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さようならFさん。次会う時は、あなたの全身を砕きます。

バイト先で一番長く一緒のチームで働いたFさんという社員さん(女性60代)が、今日で退職した。俺は休日。
スタッフの皆でお金を出し合って買った「5000円分のギフト券」があって、それをお昼頃渡すとのことだった。何故俺がそれを知っているかというと、スタッフ間で「誰が手渡すか?」という話になった時に「関係値的にも落合君が一番いいのではないか?」となったらしく、事前にお知らせを受けていたからである。
「じゃあ、行きます!」と俺は先日みんなに言ったのだが、実際今日は一歩も外に出ていない。一昨日まではいいネタが当日の午前中までに書けていたら気持ちよく行けるなと思っていて、本日ちゃんといいネタが11時頃に書けた。けど行っていない。
その理由は昨日のFさんとの最後のやりとりにある。

昨晩は、閉店作業を二人で行っていた。4年程一緒に働いていたから、なんか思ったより結構グッとくるものがあった。というか普通に寂しかった。
彼女は誰よりも動いたし、生真面目な人だった。バイトが終わってから家に帰ってネタを書くのがしんどくなったとき「60を過ぎてるFさんだって朝から家事をして、仕事して、それでまた帰ってから洗濯とかしているんだから、俺も弱音を吐いちゃいけない」と思って机に向かうことがよくあった。これは本当の話。
それに俺は新卒を二か月で辞めたから社会性が欠けていて、そのことをずっと気にしていた。
そこら辺のことを僕に叩き込んでくれたのもFさんである。
「馬鹿真面目過ぎて苛ついたことも多々あったけど、でもそれを教えてくれたのがあなたでよかった。」と昨日彼女に言った。目を見てちゃんと言った。
事務所の電気を消す直前に彼女は「前に渡したのと同じゼリー、全員分買ってあるから。」と言った。
「前に渡したゼリー」というのは彼女が数年前に還暦を迎えた時に、みんなで花束をプレゼントをしたことがあって、それのお返しとして彼女が我々に配ったゼリーのことである。彼女が花束を受け取った時の表情を今でも覚えている。一瞬顔を歪ませたのを俺は見逃さなかった。確かに「サプライズ」は怠い。それは分かる。
でもまず「わ~嬉しい!」というリアクションよりも先に、反射的に「しんど!」って顔が手前に来てしまう人は終わってるのではないかと俺は思う。当時「悲しい人だな。」と誰かに言った記憶がある。
そして彼女は受け取った次の日に、お返しとして高級ゼリーをスタッフ全員分買ってきたのだった。
つまり彼女は「青は進む」「赤は止まる」と我々が思うのと同じように、花束を受け取った瞬間に「お返ししなきゃ。」という反応を示した訳である。
この悲しさったらない。
彼女は前から他人のピュアな気持ちの部分に触れると、ものすごく否定したり、批判する傾向がある。人の素直な気持ちを遠ざけようとするのだ。
彼女にとって「人の気持ち」というのは、よく分からないものであり恐ろしいものなのである。それを解決するために彼女が好んだのが「敬語」「一般常識」「マナー」「ルール」である。これらを適用することが職場では実に正しいとされるし、大勢の人も当然ここに乗っかる。乗っからない人は淘汰される。
例えば、彼女が必要以上に言葉遣いに厳しかったのは「個人」を「社会人」に変貌させることで、他人を把握しやすくしたり、自分の意図しない動きを封じ込めるためだったと考えられる。「プレゼント」をされる時間というのは、彼女を「フォーマル」な時間・空間から引き剥がす残虐な行為だったのかもしれない。
彼女が「礼儀」を重んじすぎたのも、過剰な程ルールに厳しかったのも、口癖が「決まりだから」なのも、全てここら辺に起因しているに違いない。

長々としたが、話は昨晩に戻る。
彼女は「既にゼリーを買ってある」と俺に言った。それは明日「自分がサプライズプレゼントをされるだろう」ということを予期した結果である。
続けてFは「還暦の時にほらあ、花束もらったじゃない?あれ嫌だったのよ。気持ちだけでいいのに。帰りに電車で白い目で見られて大変だったのよ~」と言った。よかった。明日渡すのはギフト券だ。俺が彼女にはギフト券がいいって皆に言ったんだ。俺はその瞬間に明日は行かない、と決めた。
結局最後までコミュニケーションのインファイトができない人で、マジで悲しいなって思った。
でもきっと彼女は遥か昔、誰かとインファイトをしていたのだと思う。その時に理不尽なやり方で彼女を殴ったやつがいたはずなのである。
Fさんはスタッフのことを「さん」付けで呼ぶ。ただ俺のことは、二人きりの時だけ「あんた」と呼ぶ。息子のように思っていた、と最後の最後に彼女は言った。

ありがとうFさん。あなたの素晴らしさを見つけるためには、かなり寄り添わなくてはいけなくて、それが見つかるまでに少なくとも3年はかかりました。
前にあなたが「私さ、駅が混雑している時に絶対に道を譲らないようにしてるの。ぶつかりそうになっても絶対譲らないの。」と言っていたときに「駅にいる頭おかしいのって、お前みたいなやつだったんだ。」と心の中で思ったことを今でも覚えています。その時に、僕はあなたの「パーソナルな部分」つまりは、一緒に働いている時に思わずこぼれた業務とは関係のない笑顔、例えば、俺が言う部長の悪口が一番ツボのこと、息子が帰省してくるのが一番楽しみであること、ダイエットをしていること、血圧がプロボウラーのスコアくらいあること、を知らなければ市民を代表してぶん殴っていたと思うのです。実は「フォーマル」の外側でなければ生きていけないのは、あなたの方ではないでしょうか?
「最後だから」ということを差し引いたら、あなたはどんな人間なんでしょうか。俺にとってあなたがなんだったのか?ということを未だに正しくジャッジできないでいます。今も「寂しい」と思うこの気持ちは本当なのに、マジ今日行かなくて良かった、とも心の底から思います。
でも明日からいないと思うと、なにか少し不安な気持ちになるのです。
次に会ったら、強く抱きしめて圧迫骨折させてやりたい気分です。
さようなら。

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彼女に関することが載っている文庫本(彼女のことだけではない)を個展で販売した際、完売したのでまた増刷しました。あとでメルカリかなんかで売るんでその時は是非。

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落合諒です。お笑いと文章を書きます。何卒よろしくお願いします。