#1この先の私、もしくはいつかの誰かへ

noteが一体どういう世界かなんて全く知りません。

たった今書いているこの文章が、一体誰の目に入るのか、果たして自分以外が見ることはあるのか。

とにかく私が何を思ってこんな奇行に走ったのかでも記しておきます。私の備忘録です。

私は今、この地球に生きています。今これを見ているこの先の私、もしくはいつかの誰かもきっとそうでしょう。

でも、当然ですが私は死にます。絶対に。
それなのに世の中の人は、自分が最後には死ぬということを考えていないように見えて、それが私にとっては不思議でたまらないわけです。

人類の歴史の一端として語り継がれるべき人たちはその死後も「存在した事実」が後世に残りますが、私たちはただの有象無象です。
私が今この瞬間に死んだらどうなるか。おそらく数週間、あるいは数ヶ月の間は家族・友人を中心に悲しんでくれるかもしれません。

しかし、そのあとはどうなるか。そもそも私に関わりのない人々にとって、私はこの宇宙に存在しなかったも同然ですし、私に関係があった人々も私がいない人生に慣れます。

私が存在した事実は無くなったも同然なわけですね。

その頃の私はと言ったら、それまでは代謝をして生きていた体は単なる水とタンパク質とに成り下がり、地球上の物質となるわけです。
死んでますから、そんなことを考えることなどできないわけですが。

これに関しては避けようがありません。
もし私が今からひたむきに努力して、普通よりも裕福な暮らしをしたって、死んだら無意味です。そして私は必ず死にます。

だから、世の中の人は、自分が最後には死ぬということを考えていないように見えて、それが私にとっては不思議でたまらないわけです。

なので私は現実世界ではなく、果てしなく広がるインターネットの世界の中に私が生きた微かな記録を残すことにしました。

日々の生活で思ったこと、感じたことを日記のつもりで書き記す。そこでいつか、生きる意味を見出すヒントを見つける。なんて一縷の望みに賭けながら、適当なことを書いていこうと思います。

これを現実世界でやると、だいぶキモいですからね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?