土星から月へ
土星から月へ
ミーターの大冒険
第七部 太陽系 第5話
エピソード 167
あらすじ
ファウンデーション暦492年、いよいよミーターとイルミナを載せたファー・スター2世号はアルファ星から出発して太陽系に入った。
人類の故郷の星系。懐かしい星、地球。
かつて、カビレ星系と言われていた太陽系。かつてアタカナと言われていた地球。
R・ミーター・マロウの主人アルカディアの志しを携えて、アルカディアのなし得なかった志しの実現の領域に確実に入ろうとしていた。
はたして地球の放射能汚染を駆除することができるのか?
ミーターは、太陽系と地球についての最終的情報を得ようとしてアルファに降りることにした。
その前にメルポメニアで入手した図書館の蔵書に記されていた地球と地球人類、そしてアルファの住民の起源の土地、ニフについての恐怖の出来事について驚嘆する。
その古文書のなかに、メルポメニアの滅亡寸前に記されたであろう『スペーサーとアルファ』なる書物をミーターは、イルミナに提示し、その概略の説明をさせる。
ニフの起源と核戦争の事実であった。
イルミナはまたニフ人が二種類いることを語る。
ニフ人たちは、核融合という理想のエネルギーを人類に提供するものの、謙譲の美を進んで実行し、祖先がそうであったように、移動の民に目覚め、密かに宇宙に出て行った。
彼らは後にシンナックス人として知られるようになる。それは、ナックの思想に同調していたニフ人以外にも地球全土に人種を越えて散らばっていったからである。
残ったニフ人たちは、地球各地で放射能に汚染された環境浄化をしつつ、最後まで地球を守り続けた。が、最終的には地球を手放さなくてはならなかった。そして彼らはテラフォーミングを必要としていたアルファに移住した。
イルミナは、銀河の歴史的収束点前後の大事件について繙(ひもと)く。
それは、ケルドン・アマディロ博士の「核反応増強装置」による「地球放射能汚染計画」であった。
アマディロは、イライジャ・ベイリーとハン・ファストルフ博士への恨み骨髄に達するほどに執念を燃やし、ついに復讐の刃を地球人撲滅という悲惨で残酷なシナリオを完成させようとしていた。
ついに太陽系の入り口にたどり着いた。人類の母なる太陽系。そして夢の地球。
ミーターは、ロボットには病原菌は感染しないことを承知のうえで、万全の防備態勢でアルファに降り立った。そこには一人の少女が待ち受けていた。
ミーターは、まずこの少女が語る彼らの星の名称がメルポメニアで入手したデータと食い違っていることに驚嘆する。
さらにミーターはアルファ人の特異性について知らされる。
そしていよいよ待望した太陽系に突入して行く。
鋭さを増したミーターの推理力は予測通りに土星に遭遇させ、地球のかたわれともいわれる月に不死の従僕の気配を感じさせる。
本文
土星の美しい光景が目の前に広がっていた。環の輝きが暗黒の宇宙に浮かび上がり、まるで古代神話の壮大な舞台のようだった。ミーターとイルミナは、ホノグラフを通じてその姿を眺めていた。
「土星ですね」とイルミナが感嘆した。「見事な光景です。これが、デニアドールのデータに記されていた太陽系の特異性なのですね。驚きです!」
ミーターは冷静に応じた。「しかも驚くべきことに、この星の環の厚みは、最大でも数十から数百メートルほどしかない。間違いない。この星系こそ太陽系だ。」
イルミナは感嘆を隠せなかった。「『老年の神』という名前にふさわしい風格ですね! ミーターさん、そんなにもの静かに眺めて、何を考えているのですか?」
ミーターは少し考え込んでから答えた。「うむ。我々の長い年月のことを考えている。」
「そうですよね。もう約五年目になりますから」とイルミナが応じる。
しかしミーターは首を振った。「もっと長い時間だよ、イルミナ。アルカディアの思いから始まって、さらに過去へどんどん遡っているんだ。今、五百年前のトランターでの出来事を思い出していた。」
「五百年前?」イルミナは興味深そうに聞き返した。
「ああ、ボー・アルーリンに向けたハリ・セルダンの言葉だよ。」ミーターは遠い目をした。「彼はこう言ったのだ。『君は心理歴史学プロジェクトに参加する。約束するが、君はこの決心を決して後悔しないだろう』とね。」
イルミナは納得したようにうなずいた。「そうでしたね。あの言葉が始まりだったのですね。」
ミーターは一呼吸置くと、思いついたように尋ねた。「ところで、イルミナ。お前に聞きたいことがある。銀河帝国辞典編纂図書館の棚に置かれている一番最初の蔵書は何だ?」
イルミナは微笑を浮かべた。「まあ、それくらい存じていますよ。わたし自身がその管理者ですからね。まず『銀河百科辞典』の第1巻が始まりで、それに続いて492年分の蔵書が並んでいます。」
「では、その次の棚には何がある?」
ミーターの問いに対して、イルミナは意味ありげに答える前に、一瞬間を置いた。その沈黙の中で、土星の環はなおも静かに輝き続けていた。
「ハリ・セルダンの論文集です。
ハリ・セルダンの著作権がハリ・セルダンのもの4冊あります。
一冊目は『歴史は数学的分析に役立つか? (仮説)』 トランター数学研究協会機関誌 Journal vol.239 2.12011。
二冊目は、『心理史、』12035、ストリーリング大学出版局。
三冊目は、『 入門心理史』、12039、
ストリーリング大学出版局。
4冊目は、『ファウンデーション募集マニュアル』12042、ファウンデーションプレス、ターミナス。その4冊目は、ターミナスでガール・ドーニックがたずさわった。」
ミーターは静かに視線を土星の環から外し、思索の中から言葉を紡ぎ出した。「その続きだが、ちょっと分厚い『ガール・ドーニックによるハリ・セルダンの生涯』があるだろう? あの本の欠落していた部分が、ハニスのお手柄でベリス岬の洞窟から見つかったのだ。」
イルミナは驚いた表情を浮かべた。「それで? ミーターさん、最後の章を読んで、何を考えていたんですか?」
ミーターは視線を遠くに向けたまま、深く息をついた。「その最後の章を反芻していた。『極素輻射体』にまつわる謎めいた暗号だ。それが今になって意味を持ち始めたような気がするんだ。」
イルミナは首をかしげた。「極素輻射体、ですか? どういうことですか?」
「『極素輻射体』は、ユーゴ・アマリルが主に考案したものだ。複数個存在したようだが、ハリはそれらを二分した。一方はウォンダとステッティン・パルヴァーの精神感応派に渡し、残りを自身が保持した。そのうちの一つをガールに託したらしい。そして、ウォンダとの別れが記されている最後の段落に注目した。」
ミーターは語る声を低くし、イルミナの目を見つめた。「二人は『極素輻射体』を最後に一緒に照射した。そして、こう記されている。『セクション33A2D17―星界の果て』と。」
「星界の果て . . . 」イルミナは小声でその言葉を繰り返した。
「そうだ。そして、今確信した。第1ファウンデーションに渡された『極素輻射体』とはお前自身だ、イルミナ。」
「私?」イルミナの声が震えた。
ミーターはうなずいた。「そして、そのうちの一つは、惑星に不釣り合いな衛星―月にいる存在が保有している。その存在とは、不死の従僕、いわゆるR・ダニール・オリヴォーだ。」
イルミナは驚きに目を見開いた。「R・ダニール・オリヴォー . . . では、その月が?」
「地球だよ、イルミナ!」ミーターの声が高まった。「地球が『セクション0』なんだ。地球が、『星界のはじまり』そのものなんだ!」
イルミナは言葉を失いながらも、やがて静かに微笑んだ。「じゃあ、ミーターさん…やっぱり後悔していないのですね。」
ミーターは短く笑い、再び土星の光景に目を向けた。「後悔など、あるはずがないさ。」その声には、無限の時を超えた決意と感慨がこもっていた。
次話につづく . . .