【俺が売れるまで書く日記(大豆田とわ子と呪術廻戦・ベタが更新されている・あさぎーにょ) 】22/01/27
自分でいつか読み返す時にタイトルがないと分からなくなるので、今日から付けることにした。
「大豆田とわ子と三人の元夫」を色々な人から見た方がいいと言われ、やっと見始めた。まだ一話しか見ていない。おもしろい。めちゃめちゃおもしろい。
見ている時、全然気にならないけど無意識化で引っかかってる部分があって、それが多分自分にとって大切なことであるから、それがなんなのかを今考えながら書いている。
とわ子と船長のラインのやり取りで、
とわ子「お醤油のどこからでも切れますってあれ、たまにどこからも切れないときありませんか。」
船長「あれは罠ですね。人類を醤油まみれにして喜んでいる組織が存在するのでしょう。」
というのがある。
これはなんというか、日常的に起きることへの解像度を少し上げた会話で、作中に出てくる人物の殆どがこのある種「特殊な会話」に参加することができている。
根底のセンスというか、これまでに似たようなこと/ものの影響を受けていたり、会話の文脈を同じように把握していなくては、成り立たない会話だと思う。
こういったやり取りが開始した瞬間に、毎回心の奥底の俺が「あ、始まった」と言う。
多分、大勢出てくる人物達のセンスが共通した1つだけ、ということが気になっているんだと思う。
船長の「あれは罠ですね。人類を醤油まみれにして喜んでいる組織が存在するのでしょう。」という返しは寒すぎてびっくりした。
「ものすごい敷居の高いところで、閉鎖的な会話をしている私達」を見せられているのだな、とひねくれている俺は感じてしまうのだと思う。
それをセンスがいいとは思わない。
日常に起こる些細なできごと(網戸が外れるとか、風呂が壊れるとか)そういったことをかなり主張している(会話の内容もそう)ように思えた。
そもそも僕は日常的なことに対して特別な意味を持たせたり、顕微鏡で覗くようにして細部を拡大していくということ自体に不自然さを感じてしまい、むしろ日常から最も遠いのでは?とか思ってしまう。
と思って、ただだらだらと日常を綴った小説を前に書いたら、ただ面白くない物語ができあがって、なんだかなあって感じだ。
でもこのドラマ超面白い。
あと見ながら呪術廻戦のテンポのことを思い出した。呪術廻戦はジャンプのtiktokみたいだし、大豆田とわ子もドラマのtiktokのような展開スピードだった。掴みまでの速度が異常に早い。特にどちらも人物説明のはしょり方が超上手い。大豆田とわ子はナレーションの使い方がめちゃくちゃ効果的で、すんげ~って思った。おもしろいところだけをピックしている感じだ。
なんか最近思うのは、ベタ(展開の共通認識)が更新されているな~ということだ。
例えばキングオブコントは一、二回戦のネタ時間が二分しかない。となるとフリとか状況説明をしている時間がもったいなくなってくる。できるだけ早い段階で笑いが欲しい。となると誰も見たことがないシチュエーションというのは結構不利になってしまう。シチュエーションの説明が必要になってくるからだ。
「桃太郎」など昔話のような誰もが知っているシチュエーションだったらどうだろうか。
ナレ「おばあさんは川へ洗濯へ」
という一言だけで、客の頭の中では桃太郎のある程度の物語が思い出されることになる。
ここでいきなりキジを登場させても「え?なんでキジが出てきたの?しかもなんできびだんご?」とはならない。
だから飛び出してきたキジがいきなり「きびだんごは貰わないよ」という台詞を言ったとしても、それはちゃんと裏切りになっている。何故なら「キジがきびだんごを貰うという展開」を客が把握しているからである。
つまり物語に必要なディテールを既存のものにしてしまうことで、これから展開していくための重い部分をかなり簡略化してしまうことができるということだ。
呪術廻戦はその「既存のもの」のピックが新しいなと思った。正直主人公の体内になにが住みつこうと、NARUTOで免疫をつけている俺にとってはなんの疑問もない。
ずっと「成程こうゆう感じね。はいはい。」と思っている内に、ガンガン戦い始めていて、気付けばある程度のキャラクター紹介が済んでしまっていた。
2019年にこれを始めた見た時、びっくりした。
ネタバレをしてしまうと「主人公が何度も同じ日をループしている」というお話だ。最初は普段通りの自撮りから始まる「よくみるYouTuberの画角」でスタートして、徐々にループであることが明らかになっていくという構造だったと思う。
「ループ」という発想自体は新しくはないけれど、それを「よくみるYouTuberの画角」でやられるとめちゃくちゃ新しく感じだ。
「自撮りの画角」はYouTuberが大勢出てきてから、見慣れるようになったものだ。これは最新の「ベタ」というか、共通認識だと思う。
「最新の共通認識」×「○○」というのは結構可能性があると思っている。
あと話は逸れるけど、自撮りの画角には(現実・日常)みたいなイメージがあって、その周囲に「フィクション」を起こすというのも、めっちゃ面白かった。軸が「現実」だから臨場感が半端なかった。
よかったら、僕が所属しているプルサイのコント見てね。
落合諒です。お笑いと文章を書きます。何卒よろしくお願いします。