おもしろくないのに積極的にコミュニケーションを取ってくる「いい人」が大嫌い

バイト先の建物の中に、同じ会社の系列で働いている35歳くらいのTさんという男性がいる。
彼は明るくて、優しくていつもニコニコしていて、うちのスタッフからも愛されている。僕はTさんに一度怒鳴りつけたことがある。

彼は気さくな人で、基本誰にでも話し掛ける。
しょっちゅう自分がいるコンビニに遊びにきては、大きな声でいきなり「おっす！！！！」と僕の後ろから声を掛ける。
毎回びっくりする。
「ちょっと心臓に悪いから辞めてくださいよ～～！！！」
とその度元気にリアクションする。
基本的にお互い楽しい気分でいたいから、内心嫌だったけど我慢していた。
僕は割と誰とでも仲良くなるタイプだけど、決してコミュニケーション能力が高い訳ではない。人のノリに合わすのがめちゃくちゃ得意なだけだ。常に相手の鏡を演じているだけなので、人見知りの人と話すときは僕も人見知りになってしまう。話すのが苦手な人と話すと僕も話すのが苦手になる。

だから僕はTの前では、軽薄でいい人でとっつきやすい人物になる。
Tは自分のことが大好きで仕方がなさそうなので、もちろん僕のことも気に入る。
人を後ろから驚かすことがおもしろいと思っているのだから、僕が後ろから驚かされることを「おもしろい」と思っていると認知する。
だから彼はその後何度も何度も「おっす！！！！」と僕の心臓にダメージを与え続けた。

「びくっ」と身体が反射的に反応してしまうのはとても悔しい。
生物として怯んでしまったあの感じはずっと残る。
あと、とっても疲れる。

「ほんとにびっくりするから辞めてください！」
「ねえ！！まじでやめてそれ～！心臓に悪いから」
「お願いだから、ほんとにもうその「おっす」てのやんないで！」

と段階的に強めながら注意しても彼は「おけおけ」と言うばかりで同じことを繰り返す。「はいはいフリね」みたいな感じでニヤニヤしながら他のスタッフのところへとお喋りをしにいく。
どうしてＴのことをみんな「いい人」だと認識しているのかさっぱり分からない。いや確かに本当にいい人だし、僕が嫌がっているのを分かっていないのだろうと思う。それがめっちゃ嫌だ。
僕は無自覚を怠慢だと考えている。思いやりや想像力を働かすことを怠っているから人の気持ちが分からない。これで彼がめっちゃ嫌なやつだったら、もっと強めに言えるんだけど、Ｔの屈託のない笑顔を見てしまうと、つい言葉が和らいでしまう。

それからも何度も心臓に悪いことをされて、僕は本当にTが来ることに対して構えるようになってしまった。

最近ワイヤレスイヤホンを無くしてしまって、酷く落ち込んだ。仕方がなく安い有線のイヤホンを使っている。音質も悪いし不便。だけど一つだけいいことがあって、それは日々の暮らしの中で繰り返し行われる「充電をする」という行為を一つ省けたことである。ほんとうにそれだけで毎日のしんどさが少し緩和されて僕は感動した。

Tはこの逆のことを俺に仕掛けている。「彼が店にやってくることを気にしてしまう」という日課を俺の日常に組み込んだのである。
「ワイヤレスイヤホンを無くしたことで日課を減らすことができた」ということが「ワイヤレスイヤホンを無くしたこと自体を慰す事象」であったのに、Tのせいで日課が増えトントンになってしまった。つまりワイヤレスイヤホンを無くしたという事実だけが彼のせいで浮彫になってしまったのである。
俺はそのうち、こうゆうTみたいなやつが最も悪なのではないかと考えるようになっていった。
「いい人」を盾に、「いい人」であればおもしろくないことを言ってもオッケ～な環境を作った、これまでに彼と関わってきた連中にも怒りがわいてきた。
俺はおもしろくないのにめちゃくちゃ喋る人がマジで嫌い。通用しない。

とある日、僕がバイト先のイートインコーナーでイヤホンをしながら、ネタを作っていると「おっす！！！！」と後ろから両肩を叩かれた。
僕は頭の中が真っ白になって「お前！！マジでやめろっつたよな！！！」と施設内に響く声で怒鳴った。
「ああ、ごめんごめん」と彼は笑いながら事務所の方へ向かってウチのスタッフと話に行った。
僕は立ち上がって「おい！おい！おい！」と言いながら、事務所の中まで追いかけ、スタッフとの話を中断させ「お前マジで二度とやんなよそれ！！」と更に怒鳴つけた。「ごめん」と彼は言った。

それからTは、一旦僕の視界の中に入り、僕が彼のことを目視で確認できたことを確認してから「おっす！」というようになった。そのあと「これでいいんだよね（笑）？？」と彼は言ってしまって、ほんとうに殴ろうかなと思ったのだが耐えた。

それがほんのちょっと前のことだ。
お互いに過去のことは忘れ、先日まで良好な関係を築いていたのだが、最近彼は「おっす！」と言いながら俺の身体をボディタッチしてくるようになった。それがほんとうに気持ち悪くて吐き気がする。一回だけかと思ったら、今週だけで三回も触られている。
次触ってきたら「挨拶するとき身体を触らないで。」と冷静にきちんと伝えようと思う。
消えちまえカス野郎。