君は「お母さん」になりすぎた、だから、もうセックスはできない(前編)
わたしはロンドンに引っ越して2年目で子供を産んだ。
馴染みのない土地、初めての妊娠、出産、助けを頼める実家も親しい友人もおらず、孤軍奮闘。よく泣く、よく吐く乳児を必死で育てた。
育児と家事に疲れて、とにかく眠りたかった
夫は夜泣き対応以外は、よく育児を手伝ってくれたと思う。わたしも日々「今日もヘルプありがとう」と、文字通り頭を下げて感謝していた。
ただ、子供が朝まで眠るようになった3歳半までは、育児と家事で疲れ切ってしまい、夜はとにかく眠りたかった。
だから、セックスはしたくなかった。求められることもなかったので、しなかった。
育児、家事に、仕事も加わった
やっと少し自分の生活が取り戻せそうかなと思い始めた頃、夫が解雇され、突然「生活のために、働いて欲しい」と言われた。
幸い仕事がすぐに見つかり、もともと仕事が大好きなわたしは嬉々として働き始めた。とはいえ、育児と家事に、仕事が加わり、それ以外のことをする余力はなかった。
だからセックスはしなかった。求められることもなかった。
望まぬアメリカへの引っ越し
イギリスでの仕事はとても楽しかった。よい会社だったし、上司もよかった。ところが半年も経たずに、夫に仕事のオファーがあり、アメリカに引っ越すことになった。
5歳の子供にとって、イギリスからアメリカへの引っ越しと転校は大きな変化だ。さらに、アメリカで最初にいった学校が合わず、1ヶ月で転校させる必要もあった。とても引っ込み思案な子供が、目まぐるしく変わる環境に戸惑わないよう、全力でサポートした。
わたし自身も不慣れなアメリカで、毎日140キロ運転して学校に送迎、子供の世話、夫の身の回りのこと、家事、雑用に追われる毎日だった。夫が出張で月に3日しか家にいないという時期もあり、そうなると全てがわたしにのしかかってきた。
もっと助けて!
もっとも夫は、一緒にいても、自ら手を差し伸べてくれる人ではなかった。
ある日、車の事故に遭い、パニックして電話をしたら、
「グローブボックス開けて。そこに保険書類が入っているから、書いてある連絡先に事故のことを電話すればいいだけだよ」
と言われた。
「大丈夫?怪我はない?」
などという言葉は、一切ない。
別の事故に遭った時には、警察が家族に迎えに来てもらった方がいいというので電話すると、
「高速の入口にいるの?じゃあ、そこから一個先まで高速使わなきゃいけないんだ。場所悪すぎ」。
事故処理後のトドメは「ガソリン満タンにしたばっかりなのに廃車だって?勿体無い」だった。
なぜ、夫は少しでも優しい言葉をかけてくれないのか、なぜ助けてくれないのか、わたしは、面白かった仕事を犠牲にしてまで、ここに来たのに……大好きなイギリスを離れたくなかったのに……。
そんな思いが募っていった。
離れていく心
一方、夫は、高待遇で迎えられた新しい職場で、前職よりずっと役職も上がり、生き生きとしているように見えた。
夫のキャリアにとって、大きな成長が期待できる時期を妻として支えるべきだと思いつつ、本当は夫が羨ましかった。でも言えなかった。
そんなわだかまりと、生活時間のズレが、夫婦間の空気を少しずつ変え始めた。少しずつ、心が離れ始めた。体は相変わらず離れたままだった。
<後編に続く>
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