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相手のコンディションに決定権を握られていたらダメですね。

病院内の売店でバイトをしている。今日は月末だったので店内にある全ての商品を数えなくてはならないという過酷で無意味な日だった。どうして無意味かというと、万引きはされまくってるし、仕入れは適当だし、様々な事情がありツケで支払ってる客が退院後一切支払いにこないからである。ハナから数が合わないことは誰の目から見ても明らかではあるのだが、まあそれでもみんな一生懸命やる。それがこの店で生き抜く術である。
意味があるかないかではなく、懸命にやっているかどうかに重きが置かれていて、なにをしていても時給は発生しているので、もうなんだっていいやって感じで俺も汗を垂らしながら店内の商品を片っ端から数えた。
退勤時間の十五時になったのでそろそろ上がろうかと事務所に戻ると「もう帰るの?」と、Kさんという本日遅番のおばさんに言われた。なぜか少し怒っていて、俺は困惑しながらも「進捗状況的にかつてない程いい感じだし、帰っても問題はないと思うよ。」ということを伝えたのだが「ああでもない、こうでもない」と論理的に破綻しているようなことを散々言ってきたので、「無駄に残業はしない」ということと「過去最高レベルのスピードで残業が進行しているのにも関わらず、ここで残業することになったら、これまでの棚卸しの日に定時で帰れたことの説明が付かない。これからもあなたを含む私達が無駄に残業しないためにも、ここは皆のために定時で帰らせてもらう。仮に残業する必要があると思うのであれば、説明してほしい。残るのが嫌なのではなく、無駄に残業したくないってだけです。」とお伝えした。すると急に先程までの勢いが萎んでしまい「よく頑張った!おかし食べなよ!」みたいなことを言ってきて、くたばれと思いながら店を出た。

帰り道、ああ、間違えたかもしれないと思った。
明らかに論理が破綻しているのに相手がそれを押し付けてくる時は、その論理の裏に純粋無垢な本音が隠れていることが多いということを忘れていた。そしてそのような時は、その論理に乗っかって返答するのではなく、相手が本当に主張したいことに寄りそって話を聞くと以前俺は決めたのだった。少しだけ後悔した。考えてみたら簡単に分かることで、今日の遅番は彼女以外、棚卸しにあまり慣れていないメンバーで(とは言っても作業的に問題はない)きっと不安だったのだと思う。なんとなくだけど、まだ一緒にいて欲しかったはずなのだ。
だとしたら人情に訴えかけてこいよ。非合理的な事を人に頼みたいなら、人間をぶつけてこい。そしたら絶対残ったのに。彼女はラブの塊みたいな人なのにあまりにも不器用すぎる。そして俺はそういう不器用さが故に本音を隠しながら他人に圧力をかけてしまう人間のことを、好きだし嫌いなのである。つまり俺のコンディションによります。相手のコンディションに決定権を握られていたらダメですね。それはあなたの積み重ねてきた弱さです。

そのまま喫茶店でネタを書いた。ここ一週間は毎日ここに4時間いる。もう毎日多分売れるまでここにいるんだと思う。とーやと長尾が誕生日プレゼントに「ネタを書いて」と買ってくれたエアポッズプロ。凄まじいノイズキャンセリング機能で目の前で話しているおばちゃん二人が口パクに見える。一向に結果の出ない、いっこく堂。
ノイズキャンセリング機能自体が人生初だったのだが、鼓膜への圧迫感がまるで上空だ。赤ちゃんの人差し指を両耳に突っ込まれてる感じ。マジで頑張れる。

ネタを書きながら、今日のバイト先のことを思い出して、なんてスケールの小さなできごとが俺の人生を覆っているのだろうか、と鬱屈したような気分になった。

周りが折れていく中、俺が一向に辞めないのは、ネタができた瞬間に感じる自分への可能性が確かだということと、死ぬまでこれをやるということが初めた時からすでに決まっているということと、まだまだ頑張れていないからである。これまであまり舞台に出ていなかったという部分が、今年のキングオブコント二回戦でしっかり結果となって返ってきた。
単独ライブを設定しておいてよかった(その準備のためにも今年はお笑いライブに自動的に出ることになるから)。

どれだけ外側に漏れるかは分からないけど、やった分もやらなかった分も確かに自分には返ってきている。もう周りとかどうだってよくなってきて、どこまで行っても自分とのバトルだと最近心から思える。そうなってからは、マジみんな幸せになったらいいなとか思う日もある。




落合諒です。お笑いと文章を書きます。何卒よろしくお願いします。