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ショートショート 『カラスの縄張り』
今日は金曜日。
弥生町は燃えるゴミの日です。朝も早くからカラスたちはソワソワ。
町の神社にある大きな木の上で、カラスたちが集まって騒いでいました。今朝は夜明けと同時に縄張りを決める会議を開いているようです。
「今日はおれが9番地に行くぞ!新築の家が4件も建売されたばかりだ。きっと良いものがいっぱいあるに違いない」
人間にはカーカーという鳴き声に聞こえますが、カラスたちは会話をしているんです。
「じゃあ私は13番地に行くわ。いつものマンションよ。長介さんはどこに行くの?」
長介と呼ばれた年寄りカラスはくるっと首を回して
「わしは22番地じゃな。あそこのアパートは無理に探さなくても食べごろの残飯が多い」と答えました。
カァカァと可愛い声の若いカラスが下の枝から言いました。
「僕は最近この町に来た、佐助です。よろしくお願いします。僕が餌探しをしても良いところはありますか?」
礼儀正しい新米カラスに、威張りん坊カラスが言いました。
「ようよう、佐助。俺は孫八ってんだ。この辺りは弥生町って言って、昔からのお家も多いし、金持ちもいるから当分は食いっぱぐれはないだろうよ。今日俺は9番地だから邪魔すんなよ」
「私はお梅。新米さんは20番地が良いんじゃないかしら?」
お梅が長介に意見を求めました。長介は佐助のそばに飛んで行き、佐助の近くの枝に留まると、その重みで枝が大きくしなりました。
「おっとっと。わしは長介じゃ。この弥生町では班長をしておる。おまえさんが一人前になるまで、わしがルールを教えよう。今日はわしと来るが良い」
「はい、よろしくお願いします」
佐助は長介からカラス界のご飯探しルールを学ぶことになり、一緒に残飯を探しに行くことになりました。
早速、長介は佐助を連れて、22番地の下見にきました。
長介のお気に入りは全部で12部屋のこじんまりとしたアパートです。冬場はまだ薄暗いからか、ほとんどのお部屋に灯りがついていました。
長介たちが留まっている電信柱の下では、早朝出勤の男性が大きな白い袋をゴミ集積所に置きに来て、そのまま小走りに出かけて行きました。
「佐助、このようにほとんどの部屋が埋まっているアパートは狙い目じゃ」
「どうして埋まっているってわかるんですか?」
「部屋に灯りが点いているじゃないか。そこで見るんじゃよ。おまえさんはまだわからないだろうが、わしはずっとここにいるので住んでいるものの顔もわかっておる。家族で住んでいる部屋が多いし、窓から会話も聞こえる。生活が安定しているのだろう」
佐助は不思議そうに尋ねました。
「生活が安定していることは大事ですか?」
「大事だとも。食生活も安定しているってことじゃ。生活が悪いと食も荒れるでのう。どちらが先かわからぬが」
長介はひらりと舞い降りて、ゴミの様子を確認しました。
「今すぐつまめそうなものはなさそうじゃ。もう少し待とう」
佐助はお腹が空いていましたが、長介に従って大人しく待つことにしました。
カラスたちが静かに待っていると、今度は一軒家の前に次々とゴミが出始めました。
「長介さん、あちらは行かないのですか?」
「あっちは別の町会でな、わしらは手を出しちゃいかんのよ。この道路で区切られておっての、ここから外は別のカラスの縄張りじゃ」
「そうだったんですね」
噂をしているとなんとやら、隣の町会のカラスがやってきました。
「おはよう、長介さん」
「やあ、おはよう、新兵衛さん。こっちは新入りの佐助。まだ知らんことがあるので、迷惑かけたら遠慮なく注意してやってくれ」
新兵衛は長介の意図を汲み取ると、強めにカア〜と鳴きました。
「おまかせですよ。じゃあまた」
新兵衛も様子を見にきただけで、すぐに飛んでいってしまいました。
ゴミ出しが一区切りし、収集車が来る前に長介と佐助は残飯を摘み始めました。長介が美味しいものを嗅ぎ分けて、まだ肉がたくさんついているチキンの骨を引っ張り出し、佐助にも分けてくれました。他にもりんごの皮や魚の食べ残しなど、佐助にとってはご馳走がたっぷり。
すっかりお腹が膨れて、大満足の佐助です。
「人間はどうしてこんなに食べ残しをするんでしょう」
「食べきれないくらい買ってしまうんじゃな」
「必要な分だけ買えば良いのに」
そんな話をしていると9番地に行った孫八が飛んできました。
「やあ、長介さん、佐助。どうだい、良いものにありつけたかい?」
「おかげさんで二人ともお腹いっぱいじゃ」
「9番地はイマイチだったよ。新築だからさぞかし良いものがあると思ったのに」
長介はカッカッと笑った。
「当然じゃよ、引越ししてきたばかりだからな。まだ料理を作る余裕もないじゃろう」
「リサーチ失敗か」
孫八は佐助の食べ残しのチキンに目をつけました。
「おっ、うまそうだな」
「孫八、縄張りは荒らしちゃいかんよ」
「良いじゃないですか。お腹が空いてるんです」
「新人にはしっかりと教え込まないといけないんでな」
そう言って、長介は佐助にウィンクをしました。
佐助はニコニコして、孫八に骨を差し出し、
「しっかり学びました。なので、これは気持ちです」
孫八は早速ガリガリと骨を齧りながら悔しそうに言いました。
「こりゃあ、一本取られた」
長介はクワックワッと笑いました。