
人類の歴史的真実
人類の歴史的真実
第95話 人類の歴史的真実
SF小説 ボー・アルーリン
宇宙に新たな転機が訪れようとしていた。惑星イオスから送られたハイパー・ウェーブ通信が、遥か彼方の惑星ターミナスにいるボー・アルーリンの元に届いた。発信者はアーキヴォー―惑星イオスのロボット基地を統括する工場長である。
その通信は、ターミナスの首都建設基地に設けられた仮事務所のある土地名「モーヴ」にいたボーと妻イリーナへ、ロボットのプロキュラスを介して届けられた。アーキヴォーの厳かな声が響く。
「いよいよ、二体のロボットが地球を離れます。もっとも、ボー先生、ご存知の通り、二万年前にR・ダニール・オリヴォーが銀河人類の歴史を消去して以来、『地球』という呼称は使われなくなりました。現在では『惑星アタカナ』と呼ばれていますね。」
ボーは静かに頷いた。「アーキヴォーさん、今回のダニール――いや、ダニエル・クルーソーの地球探索の総括はできていますか?」
「はい。すでにR・レオナルド・エンノビエッラがまとめた報告を送信済みです。」
「頼みます。それにしても、レオナルドの進化はすさまじいですね。」
「なにしろ、彼の頭脳は『極素輻射体』によって強化されていますから。では、総括をお聞かせしましょう。」
総括:銀河文明再興への手がかり
「今回のダニール様の地球探索により、混沌としつつある銀河文明を再興するための鍵が明らかになりました。それは、人類の起源へ立ち戻ることです。人類は三つの系統に分類されます。
第一種:ホモ・サピエンスの初期集団
この系統は、ハプロタイプDとEが分岐する以前の人類全般に当たります。彼らは惑星コンポレロンを最初に開拓し、後にセッツラー文明を築きました。
第二種:ハプロタイプEを有するスペーサー
スペーサーは太陽系近隣の星域に広がり、後にセッツラーが銀河全域へと拡散した後、徐々に衰退し滅亡しました。しかし、その遺伝的特徴はセッツラー文明へと受け継がれ、歴史の転換点でその残滓が影響を及ぼしました。たとえば、銀河帝国以前のティラニ帝国、さらには心理歴史学が誕生した惑星ヘリコンにも、その痕跡が見られます。
第三種:ハプロタイプDを有する独立系統
この系統は、スペーサーやセッツラーよりも早く銀河に進出し、独自の文明を築きました。地球では長い漂流の末、ニフ列島に到達し、約二万年後に定住生活を始めました。彼らのポストモダニズム思想と移動の民としての精神が、宇宙進出の契機となったのです。
やがて彼らは惑星シンナックスを発見し、環境を最適化し、自らの星としました。その後、一部はさらに漂流を続け、五百年前に惑星ターミナスに到達。その足跡は、惑星サリプや惑星トランターで虜となったダール人としても残されています。そして、惑星シンナックスに生まれたガール・ドーニックが、ハリ・セルダンとダニールの導きのもと、新たな銀河の主導者として舞い戻りました。彼は『心理歴史学』に最終的な磨きを加え、新たな銀河文明を始動していくでしょう。」
報告を聞いていたイリーナは息をのんだ。「やっぱり . . . 。私たちの先祖の伝承は、間違っていなかったのね。」
歴史の中心点
アーキヴォーは話を続ける。
「ニフ列島の室町時代、太田道灌は後のトーキョウと呼ばれる伝説の都市建設に関わりました。しかし、最も重要なのは『無言語の感応力』という概念です。この歴史の流れの中で、一つの大きな問題が浮かび上がります。」
選民思想
「それは『誤った選民思想』の存在です。自らを特別な存在だとする優生思想は、根本的に否定されるべきものです。しかし、この『選ばれた者』という概念には、より深い意味がありました。」
「ハプロタイプEを持つ人々は、しばしばこの概念を曲解し、他の民族に対する優越心を助長してしまいました。これは由々しき事態です。一方で、ハプロタイプDの遺伝子を持つ人々にも同様の傾向が見られました。しかし、彼らの思想はやがて人類の西欧中心主義からの脱却を促し、新たな文明の開花へと導きました。アジア諸民族が旧植民地からの独立運動を推し進め、国民国家の形成を地球規模で展開するきっかけとなったのです。」
イリーナが首を傾げる。「どういうこと?」
「第二次世界大戦後、一人のニフ人学者がこの概念の真意を解明しました。『選民』とは、『最初に気づく者』を指します。これは、ホモ・サピエンス誕生時の悟り、あるいはハプロタイプDとEが分岐した瞬間の記憶と関係しているのです。歴史の節目には、常にこの『気づく者』が現れ、銀河の方向を定めてきました。」
イリーナは感嘆の声を漏らした。「壮大な人類の歴史ね . . . 。」
ダニールの新たな決断
そのとき、アーキヴォーがふいに語調を変えた。
「待ってください。ダニール様が重要な決定を下されたとのメッセージが届いています。」
ボーは眉をひそめる。「重要な決定?」
隣にいたイリーナも顔を上げた。「いったい、何が . . . ?」
次話につづく . . .