあまり入れずに過ごしてきました。今年は1月に日本語オペラの出演がありましたが、それ以降は今年の様々なチャレンジに向けて準備する期間にあててきました。そんなところに、このコロナショックを受けて…これまでよりも深く、自分自身と、音楽と、社会を見つめ直す時間が増えました」
横内さんは、穏やかに振り返ります。
最初の転機から、ちょうど10年目
横内さんは「自分は、人よりも回り道をしてきたんです」と明るく笑いながら語ります。
「もともとは、オーケストラのトランペット吹きになりたかったんです。進学先の高校を決めたのも、トランペットを吹きたかったから。けれど、そこで音楽の先生から、授業中の私の歌声を聴いて『声がいいから、歌のコンクールを受けてみないか』と薦められたんです。試しに受けてみたら、県で2位に選ばれました。審査をしていた音大の先生からも『将来は私のところで面倒を見たい』とおっしゃっていただいたのですが、当時はトランペット志望だったのでお断りしてしまいました。
その後、やはり歌も選択肢に入れた方がいいのではという話になり、音大の音楽教育専攻に進んで、幅広く音楽を学んでいくことになりました。そこで出会った現在の師匠も、当時から『横内は声楽に進んだ方がいいと思うなあ』と周りの方々におっしゃっていらしたそうです。先生、私の前では、そんな話はしなかったんですが(笑)
音大卒業後は3年程、会社勤めを続けました。途中までなんとかうまくやってこられたのではないかと思います。けれど、ある時点から、体の方が先に悲鳴を挙げてしまいました。そこで、周りの状況や自分の心と対話を続けるうちに、やっぱり『自分は歌いたくてたまらない』ということに、気がついたのです。だから、もう自分の決断を無視しないって、腹を括りました。
そして、2010年の夏に会社を辞めて、歌の道を目指すことを決めました。そう、最初の人生の転機から、今年でちょうど10年目なんです」
演奏家として歩む覚悟を決めた10年。その間には、様々な出会いがありました。
実践的な学びの場へ
横内さんは、2012年に二期会オペラ研修所に入所し、2015年春に第58期マスタークラスを修了しました。
「大学では声楽家としての基礎的な経験を積んでいないので、実践的な学びを得るためにもオペラ研修所に行くのがいいだろうと薦めていただきました。そして3年間在籍して…特に最後のマスタークラスでは、大きな刺激を得られました。毎回クラスの仲間たちの切磋琢磨する姿を、見取り稽古のように感じていた、非常に貴重な時間でした」
「その後、クラス主任でらした牧川修一先生のご勇退を祝う会の帰りで、『みんなで、これからも演奏活動を続けていきたいね』って話になって。その場で演奏会の世話役として立候補して…そして、今日まで至ります。ここまで続けて来れたこと、良い仲間に出会えたことに本当に感謝しています。
マッキアートの演奏会がきっかけになって、夫とも出会いました。最初の印象は『とってもピアノが上手いし、すごく頭が切れるし、世の中にはこんな人がいるんだなぁ…』というものでした。けれど、不思議とウマが合って。そして、ご縁があって、家族になりました。
家庭の中でも常に音楽を考えられているというのは、とても嬉しいことです。彼との出会いもまた、人生の中での大きな転機でしたね。違うところがありますが、お互いの個性こそがそれぞれの音楽を豊かにしているのではないかな、と感じています。向こうがどう思っているのかは分かりませんが(笑)」
近年はご夫妻での共演の機会も多く、誰もが羨む仲良し夫妻の横内さん。人生の転機を経た後の大きな決断により、かけがえのない出会いに恵まれました。
自分の体に、嘘はつかない
2018年の春に、世界の檜舞台で活躍したソプラノ歌手、エリザベス・ノルベルグ=シュルツ先生のマスタークラスを受講した横内さん。エリザベス先生との出会いもまた、横内さんにとって人生の大きな転機となりました。
「これからもう一段階、殻を破っていくために、これまでの自分のことを知らない先生に、声を聴いていただきたかったんです。先入観のないまっさらな状態で、私の資質や音楽性を客観的に判断していただきたかったし、厳しくご指導いただきたいと願っての事でした。
エリザベス先生は、私の声を聴いて『あなたはソプラノです』とおっしゃいました。そして、《ジャンニ・スキッキ》の〈わたしのお父さん〉を歌うように請われて、歌い出してみると『あなたはこのまま、イタリアの歌劇場に立つ実力を持っている』とおっしゃられました。思いも寄らない展開に、ただただぽかんとしたことを覚えています。
そして、私は再び人生の岐路に立たされました。このまま、メゾとして続けていくか。それとも、ソプラノとして新しい一歩を踏み出していくか。非常に迷いました。メゾソプラノとして目標としていたオペラや役柄に未練がなかったと言えば、嘘になります。けれど、エリザベス先生の指導のもと、組み立てて、使っていった体の状態は、非常に納得のいくものでした。だから、自分の体がこっちだ、と言っているのに、それを偽るのはやめにしようと決めたんです。そして、ソプラノへの転向を決断しました。
その後、2018年の秋まではメゾソプラノとしての仕事が入っていたので、その年の冬から本格的に、ソプラノに変わっていく準備を始めました。去年の1年間は、なかなか思うようにいかず、肉体的にも精神的にももどかしい日々でしたが、最近になってようやく、自分の体から良い反応が返ってくるようになってきました。去年の夏にイタリアに行って舞台に立ったりしたことも大きな経験だったと思います。また、今はオンラインで語学のレッスンや、世界中の方々が参加するマスタークラスでレッスンを受けたりしています。解剖学や韻律の知識を学ぶ機会も得ています。
コロナショックの期間はそうやって、今までやりたくても時間が取れなかったことや、知識を高め、補完する時間に当ててきました。やはり人前で歌う機会が少なくなっているので、ストリーミングコンサートでは緊張するような気もしています。でも、その緊張も、自分自身のポジティブなエネルギーに変えて、皆様の前で歌える喜びと共に、コンサート当日まで自分を高めていきたいです」
そう言った横内さんは、太陽のように眩しい笑顔でした。
オペラカッフェマッキアート58のストリーミングコンサート
オペラカッフェマッキアート58では、今年度の新たな試みとして、無観客のライブ配信による、ストリーミングコンサートを7/20(月)・7/31(金)の夜に開催いたします。
開催に合わせて、Facebookのイベントページも完成いたしました。
7/20(月)
vol.1 別府美沙子×藤野沙優デュオ
(ピアノ:松井理恵)
7/31(金)
vol.2 加藤早紀×横内尚子デュオ
(ピアノ:畠山正成)
他のメンバーによるコンサート開催にも向けて、クラウドファンディングにも参加しています。
ありがたいことに、多くの皆様のご芳志をいただき、設定金額を達成いたしました。一同、心より感謝申し上げます。本当に、ありがとうございます。
現在は、他のメンバーでの新たなコンサート実現に向けて、新たな目標を設定いたしました。こちらも、どうぞご支援いただければ幸いです。
一同、精進を重ねて本番に臨みます。どうぞよろしくお願いいたします。
次回は、7/20(月)出演のソプラノ・藤野沙優のメッセージをお伝えしていきます。どうぞ、お楽しみに!