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自分が走っているグラウンドはどこなのか。【インタビュー:Y.K.さん】

仕事のやり方って、就職したらすぐ求められるのに、学ぶ機会は意外と無いように感じています。

Kさんは、すみなべに、仕事のやり方を教えてくださった大先輩です。いつも穏やかで面倒見が良く、誰も困らないプロジェクトの進め方や、議論を進めるコツを教えてくださっていました。一昨年に定年退職されて、今は趣味の登山や散歩、マラソンを楽しんでいらっしゃいます。

<Y.K.さん(60代)>

・こんにちは!今回は飲み会ではなく、オンラインでインタビューをさせていただきます。よろしくお願いします!
よろしくお願いします。
初めてのインタビュー、緊張で心臓バクバクです(笑)。手元もノンアルのお茶ですよ。画面越しに見えますかね?どうぞ、お手柔らかにお願いします。

・退職されて1年程経ちましたが、最近はどのように過ごされていますか?

散歩ですね。多摩川でウォーキングしています。季節を直接感じますよ。働いていると暑い寒い、桜が咲いた位だけど、今は自然の動きを感じます。ナチュラルなのが好きですね。

・平日の昼間に散歩できるの羨ましいです!登山やボランティアも今もされていますか?
しています。今も山に行っています。
きっかけは35年程前、誘われてゴールデンウイーク前の八ヶ岳に行きました。それが良くて、毎月どこかの山へ行くようになりました。アルピニストの登山映像など見るとワクワクしますね。今は、白馬村の八方尾根へ20年程通っています。


・なぜ山に通われているのですか?

山はマラソンのトレーニングでもあり、働いていた時は忙しさの合間の息抜きでしたね。

「白馬国際トレイルラン」のボランティアもしています。これは、いつもマラソンをしていましたが、走る側からたまにはサポート側もしてみようと思い、始めました。
やってみると、選手もボランティアもどっちも大変。一度、スイーパーという、最後尾の後ろを走る役をしましたが、それまで山を走ったことが無くて、山を走るのは本当にキツいと感じました。
今は大会休止中です。走って山が荒れてしまったのと、今年はコロナ対策で。白馬村の宿も休業中だし。でも、再開したら、また行きますよ。

・マラソンはいつから始められたのですか? 

きっかけは、1964年東京オリンピックです。
子供の頃は新宿に住んでいて、小学校がマラソンコースの沿線にあり、歩いて観に行きました。アベベ選手を生で観て、スゴイ!と、マラソンが好きになりました。日本の円谷幸吉選手はあの時2位で、最後のグラウンドで抜かれて3位になった。今でも全部覚えていますよ!

・円谷幸吉選手を尊敬しているとお聞きしました。どのようなところを尊敬されていますか?

コツコツ続けるところですね。彼は練習の虫で、昔からコツコツと努力していたそうです。福島出身で、走り続けて自衛隊に入り、陸上自衛隊体育学校所属のオリンピック選手になりました。
オリンピックで3位になった後、次は金メダル!と日本中から期待されていました。本人も努力していた。でも、怪我でアキレス腱を切ってしまった。それで、ごめんなさいと自殺してしまった。昔のプレッシャーって、今とは比べ物にならない位凄かっただろうし、打ち込む性格だった分、挫折感も大きく、本人も何をしたらいいかわからなくなったのでしょう。

でも、見る人は見ているよ、って思いますよ。私が円谷選手の事を詳しく知ったのは、彼が自殺してから。TVドラマの「円谷幸吉物語」を見てからです。その人の努力を、見ている人はいるものだと思いました。

・コツコツ続ける姿に感銘を受けていらっしゃるのですね。ところで、Kさんのようにフルマラソン16回も完走するにはどうしたらよいですか?

私のマラソンは、山に行くためのトレーニングです。
最初はジョギングから始めました。学生時代も特に運動していたわけでもなかったので。筋力はそんなに要らないし、持久力はちゃんと練習すればついてきます。すみなべさんも走れるようになりますよ。

・マラソンは山のトレーニング、山はマラソンのトレーニングですか!話は変わりますが、Kさんの今までの仕事と、その中で一番楽しかったものを教えていただけますか?

学生時代は機械を学びました。卒業後、時計メーカーに勤めましたが、半年程で転職しました。そこで、FA(生産技術)をやり、その後営業、品質管理、品質保証、最後に環境、ですね。
楽しかったかというと…そうね、どれも面倒だったかな(笑)。いや、FAだけは面倒とは感じなかったかな。続けることに抵抗が無かったね。

・いろいろなお仕事を経験されていたのですね。それぞれの仕事でのエピソードなどありますか?

退職して、仕事のことはだんだん忘れてきましたね。それでも、「見る人は見ている」というのは今でも思います。
転職も異動も、一緒に働いていた人や、昔の上司に誘われました。自分は漫然と生きていたけど、自分の何かを見られていたのだ、と声を掛けられるたびに思いましたね。袖振り合うも他生の縁と言うけど、「見ていた」そのものがご縁、だったのかもしれない。

でも、人は変わるとも感じますよ。私も、年取って人を見るようになりました。職場に年上が減って、時代や感覚の違う若い人が増えてきたからですかね。

・Kさんは誰とでもうまくやる印象でした。私は羨ましいと思っていました。Kさんにとって、フィーリングが合わない人っていないのですか?

私だって人だもの、肌の合わない奴だっていますよ!でも、そういう、フィーリングが合わない人は気にしてなかったな。
人って、気にすると余計に気になるじゃない。指先に刺さったトゲのようなもので、そのままでもいいけど、触ると違和感がある。気にするとほじって弄りまわすだろ。放っとけば勝手に出ちゃうのにな。

・気にしないこと、ですね。Kさんとは環境の仕事を7年程一緒にやらせていただきましたが、私がITシステムを導入した時、何でも覚えて使いこなすのが凄く早い!と思いました。何か秘訣やコツがあるのでしょうか?

使いやすかったのでしょう。自分の仕事のサイズに合っていたのかもしれませんね。
何でも、使いやすければスッと入ってくる。例えば服なら、サイズもピッタリ、動きやすいみたいな。合わない服だと、袖が長い、ブカブカ、カッコいいけど窮屈、とかね。何でも最初はわからないし面倒だけど、やればできるようになるし、慣れたらむしろ楽で便利。コツコツ作業は面倒でも、波及効果で便利になるってわかれば、積み上げたほうがいいって思うよね。

・なるほど…遠回しにシステム選定をお褒めいただき光栄です。Kさんの比喩や例えはいつもわかりやすいと感じています。
ところで、退職されて今までに気付いたことなどはありますか?

スッキリしました!鬱陶しい人間関係のしがらみから解放されました!(笑)
ただ、社会との接点も減りました。会社にいるといろんな人からいろんな話が来るけど、それが無くなった。会社では業界の動きはわかるけど、住んでいる地域はわかってなかったな。
年取ると機会が減るよ。元々やりたいことも無いし、何か「きっかけ」があればやってみたいけど。例えば、美味しい料理を作ってみたいと思っているけど、年齢考えたら難しい?とか思っちゃうね。

人生もマラソンですかね。どこのグラウンドを走るか。グラウンドはいっぱいある、どれを選択するか。
俺のグラウンドは…単なるグラウンドかな(笑)。家の近くで、走りやすくて、穏やかで、自然もあって、みたいなね。

こんな平々凡々な人生ですが、すみなべさんはどう思いますか?

・そうですね…私の主観ですが、しなやかな印象です。今を生きて、執着もしないし過去に囚われない。平和主義で、火種は先に消すので何も起きてないように見える。例えるなら海の海藻で、大波も船も魚も網もたくさん来ているけど無意識に全部かわしているような。あと、良いダシも出ますね。私はつい火種に飛び込みがちなので、正直羨ましいですよ!

まあ、そうかもしれないね(笑)
コロナのおかげでオンライン会議も使えるようになったし、今度はお酒アリで語りましょう!

(インタビュー日:2020年4月9日)

※ヘッダー写真:八方尾根から見える白馬三山(Kさん撮影)


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