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◎2025/2/3〜2/9

2/3(月)
恋人の家で起床。わたしには好みのウィンナーの焼き加減というものがあるのだが(かなり焦がしめ)自分で焼くより恋人に焼いてもらう方が好みの焼き加減になることに驚く。毎回天才なのかなと思ったりする。いつもありがとうございます。
ずっと会えていない元職場の先輩にLINEをした。わたしが一番人間として酷かった頃、唯一味方だった先輩。色々が重なって会えてないけどずっと会いたい気持ちは変わらずにある。お返事来たらいいな。

2/4(火)
早起きしてネイル。もう何年お世話になっているんだろうというお姉さんに会いに行く。今回もとってもかわいい!爪がかわいいと心が健やかになる。もう絶対辞められない。いつも施術中好きなものを見させてくれるので今回はタイプロを見始めた。ノノガも前回のネイルの時見始めてハマった。3話分見たけど、なんだか・・なんだか・・だった。(つまり何)
男性アイドルを一生懸命応援したことがない人生なのだが、男性アイドルを見ると、いつも【ずっとアイドルで居られていいな】と思ってしまう。女性アイドルは年齢や結婚や出産などで自然と「区切り」があるように思う。結婚しても出産してもアイドルを続けてる子も増えて来たけど、男性アイドルとは前提が違う。本人のかなりの努力が必要だし、そもそも続ける・続けないの選択肢が生まれる時点で差があるなと感じる。それが良い・悪いとかではないのだが、なんだかいつも切なくなる。だからタイプロで「20年~30年一緒に続けていくと考えると」という発言が出るたびくらってしまう。そんなことにいちいちモヤモヤしている視聴者なんてわたしくらいなんだろうけど。
去年まで厄年だったので御札類を返納しに豊川稲荷東京別院へ向かった。豊川稲荷といえば近くのしろたえ。同居人に食べて欲しくて名物のレアチーズケーキを買って帰った。
帰ってからもタイプロの続きを見た。今残っているメンバーのネタバレを極力回避しながらインターネットの海を泳ぐ。これから先、このオーディションが称賛されるような結果になりますようにと願った。

2/5(水)
日付が変わった瞬間、Laura day romanceの新しいアルバム「合歓る - walls」を聴いた。音楽大好き、水曜日大好き。今回も素晴らしくて、寝ても覚めてもずっと聴いている。4月のライブがずっと楽しみ。
労働の前に久しぶりにまつ毛パーマに向かった。やっぱりまつ毛が上がると気持ちも上がる!使い古された広告のようなことを言ってしまったが本当にそうで。今回は眉毛も綺麗にしてもらったので倍うれしい。
帰って同居人と私たちが出会った職場の話をした。絶対におかしな職場だったけど、あの年度の、あのメンバーに出会わせてくれたことだけは心の底から感謝している。
youtubeでMICOちゃんのvlogを見た。日々を記録するって魅力的。一度やったことがあるけど、動画を回すことによってなんだか今に集中していないようでいつの間にか辞めてしまった。この日記もそうだけど、何故わたしは【どうせ死ぬのに】日々を残しておきたくなるのだろう。

職場のキャストがドーナツくれた◎

2/6(木)
枝豆と塩こんぶのおにぎりを握る。作り過ぎた。今日の労働中の食事は全てこのおにぎり。おにぎり握っている間のBGMはモープッシュ。依藤先生2週間も新婚旅行行くのウケる。

同居人が豚肉の大葉巻作ってくれた!
わたしのはチーズ抜き、大葉だいすき

2/7(金)
最近、めっきりXを見る時間が減った。これも地道に続けているネジ抜きのゲームのおかげ。ネジ抜きしてる時間もX見てる時間と同じくらい無駄といえばそうなのだが、見たくない言葉を見なくて済むという面ではまだ数ミリマシな時間だと言える。これをネジ抜きではなく読書の時間にするのが今月の目標。ハードカバーはもちろん、文庫でさえ持ち歩くのが億劫だ。かといってキンドルにするのはなんか違うと思ってしまう。漫画はキリがないから割と早めに電子にしたのに本だけは紙からの卒業が出来ずにいる。

2/8(土)
夕方、蛙亭の新ネタライブに向かった。無限大最後かも、と思ったけど来月も新ネタライブあるらしくて安堵。「渋漫」って何度聞いてもやっぱちょっとダサい。ゲストはめぞんとカラタチ。仲良しオタクメンツで終始みんな楽しそうだった。前田さん、つかみで噛んで途中ネタ飛ばして「今日はごめんね」って言って漫才終わっててかわいかった。
開演までに読んだローラズのインタビュー記事が読み応えありすぎてニヤニヤが止まらなかった。

これを読んでから改めて新しいアルバムを聴くと、全然見える世界が違って心の底からこのバンドを見つけられた喜びを感じた。

井上:ちょっとスピリチュアルな話になるかもしれないけど、私はすべてが繋がっていると思うので、小さな私たち周辺のことをマクロな視点でみるかミクロな視点でみるかみたいな話だと思うんですよね。その両方を行き来しているイメージなんです。すべては繋がっていることなのだから、どちらかだけを歌うんじゃなくて全部を歌うというのがもっとも真理に近づいている姿かなって。難しいんですけどね。

https://ototoy.jp/newreleases/

ここの部分、わたしが小さいころから信仰しているつんく♂さんの世界観と全く同じで、やっぱりわたしって〝全部〟が好きなんだ、と思った。つんく♂さんの歌詞って好きな人がお昼ご飯何食べたか気になったと思えばその次の瞬間には世界平和を願っていたりする。それってどっちもわたしだし本当のことなんだよね。
昔、自分のツイッターや人に対して投げかけた言葉たちを顧みたとき、すごく綺麗な言葉を使っていたり、かなり乱暴な言葉でヒリヒリした感情をそのまま表現していたりで、自分の本当に思っていることがわからなくなったことがある。でも単なる綺麗事を並べる自分も、マイナスな言葉を吐き散らかす自分も、全部が本当で全て繋がっているのだと思えた時から自分の感情により正直になれた気がしている。どっちかしか思ってはダメとかそんな縛りはなくて、同時に、その時そう思っても次の瞬間そうじゃないと思ったっていい。自分の感情を決めつけない、ということもだんだんと出来るようになってきたと思う。このバンドを好きになるのは必然だったんだなと思ったりした。

2/9(日)
10年以上仲良くしてくれてるお姉さんと、そのお友達と3人で遊んだ。なんだか最近新しい出会いが多くてうれしい。かわいくて、好きのアンテナも自分と近くて、久しぶりに人と好きなものを共有出来てとても充実した時間になった。もともとキティ展に行く予定だったけど120分待ちという文言にひるんでしまい、行く予定だったカフェに90分待ってずっとお喋りしていた。(そこは並ぶんだ)
わたしは、それはもう自意識がすごくて、こういう自分でない限りこういったことはしてはいけない、等の強迫観念がとても強い。今日出来た友達に「そんなこと誰も思わないよ、誰かに脅迫されているの?!」と言われ、自分で自分に銃口を向けていたことに気付いた。自分に【NO】を突き付けていた、つまりわたしもno no girlsってわけ。(うるさ)
ちゃんみな先生が4次審査でSARAちゃんに言った「小さい頃の自分が泣いてると思うよ、こんなに頑張ったのに」という言葉が一番刺さっている。「自分が生きてきたっていう足跡みたいなものをちゃんと見てもらわないと生きたことにならない」SARAちゃんの半分も頑張って生きていないけど、すごく自分事として見ていた。どうせ死ぬのにと思いつつも毎日日記を書いているのは、生きてきた足跡を見てもらいたいのかもしれない。誰が見るねん、と心の中の自分がまた脅迫してくるけどそれに抗って、まずは一年、2025年の自分を記録に残すことを自分に誓う。
今週のホットスポットも楽しみだ~!

今週美味しいものたくさん食べてる!幸せ

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