「86歳、やっとひとり」~#55 シネマの時間
「明日の映画はなあに?」
ホームで暮らす母との電話に、最近映画の話題が加わった。
コロナ禍以来、施設としての集まりやイベントが難しくなったからだろう、新企画として食堂の大型モニターを使った“名作映画上映会”が毎週開かれるようになった。会話することなく、マスクのままスクリーン(モニター)に集中するビデオ鑑賞会なら感染リスクも少ない。映画好きの母にとっては、カラオケに続く新しい楽しみが加わったとすっかりお気に入りで毎週日曜日の午後を楽しみにしている。
ここまで「ローマの休日」「カサブランカ」「誰がために鐘は鳴る」「青い山脈」「雨に唄えば」「三丁目の夕日」。洋画/邦画、新旧おり交ぜてのラインナップは、スタッフさんのセンスと知恵の結晶だ。私も観ている作品が多いので、タイトルを聞くだけでこちらも楽しいし母との会話も弾む。
「ミュージカルはいいわねー。『雨に唄えば』観ながら、私も足だけ踊っちゃった。」
「ジーン・ケリー! … 映画はいいよねー。コロナ治まっても続けてもらえるといいね。」
「ホント。私いつも終わった後スタッフさんに『ありがとう。楽しかった!』って言いに行くの。でも皆さん、何も言わないでスーッって帰っちゃうのよ…。」
「ママ、えらいえらい! ちゃんとありがとう言おうね。そうしたら続けてくれるよ。」
母のこういうところはフツーにえらいと思うし、そんなところがスタッフさんからも親しまれ何となく頼りにされているように感じる。
さて、“ありがとう”の件は母の中ではそれなりにショックというか心に引っ掛かったようで、妹のミウちゃんとの電話でも同じ話が出たという。
「『皆んな何も言わないで帰っちゃうのヨ!』ってプンプンしてたよね(笑)。」
「ほんと、皆さん相当いい大人なんだから、スタッフさんに”ありがとう”くらい言ってあげて欲しいよねー。恥ずかしいとかじゃないっ!つーの。」
「そーゆー意味では、我が家はパパもそうだったけど“ありがとう”って結構言う家族だよね。」
ミウちゃんの言葉に私は思わず頷いてしまった。確かにウチは家族の間でも“ありがとう”が多いというか、ちょっとした時にもフツーに出る。要は“言い慣れて”いるのだ。
「皆さん、思ってても言いにくいのかもね…。」
一人で過ごすのが好きな母は「社交性」はないが、「社会性」は備えているらしい。そして「ありがとう」の魔法の一言が、彼女のホームでの生活を“暮らしやすい”ものしているとしたら…、受け継いだ私達も魔法を使えるかもしれない。
お母様、素敵な習慣をありがとう!これからますます大切に使わせていただくことに。
「86歳、やっとひとり」 ~ 母の「サ高住」ゆるやか一人暮らし
「何も起きないのが何より」の母のたよりと、「おひとりさまシニア予備軍」(=私と妹)の付かず離れずの日乗。
【ここまでの展開】
「最後は(故郷)〇〇山の見えるホームで暮らすの💗 」 60代前半から”終の棲家”プランを温めていた母が、86歳と10か月、ついに東京に住む私と妹を残しN県に移住した。
予想外のコロナ禍の中、母はホームでの二年目を迎えた。