ショートショート 『とりあえず、エール』
俺と直哉は学校帰りに近所のコンビニに立ち寄り、蛍光ペンとレポート用紙だけ買うとそそくさとコンビニを出た。
外に出ると冬の気配を含んだ風が強く吹いていた。
「うおっ、寒っ」
手が冷たくなって、ポケットに手を突っ込む。
直哉と俺は小学校からの友人で、クラスは違うが同じ高校に通っている。高校は家から近く、朝の通学が楽だという理由で志望した。他にも同じような理由で志望した顔馴染みが揃い、学校生活は人間関係も含めて快適だった。
直哉は長身を活かしてバスケ部、俺は背が低いのでバスケは諦め陸上部に所属している。今は試験休みで、久しぶりに一緒に帰宅しているところだ。
隣では何か思い出しているのか、直哉がぼんやりとしている。
「どうしたん?」
「あ、なんでもない。暗くなったなと思って」
直哉は暗くなってきた東の方を見ていた。
しかし、西の空にはまだ夕焼けの色が残っていたから、俺はそこまで暗いと感じなかった。それより、寒い。
ちょうどその時強めの風が吹いて、歩道に溜まった銀杏の黄色い葉っぱが舞い散った。
「この前、十時くらいにここに来た時に花田に会ったんだ」
ここ、とさっき入ったコンビニを指差す直哉。
「花田?花田ましろ?」
直哉はうなづく。
花田ましろは、中学からの同級生で、クラスメイトになったことは一回しかない。おとなしいというか、真面目そうな印象だったので、俺にとってはあまり接点のない女子だ。
「塾の帰りだって。夜も遅いし、結構暗くてさ……」
「へえ、それで送っていったの?」
「ええっ!しないよ!少し話して、ただバイバイって、それだけ……」
いつもの直哉から見たことのない反応だった。
(へえ、こいつって、真面目そうなタイプが好みなのかな?)
「そっか、送って行ったほうがよかったかな?」
逆に質問されてしまい、俺の方が驚いた。
そんなことを聞かれても、やったことがないからわからない。
「え?お前がしたかったら、すればいいんじゃない?」
(普通はしない、かな?)
という気もしたが、なんせ経験がない。
お互いに知り合いだから、やっても良いような気もするが、俺なら間違いなく、やらないだろう。
「う〜ん、そっか……」
「そうか、って、どういうこと?」
(俺は余計なことを言ってしまったのだろうか?)
隣で何かを決心している直哉に
「なんだかわからないけど、とりあえずガンバレ」と言った。
その出来事があったのは半年前、俺はその時のことをすっかり忘れていた。
大会に出るほど優秀な成績を残していなかったから、部活は早くも引退モードで暇を持て余すことが増えた。
大学受験を控えているが、急に勉強モードにはなれない。進路も決めかねていた。
「お兄ちゃん、勉強しなくていいの?」
テレビのお笑い番組を見て笑っていた俺を、妹が冷ややかに見つめる。
「大丈夫、大丈夫。行けそうなところを受けるから」
「あ〜あ、そうゆう適当さが人生を分けるんだよね」
「偉そうに言うな!」
妹はふん、と鼻を鳴らして部屋に消えた。
そういう妹はしっかり進路を考えていて、中学受験を自分から言い出した秀才。同じ親から生まれたとは思えない、出来の良い妹だった。
「弟じゃなくて良かったぜ」
「まあな、同性なら比べられて辛いぞ。俺は兄貴に比べられて、いやあ大変だった」
俺と妹のやりとりをノートパソコン越しに見ていた父が言った。
「何かっていうと、お兄ちゃんは〜って比べられてな。その呪縛から逃れるのに何十年もかかったよ。とほほ」
父は今では優秀なエンジニアとして活躍しているが、子どもの時は苦労したらしい。それが良い意味で原動力になった、と言っていたこともある。
毎晩この時間帯になると、父はパソコンをリビングに持ってきてノンアルコールのビールを片手にキーボードを叩き続けている。
いざとなったら先生もいることだし、エンジニアでも良いか。
前にそんなことを言ったらエンジニアはどんなに大変か、くどくどと説教されたっけ。これは最終候補にしておこう。
立ち上がった俺を見上げる時でも、父の指はキーボードを叩いていた。
「どっかに出かけるのか?」
「コンビニ」
「気をつけて行くんだぞ」
まあ、仕事しているお父さんの姿は、なんだかんだカッコいいんだよな。
行きつけのコンビニに来ると、昨日チェックし損なった週刊ジャンプを立ち読みする。それからアイスを買おうか、やめようか悩んで、結局スポーツドリンクを選んだ。
セルフレジで順番を待っているとコンビニの窓越しに直哉が通り過ぎるのが見えた。
(こんな時間まで部活だったのか?)
急いで会計をして外に出ると、遠くの方に直哉の長身が見えた。
追いかけようとして足を止める。
その隣に小柄な影があり、シルエットの感じから女の子に見えた。
やっと、去年の直哉との会話を思い出した。
いま直哉の隣にいる子が、原田である可能性は高い。
(あ〜、そうゆうこと?)
ということは、俺が言ったひとことがきっかけで、本当に送っているのか?
(直哉、お前って、良いヤツだな!ガンバレよ!)
件の話をしたコンビニの前から、俺は直哉の背中にエールを送った。
そのうち、直哉と原田の仲は学校中に知られることになる。冷やかすような声も聞こえてきたが、俺が直哉をからかうことはなかった。
だって、俺がくっつけたようなもんじゃね?キューピッドじゃね?
そんな謎の自慢心があって、二人の姿を見かけるたびに心の中で応援していた。
直哉も原田も真面目な方だから、受験中は勉強の方を優先していたようだった。二人が大っぴらに一緒にいるようになったのは、お互いが大学に合格してから。
その頃には冷やかされても直哉は堂々としていた。
「これが彼女持ちの貫禄かよ」とシングル男子たちは慰め合ったりした。
卒業式の後、仲が良い奴らとカラオケに行こうと盛り上がっている端っこで直哉が気まずそうにしている。離れたところで待っている原田の姿が見えた。
「直哉、お前は拭けちゃいな」
「えっ?いいの?」
原田の方を合図する。直哉は赤くなった。
「お前のこと、待ってんだろう?」
直哉はうなづくと、そっと原田のいる方向に去って行った。
「コーイチもカラオケ行く〜?」
直哉を見送っていた俺の首を後ろから羽交締めしてきたのは、保育園の頃から腐れ縁の雛子だった。
「ああ、行くよ」
雛子はサバサバしたところがあって、話しかけやすい女子のひとりだ。雛子は俺が見ていた方向にいる直哉とましろに気づく。
「直哉は?あ〜、ましろとデートか」
「知ってんの?二人のこと」
「知ってるよ〜。2年の時から有名だったじゃん?ましろの塾まで直哉が迎えにきてさ。まるでナイトみたいって、羨ましがる子もいたんだ。まさか直哉がナイトとは、聞いた時は笑ったよね。ましろもどんどん可愛くなったし。あの二人、良いコンビよ」
(塾まで迎えに行っていたとは!)
目を丸くしている俺を見て、雛子は何がおかしいのか笑い転げている。
「なあに?寂しいの?なんならお姉さんが直哉の代わりに遊んであげようか?」
雛子がニヒヒと下品に笑った。
「1ヶ月先に生まれただけで姉気取りですか?同い年だろ?」
「私から見たら、コーイチはまだまだお子ちゃまですよん」
「カラオケ行く人〜!こっち〜!」
グループに混ざろうとした俺の手を雛子がぎゅっと握ってきた。
(俺も、頑張ってみるか)
とりあえず、自分にエール!