台湾有事を「存立危機事態」認定できるか
本論考は、令和5年度の活動を通じて得た学びのうち、安全保障に関する我が国の対処法およびその根拠となる法規について、特に表題に掲げたように台湾有事に対して我が国はこれを「存立危機事態」と認定できるか否かについて考察し、法の欠缺[i]を指摘するものである。
1 台湾有事と日本有事の狭間
令和3年12月1日、台湾のシンクタンク国策研究院主催のオンラインフォーラムにおいて安倍晋三元首相は、「台湾有事は日本、日米同盟の有事だ」と述べた[ii]。すなわち台湾と日本そして米国は不可分の利益と問題意識を共有しており、台湾有事の際には一定の関与を行う可能性を示唆したものであった。
また今般の自由民主党総裁選挙において決選投票に進んだ高市早苗経済安全保障担当相(当時)と石破茂元幹事長(当時)は、9月15日のフジテレビ番組においてそれぞれ次のように発言している。高市氏は、中国による台湾の海上封鎖が発生した場合の事態認定について、「存立危機事態になるかもしれない」と言及し、「とにかく日本の生存に関わる。シーレーンも使えなくなり、場合によっては東京と熱海の間くらいに中国の戦艦だとか、軍用機が展開するような事態になる。そのくらいの危機感を持ってとらえている」と、存立危機事態認定の可能性について言及した。一方で石破氏は、「少なくとも重要影響事態だ」と指摘し、存立危機事態の認定については、「ほとんど防衛出動とイコールだ」とし、慎重な姿勢を示した[iii]。
本項ではこの「台湾有事」と「日本有事」の狭間について特に利益線の観点から考察し、何をもって日本有事とするかについて時間軸による重心の変化について指摘するものである。
1.1 日中双方の主権線と利益線
台湾の情勢に限らず日本有事を定義する上で考慮するべきこととして、我が国と、東アジアはもちろんインド太平洋地域において積極的な活動を展開している中国の両国がどこまでを主権線として、そして利益線として考えているのかを確認する必要がある。
まず我が国の主権線であるが、南西方面におけるそれは沖縄県までと言える。より厳密にいえば八重山諸島であり、最西端の島であり台湾まで111kmに位置する与那国島、尖閣諸島を含む石垣市が最前線であると言えよう。
一方で中国の主権線はどうだろうか。令和5年の読売新聞記事によると、中国政府が発表した新しい地図では台湾はもちろん、フィリピンが領有権を主張する南沙諸島、インド北東部アルナチャルプラデシュ州の一部と中国が実効支配するカシミール地方のアクサイチンが「領土」として含まれている[iv]。確かに筆者が令和6年1月に研究会活動を通じて北京市内を回る中で目にした地図においても、台湾は明らかに中国領として記されており、少なくとも中国政府が観念上においては「中華人民共和国台湾省」と認識していることは明白であると感じた。また尖閣諸島については、地図に線を引いて中国側へ取り込んでいる表記は少なかったものの、義務教育課程において用いる道徳の教科書において中国固有の領土として教育しており、領有の意思を持っていると言える[v]。
以上から、主権線について次のことが確認できる。まず台湾については、我が国の主権の及ぶ範囲ではなく、中国が主権を主張している。また尖閣諸島について我が国は何らの国とも領有権問題を抱えてはいないが、中国側は主権を主張しているため主権線を争う現実的事象が発生する可能性は否定できない。
次に利益線について考える。我が国の利益線は東・東南アジアに関して大きく言えばインドネシアであろう。石油をはじめとする資源を他国に頼らざるを得ない我が国にとって、海洋通商ルート、シーレーンを確保することは我が国の存立に極めて重要な要素となる。そしてヨーロッパやインド、アフリカといった西方方面からのそれは、マラッカ・シンガポール海峡か、あるいは少々遠回りとなってもロンボク、マカッサル海峡といったインドネシア周辺の海峡を通過して入ってきているのが一般的である。太平洋といった東方方面にも海が開けている我が国ではあるが、より現実的に言えば東南アジアの諸海峡の通行の安全性が確保されていることが国家の存立の観点からして重要であり、我が国の利益線であると言えるのではなかろうか。
一方で中国の利益線はどうだろうか。中国海軍・空軍が作戦を展開し、また対米の国防ラインとして示しているものに第1列島線が挙げられよう。これは鹿児島・九州沖から沖縄、台湾、フィリピンを結び南シナ海に至る中国独自の軍事的防衛ラインであり、米軍の侵入を防ぐいわば「絶対国防圏」と言えよう。これよりさらに外洋に設定したのが第2列島線であり、これは小笠原諸島や米領グアムを経由してパプアニューギニアに至る防衛ラインであり、海洋安全保障をめぐり米国との対立が激しくなっている地域である[vi]。こちらの第2列島線は、中国にとっては確かに重要な利益線であろうが、短期的ではなく、長期的観点から獲得目標としていると想定される点で第1列島線とは異なる。
以上から、日中両国の利益線は鹿児島・沖縄から沖縄、南シナ海から東南アジアの海域において重なり合う部分が多いと言える。すなわち、主権線においては、我が国は全く領土問題を抱えていない前提ではあるが、尖閣諸島のみを争うに留まる一方、利益線における重複の大きさが日中の東アジア・東南アジアにおける出方を難しくしている大きな要因と言える。
1.2 台湾は利益線に入るのか-時間軸による重心の変化-
それでは、本論考で焦点を当てる台湾は、利益線の議論においてどのような位置づけとなるのだろうか。大陸の中国側が台湾を第1列島線に組み込み、国民に対しても「中華人民共和国台湾省」の如き教育・宣伝を行っていることは前述の通りである。では、我が国にとって台湾とは利益線の中に含まれる存在なのだろうか。筆者は、短期的には含まれず、長期的には含まれると考える。すなわち、台湾が我が国の利益線に含まれる=我が国の存立において重要なる地位を占めるが否かは、時間軸の観点を加えることにより、各論者の見解が異なってくるのである。
では、短期的には含まれないが、長期的には含まれるという点についてより詳細に論じる。まず前者であるが、前述したように、我が国の利益線とは資源小国たる我が国に物資が入るか否かの生命線を指し、それは東南アジア方面の航行の自由如何に依るものである。そして台湾有事によって南方方面の輸送が困難となった場合も、それが短期的なものであるならば国内備蓄と太平洋側へと大きく迂回した海上輸送によって我が国は糊口をしのぐことができるため、即時に国家の存立にかかわる事態とはならないと想定できるのである。特に「存立危機」と認定するか否かは、我が国が武力発動を行うか否かに係わる極めて決定的かつ重要な選択を惹起させる。そのため上記のように(楽観的に過ぎるかもしれないが)台湾有事が台湾周辺でのみ収束する見込みとなり、輸送網の確保が為された場合には決定的な利益線には含まれないとの観から、短期的観点から国内世論を大きく味方につけない限り、即存立危機と認めるのは難しいと考えられる。
このことに関連して、今般自由民主党新総裁・第102代内閣総理大臣に就任した石破茂氏は、本年8月に出版した『保守政治家 わが政策、わが天命』において、「『台湾有事は日本有事である』と、ことさらに取り上げられることもあ」るとしたうえで、「仮に中国が台湾に軍事的な攻撃をする状況になったとします。その際に、文字通り日本本土も同時に攻撃する、という状況は、冷静に考えればほぼありえないでしょう」、「仮に中国が台湾を攻撃したとしても、そこで日本まで攻撃してしまえば、直ちに日米同盟を敵に回すことになります」、「つまり、文字通り『台湾有事、即日本有事』となる可能性は相当低いということです」[vii]、と論じている。これに対しては安倍元首相と対立してきたことや、安倍氏を継承する高市氏との差異を示した主張との見方もあるが、確かに石破氏の論じるように中国が国際的に明確に主権を主張することを憚らない台湾に軍事侵攻することと、国連加盟国であり中国が主権を主張することがなく世界最大の軍事力を保有するとされる米国と同盟国である我が国へ武力行使をすることの間には大きな違いがあり、「日本本土も同時に攻撃する」ということにはならないと想定できよう。その意味からも、短期的には台湾有事は即日本有事とはならないと言え、台湾は利益線内に入らないと論じることが可能である。
それでは、後者の長期的には含まれるとはどういうことか。これは、台湾有事が発生し、そのようなことにならないことを信じてはいるものの、中華人民共和国の一部となった場合、我が国にとって南方方面における一歩後退を意味するからである。すなわち、我が国と中国が正面から鍔迫り合いをする面と体が出現し、我が国の主権が及ぶ範囲(領土・領空・領海)が脅かされ、国家の存立が危ぶまれる可能性が現実的となるからである。その相手国が権威主義国家でなく、また当該地域における野心的行動を持たない国であるならば問題ないのだが、事実上公選ではない人物による権威主義体制の場合、権力を維持するために国民に対して敵を国の外側に示し、領土獲得というナショナリズム運動に用いる可能性が否定できないのである。このことから、台湾有事が発生した場合、我が国は長期的には南方方面の輸送網=我が国の生命線・バイタルパートを不安定な周辺国に対して曝す危険性があると言えよう。
以上から、我が国の利益線内に台湾が含まれるか否かについては、どれくらいのスパンで台湾有事を観察するかによって結論が変わってくると言えよう。前述の主権線と結び付けて考えれば、我が国と中国双方ともに主権線と利益線には大きな幅・差があり、とくに東南アジア・南方方面においては主権外ではあるが利益線内である。そして台湾については我が国にとって長期的には主権線外ではあるが利益線内ではあること、そして中国にとっては主権線内でも利益線内でもあることが台湾有事にどのように対処するのかという問題を複雑化している根源的な問題と言えよう。
以上から、筆者は台湾有事が現実に発生し、現在と同じ同盟関係、国家体制の場合は長期的な国家永遠を考えて台湾が利益線内にあると考え、存立危機事態認定を行い、米国をはじめとする同盟国と協同して事にあたることが有効であると主張する。特に、これについては有事発生時には存立危機事態認定を行うということを政権の首班が変わったとしても一貫して主張し、相手国に対して軽佻な行動や作戦を慎むように抑制のシグナリングを発し続けることが、事を起こさせないことによる我が国の国家存立という観点から重要であることを附言する。
2 軍事作戦に関与する条件―我が国は台湾有事を「存立危機事態」認定できるか
前項では主権線と利益線の観点から台湾が長期的観点では我が国の存立にかかわる重要相手国・そして重要地域であることを論じ、結論として台湾有事の際には存立危機事態認定を行うべきであると主張した。本項では、存立危機事態認定を行うために必要な法改正について論じる。
令和5年1月11日、米ワシントンにおいて自由民主党副総裁の麻生太郎氏は「(台湾海峡有事は)日本の存立危機事態だと日本政府が判断をする可能性が極めて大きい」と述べ、台湾有事の際には我が国が集団的自衛権を発動する可能性を示した[viii]。我が国の事態認定としては、2015年に成立した安全保障関連法において、武力攻撃事態、存立危機事態、重要影響事態があり、上から順に我が国への危険の度合いと対処のレベルが重くなるが、筆者としては「現行法規上、台湾のみが軍事侵攻された場合」、これは「重要影響事態」に該当するものであると考える。すなわち、「存立危機事態」認定ができないと考えるのである。
まず、それぞれがどのような事態を想定しているのかについて概観する。はじめに、武力攻撃事態については、まず武力攻撃とは「我が国に対する外部からの武力攻撃」を意味し、「武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態」を指す[ix]。すなわち、我が国そのものが外部から武力攻撃を受けている場合である。次に存立危機事態であるが、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」を指す[x]。最後に、重要影響事態であるが、「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」を指し、「合衆国軍隊等に対する後方支援活動等を行うことによ」って「我が国の平和及び安全の確保に資することを目的と」している[xi]。
これを順番に検討していくと、まず台湾は我が国の主権の及ぶ所ではないため、武力攻撃事態ではないことは明白である。次に台湾に対する武力攻撃によっては、台湾にいる法人の生命や自由、幸福追求の権利が脅かされる可能性があり、シーレーン封鎖の範囲と期間によっては我が国の存立を物資の面から脅かす可能性が否定できない。これを我が国の密接な関係のある「地域」に対する武力攻撃と認定することは可能であろうが、我が国は台湾を国家承認していないため、密接な関係のある「他国」に対する攻撃と認定することは困難であると考えられる。最後に、台湾有事は、シーレーン封鎖の期間によっては我が国の平和と安全に決定的な影響を与えるものであり、中国がその後台湾を最前線として沖縄、九州へと膨張する可能性は否定できない。このことから、要件に完全に当てはまるのは、実質的には存立危機事態と言えなくもないが、法に遵うと重要影響事態であると考えられるのである。この見地に基づいて、筆者は現行法に基づけば台湾有事を存立危機事態ではなく最大でも重要影響事態であると捉える。すなわち、直ちに集団的自衛権を発動するのではなくアメリカ政府と共に事態に処置するための協議を行い、状況悪化を抑制するために外交的・軍事的手段を準備して実施するにとどめるしか手段がないのである。
ここに至って、台湾有事の際には「存立危機事態」認定を行い、米艦艇への補給など後方支援にとどまることなく、邦人輸送中の米艦艇護衛や米国を攻撃するミサイルの迎撃、海上封鎖時の機雷清掃などの任務にあたり、以て我が国の国家永遠に資することを「あるべき姿」としつつも、法律上は事態や活動が可能な地域や国家の限定がない「重要影響事態」にしか該当しないのではないかという法の欠缺が指摘されるのである。このことから、筆者は以下の2つの対応策・法改正を主張する。
一つ目に、「武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」の第二条第四項において定義されている存立危機事態について、「我が国と密接な関係にある他国に対する」という箇所を「我が国と密接な関係にある他国ないし地域に対する」に改正することである。これによって我が国が国家承認を行っておらず、国連加盟国でもない台湾に事が起こった場合にも「存立危機事態」として対処可能となる道が開ける。
二つ目に、台湾有事以外のことも想定したより包括的な対応策や理念を示すために、我が国とは価値観を共有するものの、現在国家承認も国連加盟も済んでいない「未承認国家」をどのように取り扱うべきかについて法律ないしは首相演説を以って内外に示すことが求められると考える。高度な情報化社会と、個人レベルまでの情報発受信端末の普及により、権威主義体制は単一の価値観と統治を貫徹できず、揺らぎを見せはじめる可能性が否定できない。これがより大きくなった場合、ある国の中で一定数でかつ別個の統治体制が構築され、「未承認国家」となる場合がある。そしてその未承認国家が掲げる理念や価値観が我が国と共通するものであり、かつ旧来属していた国家から攻撃を受け、あるいは迫害を受けた場合、我が国がどのような行動をとれるかどうか(もちろん、内政不干渉の原則には留意しなければならない)を事前に想定しておくことが求められるのではなかろうか。このことから、台湾有事に限らず、権威主義・覇道国家に厳格に対峙し、以て広く世界に理想を掲げ実践していく日本となるためにも、この「未承認国家」処置について議論を重ね、立法を行うことが必要なのではないかと筆者は考える。
後者に関しては比較的時間をかけて議論する必要とその猶予があろうが、前者についてはいつ起こるかわからない有事に備えて、法改正を行うことが急務であると主張し、筆を擱くこととする。
文末脚注
[i] 法の欠缺とは、特に裁判において適用する法律が欠けている・存在しない状態を指す言葉である。しかし今回は広義の意味において、すなわちある問題に適用できる法律がないという意味合いにおいて使用する。コトバンク「法の欠缺」(https://kotobank.jp/word/%E6%B3%95%E3%81%AE%E6%AC%A0%E7%BC%BA-1205516#goog_rewarded)参照。
[ii] 日本経済新聞「中国、安倍元首相発言に反発 「主権を挑発」」(令和3年12月2日)(参照日:令和6年10月13日)(https://www.nikkei.com/article/DGKKZO78080650S1A201C2EAF000/)
[iii] 毎日新聞「台湾有事は「存立危機事態になるかもしれない」 高市氏が言及」(令和6年9月15日)(参照日:令和6年10月13日)(https://mainichi.jp/articles/20240915/k00/00m/010/039000c)
[iv] 読売新聞「中国発表の新地図、係争地や南シナ海まで「領土」「領海」表記…アジア各国相次ぎ反発」(令和5年9月2日)(参照日:令和6年10月13日)(https://www.yomiuri.co.jp/world/20230902-OYT1T50191/)
[v] 人民教育出版社「第四単元 維持国家利益」(『教育部認定 義務教育教科書 道徳与法治 八年級 上冊』)
[vi] 日本経済新聞「第1列島線とは 米中が対峙する海洋上の軍事ライン」(令和4年7月28日)(参照日:令和6年10月13日)(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB276740X20C22A7000000/)
[vii] 八木秀次「「台湾有事は日本有事」の戦略的発想が理解できない石破氏 主張を否定も支離滅裂、安倍元首相へのルサンチマン(恨み)か」(zakzak by 夕刊フジ、令和6年8月19日)(参照日:令和6年10月14日)(https://www.zakzak.co.jp/article/20240819-USH32NIYUVP5JF65QMK744O62Q/2/)
[viii] 朝日新聞「「台湾有事は日本の存立危機事態」 麻生氏 米国で抑止力強化訴え」(令和6年1月11日)(参照日:令和6年10月13日)(https://asahi.com/articles/ASS1C56K6S1CUTFK004.html)
[ix] e-Gov 法令検索「武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律、第二条第一項、同条第二項」(参照日:令和6年10月15日)(https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000079)
[x] 同上、「第二条第四項」(参照日:令和6年10月15日)
[xi] e-Gov 法令検索「重要影響事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律、第一条」(参照日:令和6年10月15日)(https://laws.e-gov.go.jp/law/411AC0000000060)