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「散々な1日」

今日は散々な一日だった。
まず起きた瞬間に、家が「一分以内に外に出ないと遅刻」という環境になっていた。そのまままリュックを背負って自転車で駅まで爆漕ぎした。
もうこれ以上漕いでもペダルの回転数が限界値に達しているから回しても意味がないと分かっていたのだが、それでも漕いだ。これまでアウトが確定しているのにも関わらずファーストに向かって全力で走る高校球児を見て「周囲へのパフォーマンス」だと思っていたのだが、どうやら勘違いだったらしい。あれは「願い」である。
漕ぎまくっている途中で自転車の部品がいくつか落ちたのが分かった。しかし振り向いている暇がない。漕げば漕ぐ程ポロポロと部品が落ちていき、ルパンのCM明けの車か!!と思いながら漕いだ。頭の中で僕より先にタイヤが駐輪場に到着しているイメージが浮かんだ。チェーンが外れた。いよいよ漕ぐ意味がなくなった。野球でいうところの三振であり、ファーストまで走る必要がない。それでも俺はファーストに向かって走った(ダメだろ)、漕ぎまくった。チェーンが外れる寸前までの全力漕ぎの余韻で、駐輪場までの100m、一度も足を付けずに到着することができた。チェーンが外れているのに立ち漕ぎをする僕の姿は、出勤途中のサラリーマンの胸を打ったと思う。自信がある。

なんとか遅刻を防ぎバイト先(病院の売店)に到着。朝は院内に新聞を設置するという業務がある。その際、受付をしている女の子にハンコをもらわなければならない。いつもハンコを押してくれるMさんという女の子がいる。超可愛い。毎回ハンコをもらう時に話す。いつも手を振ってくれて超可愛い。「おはよ~。」というと彼女は「おはよ~。」と言いながら印鑑を胸ポケットから取り出した。毎回この一分間なにを話せばいいのか悩む。
「昔お笑い芸人を目指していました?」と彼女は言った。その瞬間3つの疑問が浮かんだ。「お笑い芸人って目指すものなの?」「昔ってことは今なれなかったってこと?」「なんで知ってるの?」である。
Mさんは続けて「Nさんって知ってます?Nさんって私の専門学校の先生だったんです。彼女に「売店に昔お笑い芸人を目指していた人がいるから、聞いてみ~」と言われたんです。」と言った。
Nちゃんは2年前くらいに、この病院で研修をしていた大学生の女の子で、超可愛いかった。割と仲がよくて色々話した記憶がある。超可愛かった。彼女はこの病院を去る時に「芸人応援してます!」的なことを言ってくれた。
そうか、彼女はこの2年のうちに先生になっていたのか。本当に立派だと思う。
そして俺は彼女の中でなぜか「もうお笑いを辞めた人」になってしまっていた。「芸人はもう辞めたけどあの売店にはいるだろう」というあまりにも残酷な憶測に、胸が苦しくなった。
Mさんには一言「いや、今もやってるよ。」と言った。
「え、今もやってるんですか?」という声が後ろの方で聞こえた。
マジ売れよ。

暇になると僕はよく無言で店を出て院内中を練り歩いている。「落合が急に消える」と店が盛り上がる。「あいつまたいねえじゃん!」とおばちゃん達が嬉しそうに言う。この数年間ほぼ毎日消えているのに突然姿を現すと「おお~~!いたいた!」と毎回盛り上がる。盛り上がらなくなるまで急に消えるつもりである。

遠めのトイレでも行くか~と思って歩いていると、女子トイレから出てきたKさんとバッタリ出くわした。仲の良い看護師さんである。
バッタリ出くわした瞬間に、この一瞬の間を埋めるような言葉を僕から発さなければならないのが分かった。僕がなにか一言いって、向こうがそれに対するリアクションをして、解散の流れだった。
なんか言わなきゃ、言わなきゃ、と考えているうちに、二人の間で流れている無言の「間」に不自然が訪れようとしていた。
その直前、ギリ手前で、僕は「なんか息切れしてるけど大丈夫?」と言っていた。マジで自分でも「え?なに言ってんの?キモいって。」と思った。びっくりした。
僕の頭の中の辞書で「息切れ」と調べてみると、
「どこかへ向かって急いでいるように見える様」だった。どうして俺は意味を口にしなかったんだろう。「どっか急いでるの?」とかでよかったのに。

「なんか息切れしてるけど大丈夫?」

ってキモすぎる。こっからの会話が更に地獄だった。

「いや大丈夫じゃない。。かな。」
え??「大丈夫。」で終わらないの!!???と思い僕の頭は更にパニックになった。こんなことは出会った瞬間に渡された互いの台本に書いてなかったじゃないか。
「あ、大丈夫じゃないの?」
「え、なにが??」
え、なにがってなに?むずいむずい。しかもなんで半笑いギレみたいな感じなの。そうか。分かったぞ!Kさんは恐らく台詞が飛んでいるんだ。もう一回振り直さければならない。
「あれ、あの、なんか。あれ?あの~」
ダメだ。ここでいうフリは「なんか息切れしてるけど大丈夫?」であって、これを2回言うのは怖すぎて無理だ。
「大丈夫ってなにが?」
え!???台詞飛んでるのはKさんなのに、次は俺のターンみたいな感じでグイグイ来るじゃん。
「。。。。。。。。。。。」

もう終わりだ。俺の無言のせいでより一層「間」がぶち壊れた。二人の人間が会話している時に生まれる一般的な「間」はとうに過ぎている。このタメは罪の告白とかしないと成立しない間だ。「私がやりました。」以外にあり得ない間。確かに「私がやりました。」的な状況ではある。
なぜだ。間がぶち壊れているのに、照明が落ちない。もうこの演劇はリカバリー不可だと判断されるべきなのに。スタッフはなにをしているんだ。ああそうか、当たり前だ、これは現実か。強制暗転もない、どうすればいい、これまで自分がやってきたことが走馬灯のように頭の中に流れた。アクシデントが起きた時、自分を助けてくれるのはいつだって経験である。

「ありがとね!!」

と言って僕はその場をダッシュで立ち去った。

キングオブコントは確か挨拶終わりだった。


落合諒です。お笑いと文章を書きます。何卒よろしくお願いします。