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【番外編】新年掌編

「や〜ま〜と〜サ〜ン!! あけましておめでとうございますッス〜!!」
 ガラガラっと勢いよく開いた窓が戸袋に吸い込まれて大和が顔を出す。
「アホか! 朝っぱらから近所迷惑だろーが!!」「だってだって、新しい年ッスよ? めでたいじゃないッスか」
 ブロック塀越しに見える、両手を広げてくるくる回る剛はアホそのものだ。実際、人目を気にする目がないようだ。
「あー、そうだな。めでたいな、オメェの頭がよ」
「大和サン、早く行きましょ! 東條サンちの神社、舞狗市の奥深い森の中なんスよね? 早くしないと、冴歌サンとの待ち合わせもありますし⸺」
「オマエは、人に身支度をさせる時間もくれてやらねえってのか!」
 食い気味に、そしていささか語気も強めて言えば、さすがのハイテンションな剛もおとなしくなる。
 その隙にぱぱっと身支度を済ませることにする。着る服は前日に準備しておくタイプだ。裏起毛の紺色パンツに、深緑のハイネック、コートはファーが付いた紺のモッズコート。
「大和サン〜?」
「また騒ぎ出しやがったか、チッ。んー、これだと重たい印象だから、靴は白かな」
 履き慣れたスニーカーのつま先で床をトントンさせながら、時間がないときに備えているプロテインバーを玄関の小瓶から無造作につかんだ。
「あ、大和サン! ようやく来たっすね」
「なにが『ようやく』だ。十分前行動は褒めてやるが、褒められるのはそこだけだ。……誰かが急かすせいで、プロテインバーを二本持ってきちまった。で、そのとなりの『誰か』はおねだりモードか」 
 はぁ、と短い嘆息を漏らしたあと、大和は意地悪く笑った。
「お手! お手!」
 剛が言われたように差し出された大和の右手に自分の右手を重ねる。
「待て! よし。ふん、行くぞ」
 満足気な大和に対して、剛は鼻を鳴らす。
「待て!」
 冴歌の事務所へ向かう道中、そんなことが数回繰り返され、舞狗市の商店街が見えてきたところで、「よし!」と大和が声を発してプロテインバーを一本、剛に渡した。大和もようやく朝食代わりにと封を切ったときには、剛が『がっつく』を体現するようにぺろりと食べ終えていた。
「いやいや! オマエ、いくら何でも早すぎんだろ! ちょっとしっとり感はあるとはいえ、だいたいボゾボソしたやつだぞ?」
「大和サン、おれが格安ファミレスでゴチになったときを忘れたんスか?」
「あぁー……あれなぁ」と、大和はあの日に思いを馳せる。

 ⸺たしか、情報屋としては珍しく大金が入った日だった。重労働に見合うだけの報酬であったのはたしかだったが、直帰する前に適当な店を探して体を休め、腹を満たしたかった。そんなときに目に留まったのが格安を売りにしているファミリーレストラン。入店はしたものの、一人でいるのは何となく落ち着かなくて、大学の授業も校内バイトのシフトもないからフリーだと言っていた剛を呼び出したのだ。
 大和は普通にメインとサラダ、デザートをつまみ、一度ドリンクバーで席を外した。それがよくなかったのかもしれない。戻ってきたときには、テーブルに所狭しと料理が並んでいるではないか。
「おい、剛?」
「なふぉんスか、ひゃまとひゃん?(なんすか、大和サン)」
「これ、俺がドリンクバーに行ってる間に頼んだのか?」
「ふぁい、ふぉーでふけど(はい、そうですけど)」
「とりあえず、口の中のもの飲み込んでからしゃべれ」
 喉を大きく動かして内容物を嚥下すると、剛は自分の世界⸺また次の料理に目を光らせ、またたく間に平らげることへと没頭していった⸺

「結局あれで、報酬の三分の二は持っていかれたんだよなぁ」ペちんと額を叩く大和。「どーしたんスか?」
「いや、何でもない。オマエはそのまま素直に、すくすく育てよ?」
 きょとんとした顔で大和を覗き込んでいた剛だったが、商店街の新年を寿(ことほ)ぐ雰囲気にキョロキョロせわしく視線を泳がせ始めた。
「大和サン、あっちで餅つきやってるッスよ? あ、あっちでは羽子板が売ってる! あ、向こうには獅子舞だ〜」
「ホント、幼稚園児を連れて歩いてるみたいだぜ。おーい、剛。うろちょろするのは構わねぇが、人様に迷惑かけんなよ」
「はいーッス」
「ま、はしゃぐのも無理ないか。両親が離婚、裕福な親戚の家に引き取られはしたものの、勉強漬けでほとんど家から出させてもらえない生活。門限や勉強の指定範囲が守れないと飯抜き。地域の祭りごとはおろか、町内会で世帯ごとに配られるちょっとした菓子があることも、あいつは知らなかった。ほんの数年前まで」
「大和サン、おっちゃんがお餅くれるって!」
「大和? おお、大和じゃねーか! 先日はどうもな。俺も母ちゃんも腰が曲がってきて、電球まで届かねーんだ。そんなところにお前がぴゅーっと現れて、サッと解決! いやぁ、助かったぜ!」
「川浜のじっちゃん、気にすんな。つか、腰曲がって来てるのに餅つきとか大丈夫なのかよ?」「なぁに! 餅をつくのは、おめーみたいな若いもんだ。がっはっは。ほれ、きなこ餅。一口サイズだからな、ゴミはもらうぜ。冷めねぇうちに食え」
「おう、あんがとよ」
「大和サン、餅ってこんな美味いんすね!」
「甘いだけじゃなくて、雑煮にしたり、焼いて海苔を巻いて醤油で食うとか、チーズ乗っけったり、とにかくいろんな食い方があるぞ」
「雑煮に醤油と海苔……チーズも食ってみたい」
「おら、のんびりしてると冴歌んとこに遅れるぞ」
「あ、そうだった! おっちゃん、ゴチでした!」
「おうよ。坊主に大和! また来てくれや」
 二人⸺特に剛はいろんな出店に目移りしながら、そのたびに大和に尻を叩かれながら商店街を通り抜けた。細路地に入ると、先程までのにぎやかさも嘘のようだ。
「つーか、お前のそのフリース地のウインドブレーカーに色あせたチノパンでの初詣姿、なんだかんだ5年くらい見てる気がするんだが」
「だって、これは大和サンがおれと初めてランデブーしたときの思い出の⸺」
「だああ! わかったわかった、それ以上は言うな。表現がエグいんだよ、オマエは」
 言い方はさておき、アウターのウインドブレーカーは剛と初めて出会ったとき、彼に大和が与えたものだ。
 間もなく冴歌の事務所にたどり着いた。
「お、冴歌サン! あけましておめでとうございますッス」
「ホント、めまぐるしい奴だぜ」
「あけましておめでとう。今年もよろしくね、剛くん」
「うっす!」
「大和、あけましておめでとう。今年もよろ⸺って、なんでそんなに息上がってんの?」
「こちとら、ほぼ制御不能な犬っころ一匹連れてきたんだ。そりゃ息も乱れるってもんよ。改めて、冴歌。あけましておめでとう。今年も世話になる」
「ええ、お互い様にね」
「これで全員っすね! んじゃ、東條サンの神社に行くッス」
「やっぱりエミルくんのことは『東條サン』なのね」
「だって、なんかこう……すごいオーラを感じるんで。えーと、神々しいというか」
「ま、あいつの成すことはマジで神懸かってるからな」
 冴歌の事務所よりさらに向こう側に小高い山が見える。そこがエミルの実家である三上(みかみ)神社だ。

「んー、詳しいことは省くっスけど、このウインドブレーカーはとにかく大和さんから頂いたものなんスよ。中にもいろいろ着てるから、めちゃくちゃ着膨れしてるッスけど」
「起き上がりこぼしみたい」冴歌が珍しく笑みをこぼした。
「そういや、オマエって薄着だよな? 寒さに強いのか?」
「強いっていうよりは鈍感なのよ、たぶん。基本的にマフラーで首元を、手袋で指先を保護すれば、着るほうは薄手のもの2枚くらいで事足りちゃうし」
「ふぅん」と、大和。不健康そうな、というかどちらかというと不健康な生活をしているはずなのに、今の今まで風邪を引いているところは見たことがない。
「わあ、パリって音がするッスよ!」
「薄く氷が張ってるんだわ。足元気をつけて」と冴歌。
「森の中となると、またちょっと寒さが強くなるな」大和はフードをめいっぱい引っ張って暖を取ろうとする。
「あ、太鼓の音がする。三上神社ももうすぐね」と冴歌が言ったとき、エミルが悠然とこちらへ歩いてきた。
「皆々様、あけましておめでとうございます。本年もなにとぞ幸多き年となりますように」
「東條サン、あけましておめでとうございますッス。やっぱり神々しい……!」
「あけましておめでとう、今年もよろしくね。すり足って、道場でやるようなイメージだけど」「剛殿、冴歌殿。お二人ともお元気そうで何より。さて、冴歌殿。すり足についてでありますが、確かに武道などでの基本的な所作の一つでありまするな。小生は平素より貴殿の事務所での行動の際を除き、平素はこうしてすり足歩行なのであります」
「おい。エミル。今年も勝負しろよ?」
「新年を寿ぐためにきたのか、勝負をしに来たのか判然とせんな」
「今年もっつたろ? 今の今じゃねぇ」
「さようか。であるなら良し。これより、小生、東條エミルがそなたら三人を歓待いたしましょうぞ。さあ、ついて参れ」
 それから、大和たちは神社でのお参りの仕方をエミルに懇切丁寧(ときに厳正)に教わり、賽銭箱の前にやって来た。
「ふぃ〜長い講釈だったぜ〜」
「あら、私はとても興味深かったけど」
「東條サン、お参りが終わったら、お餅食べていいッスか?」
「もちろんですとも。盛大に歓待いたしましょうぞ」
 エミルの言葉に喜びを隠せないのか、剛は目の前にあった本坪鈴(ほんつぼすず)に付いている鈴緒(すずお)を勢い良く前後に振った。
「剛! うるせえし、さっきエミルが教えてたやり方と違うだろう?」
「今日くらいは、神々も大目に見てくださるはず。さあ、それぞれ願い事をなさい」

⸺皆が健やかに、そして実り多き年となりますように。

⸺もっとみんなの役に立てますように。

⸺大切な奴らを守れるように、もっと強くなれますように。

⸺今年も多くの謎に出会えますように。この絆が切れませんように。

【完】














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