十三夜SS『十三夜だョ!全員集合』①

・ニ週間ほど前に今日が十三夜だと知った🍊

・十三夜のことを調べつつ、当日までには十三夜SSを書こうと動き始める

・いざ書き始めてみたら、久々の執筆でキャラの容姿から口調まで、設定が迷子。& ショートじゃなくなっちゃったストーリー。ギャグ要素強いかも鴨🦆

・日付が変わるまでにという拘りがあったため、とりあえず前後半で分けました。23時50分すぎの現在なので、体裁などは後日整えます。

・結局、間に合わなくてスミマセン💦

〜以上、オカルテット文章担当兼本アプリ管理者🍊より〜


本編へどーぞ⬇️


 十月も半ばに入り、朝晩の気温差が大きく秋めいてきた頃。

 持ちビルの二階で鵜ノ目冴歌(さやか)は、部屋の明かりもつけずに日暮れから一心にパソコン作業を続けていた。


 ⸺三上神社の若き宮司である東條・レイ・エミルとは、先月末にようやく本人の口からこちらの調査に協力する趣旨の言質を取ることができた。


 雲に隠れていた月が顔を出し、デスクを煌々と照らしたことで我に返ったようだ。

「あ、月……」

 『調査報告書』と題打った文書ソフトの保存ボタンを押して手を休めると、三分の一ほど開いた窓から爽やかな風が流れ込む。

「そういえば一週間後は十三夜だったわね」

 セミロングの黒髪の一束を手に取り、月光に透かしてみる。

「エミルさんが手紙ちゃんと読んでくれたみたいでよかったわ。三上神社で小さな催しをするだけだから、参加できるって返事だったけど」

 ドスドスと力強い足音が二階にまで響き、ほどなく引き戸が勢いよく音を立てた。

「邪魔するぜ⸺って暗っ! 電気くらいつけろよ」

「月光の風情を満喫したくてつい。それをぶち壊すようなあんたのガサツさ……。もう少しおとなしく入ってこれないわけ?」

「なぁにが風情だ。ガチャ目になっても知らねーぞ。ただでさえ老眼も始まる歳だろ?」

「ふん、あいにくだったわね。視力検査は問題ないし、老眼ともまだ無縁よ」

 冴歌が手元のリモコンをいじると、白色のLED照明がついた。まぶしさに腕で顔を覆うと、男が大きなため息をついた。

 むっとして入口のほうを見やれば、自分より二十センチほど背の高い筋肉質の男が一人。

「こうして会うのは一か月ぶりかしら。久々に会うと、ついつい感想が漏れ出ちゃうわ。いつ見ても派手を通り越して奇抜な髪。元ヤンなだけあって、目立ちたがりよね」

 ショートウルフなどは決して珍しい髪型でないが、問題はその色だ。紫味が強いショッキングピンクに襟足のみ地毛の黒。中学に上がる頃から二十年近く同じだという話だ。

 また、その左頬から口元にかけて大きな切創痕がある。傷痕は二つに割れ、上の線が長いので片鎌槍に似ている。その上の線は口角が上がると、ちょうど延長上に来る。

「おまけに目つきも悪いし。うっかり目線が合って、こいつの吊り上がった下三白眼を見たときには、もはや現役バリバリのその筋の人にしか見えないのよね」

「なにぶつくさ言ってんだよ?」

「別に? こほん……家主の私からの一声を待ってたことは褒めてあげるわ。どうぞ入って」

 その男⸺横山大和は「テメェに褒められても嬉しくも何ともねーよ」と悪態をついたかと思えば、呆れた表情を見せた。

「ったく、相変わらずだな。ガチャ目はともかく過集中にも程があんだろ。今の作業時間は?」と大和。

「日暮れからだから、たぶん二時間はぶっ続け」即答する冴歌は、デスクトップ型の液晶と向かい合っていた。

「昨日の睡眠時間は?」「ゼロ」これまた即答。

「……聞くだけ無駄だったな」

 大和は大げさなくらい首を左右に振った。その度にトレードマークである紫味の強いど派手なピンクの髪が揺れる。

 二人はもとは赤の他人だが、六年ほど前に偶然知り合った。超常現象を信じないながらも興味を抱く冴歌の強引な押しで手を組むことになり、今や地元の舞狗(まいこま)市を中心にインターネットで噂される超常現象の調査を行っている。いわば、ビジネスパートナーのような存在だ。

「まーた『超常現象さあくる』のチェックか?」

「吸うなら出て行って」

 音で大和がソファに腰を下ろしたと察したのか、冴歌は振り返りもせず淡々と告げる。

「んだよ。ただ座っただけだろ」

「中学に入る頃からの筋金入りのヤニ吸いがひと息ついたら何するか分かるわよ。どうせズボンのポケットに手を突っ込んだんでしょ?」

「残念、今日はジャケットのポッケだ。まったく、テメェは後ろにも目が付いてんのかよ……」

 参った口調の大和は、落ち着きなくポケットの中の物をいじくっている。

「お茶淹れるから、せいぜい四本くらいにしときなさいよ。そこにいるだけで、あんたは鼻がひん曲がるほどのタバコ臭を連れて歩く生き物なんだから」

「しゃーねーだろうが。体に染みついちまって落ちねぇ……って、お茶ぁ?」

 静かなフロアに調子はずれな声を響かせた大和。

「コイツの言うお茶といえば、アレしかねえょな……。いや、でもそんなことあるのか? アレは大好物のはず」

「ずいぶん大きな独り言ね。そうよ、その大好物の『梅太朗こんぶ茶』だけど?」

 大和が立ち上がると同時に、二人かけのソファが音を立ててずれる。

「待て待て! いつものコーヒーはどうした? オマエ、もしかして寝不足すぎてバグってんのか? いや。それとも大好物をオレに振る舞って、かい……かいじゅ……懐柔しようって腹積もりか?」

「中卒の元ヤンくんには、懐柔だなんて小難しい言葉は慣れないわよねぇ。その証拠に片言になってるじゃない」

「こっちも見ねぇでその口調はクソむかつく! か、懐柔くらい昔から知ってるし!」

 鼻で笑われた大和は乱暴に席につくと、腕を組んで渋っ面を見せた。

「コーヒーは不覚にも切らしてただけ。あーあ、ほんっとうに不覚だわ!」

 ここで初めて冴歌が大和を振り返る。が、目線は合わせないのであくまでも顔の向きだけ。

「おい。また目だけあさってのほう見てんぞ?」

「何をいまさら。私が人の目が苦手なの知ってるでしょ?」

 おちょくる大和にもクールに切り返す冴歌。

「分かっちゃいるが、ときどきシュールに映ってしかたねぇときが……ぶふっ」

 そうして漏れ出す大和の笑みは、しかし、冴歌の「いい!?」という釘を刺す強い語調に堰き止められ、足を投げ出して悠然と構えていた大男は思わず背筋を伸ばした。

「そもそも懐柔策として私の好物を用いるなんて有り得ないし、ましてやその相手があんたなんてことは優曇華(うどんげ)の花が咲くようなものだわ」

「うどんがなんだって?」

 キャスターチェアを反転させた冴歌はすくっと立ち上がり、ずんずんと大和のもとへ向かう。十メートルほどの距離を瞬く間に詰め、向かいのソファに淑やかさの欠片も見せずに座った。ロングスカートがくしゃくしゃになっていることなど気にも留めていないようだ。

「う・ど・ん・げ! 菩薩様に巡り会うほど珍しいことを意味する、仏教由来の言葉よ。インドの伝説では、三千年に一度咲くと言われている吉兆の花よ!」

「お、おう。つか、今のオマエの座り方は男のオレから見てもなかなか豪快⸺」

「私の大好物をあんたみたいな奴に特別に、仕方なく振る舞わざるを得ないのよ! ありがたく思いなさい」

 怒気をまとってまくし立てる珍しい冴歌の様子に気圧され、「とにかくガソリン入れてくるわ!」とイカツイ顔の男は逃げ出すようにその場を後にする。

「……まったく。ほんっとうに不覚だわ」

 一人頭を抱えながら、冴歌はお茶の準備を始めた。

 数分後、まずまず満足げな大和の声が二階に響く。「戻ったぞ。言われたとおり、四本に抑えた」

「あんたって本当に一本を吸う速度が異常よね。常に煙を循環させていないと死ぬんじゃないかってくらい。まだ五分も経ってないんじゃない?」

 そう言いながら冴歌が、無造作にソファに座った大和へ持ってきたものは⸺

「おい。これはいったいどういうことだ?」「私が言いたいわよ……」

 指摘された途端、冴歌の口調から覇気が失せた。

「梅こんぶ茶は、いつものと違って梅の粉末が浮いてるし、茶菓子のほうは……これは完全に『バナナうなぎ餅』だよな?」

 トレーに載せたお茶とお茶請けをガラステーブルに置くやいなや、向かいのソファに倒れ込む冴歌。

「冴歌⁉」

 弱々しく上げた右手で相手の挙動を制し始まるは、冴歌の嘆き節。 

「まずはお茶。いざ棚を見てみたら今月発売したばかりの『梅太朗こんぶ茶』のプレミアム版『梅子んぶ茶』のみ。梅子のほうはフリーズドライされた梅の粉末が入っていて、より梅の濃厚な味わいを楽しめる一品になってるわ。あ、ちなみに字面はこれね」

「お、おう……」

 さり気なくセールストークも交えながら問答無用で押しつける冴歌。押しつけられるがままの大和が受け取ったパッケージには『梅子んぶ茶 〜ゆたかな梅の風味をあなたへ〜』と書いてある。

「太朗の次は梅子か。なかなか小洒落てんな」

「ちょっと大和、聞いてる⁉」「お、おう!!」

 どうやら感慨に浸る暇はないようだ。

「次にお茶請け。これがお茶以上に問題だったわ! 茶は出すって言った手前、やっぱりなしってわけにはいかないじゃない? でもこっちも来客用を切らしてて、あったのはバナナうなぎ餅だけ。小学校二年に運命の出会いを果たして以来、それこそ筋金入りのバナナうなぎ餅LOVERの私にとっては、それをあんたみたいな奴に振る舞うだなんて断腸の思いに他ならない。こんな最低な一日はないわ! どれだけ最低かって、あんたが呑気にタバコ行ってる間に身投げしようかと思ったくらいよ!!」

 ひとしきり吐き出した冴歌はソファに顔を埋めてしまう。

「と、とりあえずこの数分でめちゃくちゃ悩んでたんだな。……ところどころディスられてた気もするけど」

「最後、小声でなんか言った?」

 カバっと顔を上げる冴歌に、もげるほど首を横に振る大和。気の利いた返答に窮した彼は、『梅子んぶ茶』のパッケージを右手に持ったまま、反対の手でポリポリと襟足を掻いたのだった。

 それから十分後。

「ごちそうさまでした」

 ものの数分で平らげ、ごちそうさんくらいの軽い挨拶で済ませる男が、今日は手まで合わせて丁寧な挨拶を口にした。

「大和、あんた……。元ヤンのくせに気遣いできるじゃない」

 目線は合わせず、あくまでも顔だけ大和に向ける冴歌。

「『くせに』はよけいだし、どこに感動してんだよ。つか、いつまでしょげてんだ? また買いに行きゃ済む話だろうが」

「外に出るのが面倒なのよ」

「ケッ、この引きこもりアラフォーが。『超常現象さあくる』で怪奇現象だって盛り上がってる投稿の調査に行くときと大違いだな」

「さてと。一応おもてなしも済んだし、本題に入りましょうか」

「そのマイペースさには、今だに慣れんわ」

 冴歌はおもむろに起き上がって大きく伸びをする。姿勢を正すと、一つの問いを投げかけた。

「大和。一週間後は何の日だか知ってる?」

「こりゃまた急だな。ただの平日だろ?」

「今年の十月十五日は十三夜なんだって。これ見て」

 ガラステーブルに並べられたのは、十三夜を紹介するブログ記事をプリントアウトした三枚の紙。

「ちょっ⁉ 大和!」

 突然、大和が目を丸くしたまま固まってしまった。冴歌が顔の前で両手を叩くと、「ああ、すまん。石化しちまった」と返ってくる。

「それどういう意味? 私はメデューサってこと?」

「いや、だって『原始人』のオマエがだよ? こんなふうにネット記事を印刷できるようになる日が来るとは、夢にも思わなかったわけよ」

「ディスるのかフォローするのか、どっちなのよ」

「パソコンはタイピングや検索、せいぜい文書ソフトの基礎。スマホにいたっては完全に宝の持ち腐れ。最近ようやくオレからの電話に限ってのみ対応できるようになったばかりだろ?」

 不服そうではあるが、うなずく冴歌。

「自分から電話したり、メールのやり取り、カメラ機能も使えない。百歩譲ってそれはいいとしよう。問題なのは検索だ。パソコンじゃできるのに、スマホだとワケわかんなくなるのが、オレにはワケわかんねぇ。そのくせ、じいちゃんの形見だとかいうゴツいカメラは使いこなせる。そんな『原始人』のオマエについに進化の日が来るとは、とオレは感動してるんだよ」

「一応褒めてるみたいだから手刀はしまってあげるわ。私の機械音痴っぷりを余すところなく説明してくれてありがとう。この形になるまでに二週間かかったわよ」

 皮肉たっぷりのむくれた顔で冴歌は鼻を鳴らした。

「ぶふっ!! 二週間⁉ 一昔前はいちいちUSBに転送しないとコンビニで印刷できなかったけど、今は対応するアプリで簡単に、スマホのスクショすらプリントできる時代だぞ?」

「だ・か・ら‼ その時代の流れを理解して、こうして各工程をクリアするまでに二週間かかったって言ってるの!」

 冴歌は顔を真っ赤にしてペチペチと大和の頭を叩く。

「おいおい、せっかくセットした髪が乱れちまうだろうが」

 冴歌は手を止め、大和のほうも目の前の読み物に集中できるようになった。

 十三夜の月は、「後の月(のちのつき)」とも呼ばれ、満月から少し欠けた月。十五夜(中秋の名月)の次に美しいと言われている。

 日本では古くから十五夜と十三夜を同じ庭で見る風習があり、片方だけ見るのは「片見月(かたつきみ)」といって縁起が悪いとされていたそうだ。

 月見には実りに感謝する意味があり、十五夜と十三夜、十日夜(とおかんや)の三日間月見ができると縁起が良いとされていた。

 十五夜が旧暦八月十五日の月で、芋類の収穫を祝う日。新月から数えて十五日目で、満月か満月に近い月。

 十三夜は旧暦九月十三日で、栗や豆の収穫を祝う日。新月から数えて十三日目で、満月には少し欠ける月。

 十日夜は旧暦十月十日で、稲の刈り取りが終わった時期に収穫祭として祝われてきた。

 また、十五夜が中国から伝わったものに対して、十三夜は日本で生まれた風習だそうだ。どちらも風流を楽しむとともに、この季節の収穫を感謝する収穫祭でもある。

「なるほどねぇ。十五夜が別名『芋名月』と呼ばれるのに対して、十三夜は、栗や豆がちょうど食べごろになることから『栗名月』や『豆名月』と呼ばれている……と」

 資料を読み終えた合図かのように、大股を広げていた足を組む大和。

「そこにも、栗も豆も大事な作物だってかいてあるでしょ? 栗は縄文時代から栽培されてきて、食用や材木として重宝されてきた。大豆も日本の食卓には欠かせない。そんな栗や豆と、ススキの穂や秋の七草を飾って、お月見団子を供えてお月見をする。ちなみに、お団子の数は十五夜は十五個だけど、十三夜は十三個っていう話。豆腐と白玉でお月見団子を作ったら、十三夜のお供えにはピッタリじゃない?」

「まさか、また月見しようってのか?」

「だって、十五夜のときはあんたと二人きりで、風情も何もなかったし」

「さらっとディスってくんな。まぁ……こういうイベントを喜びそうな奴は心当たりがあるけど、ソイツも風情もクソもねー奴だな。そういやソイツ、十五夜のときは一人寂しく月見したって言ってたな」

「あんたのダチなら、厳つくても悪い人じゃなさそうだから呼んであげなさいよ」

 付き合いの長い人間の前でも、目線が落ち着かない冴歌。そんな彼女の顔をのぞき込んで、大和が言葉を発する。

「今日のオマエ、マジでどうかしてんな。いつからパリピになったんだよ? むしろ、お祭り騒ぎなんて煙たがるほうだろ?」

「たまにはいいでしょ。それに、一人誘いたい人がいるの。こういう風情ある行事がお似合いの人よ」

「…………は⁉ はぁぁぁ⁉ オマエにもついに男が⁉ 四十四にしてついにおとっ、ぐふっ!」

 身長もそこそこあって筋肉質で、実際に喧嘩慣れもしている大和。それでも、普段の冴歌の行動からは想像できない腹パンという不意打ちには対応できなかったらしい。

「黙れ。三十五の重度ニコチン依存症ヤンキー」

「……テメッ、もう少し加減しろ。あと、『元』ヤンキーだから……」

 その後の話し合いで、十三夜当日までの準備はほとんど大和が担当することになった。彼いわく、「毎日レトルト食品やスーパーの惣菜で間に合わせてる奴がいきなり菓子作りなんて、ハードルが高い」とのことで、豆腐を練り混んだ白玉団子の用意はもちろん、団子と一緒に供える栗やススキの穂なども「実は、町会や依頼人からまぁまぁの数もらってんだよ」と情報屋として町の御用聞きをしている伝手で間に合わせる算段のようだ。

「つーわけだ。企画、ご苦労さん」

「おいしいとこ全部持ってかれてる気がするわ……。でも、その間は『超常現象さあくる』に張りついてられるって考えれば良いのか!」

「切り替んの早すぎだろ。張っつくのは構わねぇが、寝不足や過集中で当日遅刻したら、ただじゃおかねーからな?」

「分かってるわよ」

「オマエの言う、風流な行事がお似合いな人ってのにも、ちゃんと知らせとけよ。あれ? でもオマエ、電話できねぇんだよな。なら、そっちもオレがフォローすんのか?」

「大丈夫。一昨日のうちに手紙送って、今日返事もらったから。参加できるって」 

「手紙って……。どっかの爺ちゃん婆ちゃんかよ」

「いいえ、若者よ。あんたより一回り近く下かしらね」

 相槌を打つ大和は思案げな顔をした。

「とにかく、当日午後八時。遅刻厳禁。いいな!?」

「そんな強く念押ししなくても……。諸々っていうか全部任せてごめん。よろしく頼むわ」

「まぁ、結局こうなるのは星の定めってやつかね。とりあえずオレに任せとけ!」


 迎えた十三夜当日、午後七時五十分。舞狗市を流れる一番大きな川の河川敷には、同じお月見目的かまばらにも幾つかの集団がいた。それらを避けるように、青いビニールシートを広げて座る。青いシートは洒落っ気も何もない、工事現場でよく見かけるアレだ。

 空には雲もなく、満月より少し欠けた月がくっきり浮かんでいる。 

「ここにいたか。石畳みたいなのに囲まれてるっつーから、何とか見つけられたぜ。って、なぜに青いビニールシート……」

「あ、大和」

「間に合ったのは褒めてやるが、もうちょい早く電話に出ろよ」

 すると、大和の背後から「オレからの電話は十秒以内に出ろ!! ……って、キャ〜! 大和サンの束縛彼氏ぃ〜」の声が。

 振り返った大和が「妄想おつ!」と忌々しく口にした。ゲンコツを落としたようだ。短い悲鳴が上がるが、その悲鳴の主は見えない。

「大和サンは、もうそういう道から首を洗ったんじゃないッスか?」

「意味変わってくるから! その場合は足を洗うだ!」

「テヘ、間違えちゃったッス」

「よぉし、月見が終わったらみっちり国語の勉強に付き合ってやるよ。それこそ、首を洗って待っとけよ?」

「ヒィィィ、大和サンの鬼!!」

 うつむいていた冴歌がハッとして顔を上げる。 

「敬称の部分が尻上がりになる特徴、底抜けに明るいその声……。もしかして金髪カチューシャくん⁉」

「おれのこと覚えててくれたんスか⁉」

 大和の背後からひょこっと姿を見せたのは、明るい金髪に黒いカチューシャをつけた男子高校生。頭頂部をさすりながらも、口調は底抜けに明るい。

「その紅白のスカジャン、たしか学ランの上からも羽織ってたわよね?」

「そうッスよ。なにせ、これは大和サンがおれのためにって選んでくれた一品なんッス! たしか大和サンの仕事仲間の冴歌サンッスよね? 覚えててくれて嬉しいッス!!」

 口調にたがわず動作も元気だ。その元気っ子が飛び跳ねるたび、テンプルからブリッジ、リムに至るまで鮮やかな赤色で統一されたメガネが揺れ、両手いっぱいのスーパーのレジ袋は激しく音を立てる。

「剛! メガネ落ちるぞ。あと、食いモンが偏るからやめろ。焼き鳥とかタレがこぼれたらもったいねーし、面倒だろうが。ったく、だからオレが持つって言ったのに」

「そうそう、剛くん。堂丈剛(どうじょう つよし)くん」

「へぇ。テメェが調査で関わる以外の人間を覚えてるなんて、こりゃ今から雨かもな」

 剛をちらちら見ながら、大和は意地悪く笑う。

「縁起でもないこと言わないでよ。にしても、二人ってなんか兄弟みたいね」

「まぁ、それなりに付き合いはあるからな」

「おれが大和サンの弟……。舎弟じゃなくて、血の繋がった弟……」

「何だよ、そのキラキラした目は……。なーんかその言い方、生々しいんだが」

 苦笑いを浮かべつつ、縞模様の入ったシンプルなビニールシートを隣に敷く。

「ほら。それ畳むから、オマエはこっち来い。」

「ヒュ〜、大和サンやさしい! これがドS彼氏の飴と鞭」

「また殴られてぇか?」

「いえ! もうお腹いっぱいですぅ〜」

 冴歌は腰を上げると、ゆったり歩きながら口を開く。

「思い出してきたわ。大和と初めて三上神社を訪ねた日、途中の商店街で出会ったのよね。そういえば、今年高校デビューしたんだっけ? すごく人懐っこい子だなって印象に残ってる。金髪に黒いカチューシャ。あと、黒マスクとロリポップキャンディ!」

 目を潤ませながら頷き、「嬉しいッス」を連呼していた剛。「今日はマスクはお留守番ッス。でも」と、荷物で塞がっていても器用にくわえていたロリポップを出してみせた。

「大和が呼びたいって言ってたのは彼だったのね」納得したところで、敷き直してくれたシートに座る。

「そそ。あ、剛。持ってるモン全部置けよ?」

「財布はダメっすよ?」

「オメェのはした金には興味ねぇよ」

「めおと漫才みたいね」冴歌の口角が自然と上がる。

「珍しく薄気味悪い笑いじゃねーのな」

「な、なによ! いちいちこっちの反応見ないでくれる?」

 いつもの小馬鹿にしている感じもありつつ、でも今の大和の口調はどこか安心しているような感じもあった。

「ときどき……ほんのときどきだけど、やさしいのよねぇ」

「なんだ?」「いえ、なにも」

「あれだけ風情だの言ってたくせに、建設現場みたいな青いシートを持ってくるってどういう思考してんだ。そもそも、テメェには特に持ち物は割り振ってなかったろうが」

「私だけじゃないのよ」

「は?」と大和。冴歌のビニールシートを畳み終え、折り目に合わせてきれいに畳まれている。意外と几帳面なところもある。

「もう一人いるの。ほら、風流な行事が似合う人、一人誘うって言ったでしょ?」

「もう一人って、おれらの三人しかいないじゃないッスか。も、もしかして冴歌サン、幽霊が見えるとか?」

「なーんか、デジャヴだなぁ。この手の話、どっかで聞いたな。三上神社とかいう舞狗市の山奥にある神社の高台で、もやしみてぇにひょろひょろした生意気な外人の宮司が言ってたっけな」

 冴歌の「その彼よ」と、重厚な響きの「いかにも」が重なる。後者の声は、ちょうど大和と剛のすぐ後ろで聞こえたためか、二人の肩が大きく跳ねた。

「なななな、なんでもやし野郎がここに⁉」

 思いも寄らぬ天敵の登場に驚いた大和は、焼き鳥のパックを三つはつぶし、ニリットルのペットボトルを派手に倒した。剛は弾みでロリポップキャンディを落としたまま、メガネを上げてしきりに目をこすっている。

 「私が誘ったって言ったでしょ」「冴歌より文を頂戴したゆえに」と、冴歌と銀色に青いメッシュが入った髪の青年の声が重なる。

「シンクロするな!」大和が叫ぶと、

「声量⸺いや、学のない貴様にはボリュームと言ったほうが良いか。声のボリュームというものがあろう。ただでさえここは公共の場であるぞ」銀髪の青年がぴしゃりと言い放つ。

 このまま険悪な空気になるかと思われたが、剛の無垢な「すごいッス!」の一言が払拭する。

「気配がまるで感じられなかったッス! どうやるんスか? あれが実践でできたら……おれはまた一歩、大和サンに近づけるッス!!」

「ふむ……。貴殿は、この男の知り合いと見た」

 百九十センチほどあろう青年は最敬礼の姿勢を取った。

「無礼をお赦し下され。小生は東條・レイ・エミル。修行の身ではありますが、舞狗市の三上神社で宮司を務めさせていただいております」

「え、え〜っと……。お、おれは堂丈剛って言います。今年から舞狗市の郊外の高校に通いだして、そんで……」

 あたふたする剛にエミルが「焦らずともよい」と穏やかな声で言う。

「あんにゃろう、急に営業モードになりやがって……猫かぶりめ!」大和が敵意をあらわにした一言をこぼした。

「え、えっと、大和サンとはおれがもっとずっとちっちゃいときから世話になってて……おれの憧れの人ッス‼」

「さようか。剛殿、その名は確かに記憶した。しかれば、憧れの人物を貶めるような言は気をつけねばなるまいな」

「ふん、これを機にオレ様への態度もろとも改やがれ」

「弱い犬ほどよく吠える。貴様は、剛殿のこの純真無垢な心を見習ってはどうだ?」

「あぁん? やんのか?」

 百七十センチ弱も、エミルの長身には子ども同然だ。

「大和サン、ほらほら喧嘩は止めにしましょうよ。せっかくのお月サンが泣いちゃうッスよ?」

「これは剛くんに一本取られたわね、大和」

「ケッ……。おら、場所空けてやるよ。剛と冴歌の間にでも収まってやがれ」

 いかにも面白くなそうな顔で立ち上がると、大和はシートから外れた草原に寝そべった。

「その心遣いはありがたいが、身なりにも気を遣え。ジャケットが草と土まみれになるぞ」

「口うるせー母ちゃんかよ。テメェこそ人の服装にケチつけてる場合かよ。いつ見ても仕事着なのか私服なのかわかりゃしねぇ」

「実家での催し以外は、原則として私服である」淡々と、かつ即答するエミル。

 大和は「そうかよ」と、いよいよ顔を背けてしまう。

「たしかにエミルさんの私服って、いつも装束なのかよくわからないのよね。右肩から大きくスリットが入った白衣(びゃくえ)にも似た着物、下は袴を思わせるひだのたくさんついた履物。その色違いを着回してるみたいだから。まだ馴染みがあるのは、足元のビルケンくらいかしら」

「ややっ! 冴歌もかように思うていたのか。普段着であっても装束に近い意匠⸺失礼、デザインのものが落ち着くのだ」

「そういうお店、見つけるのが大変そうッスね〜」

「なに、今はネットショッピングとやらのおかげで意外にも苦労はせぬ。冴歌も剛殿も、関心があるならば次の機会にでもおすすめをご紹介しよう」

「わぁ、なんかめっちゃ楽しそうッス! あ、えーっと。そういうわけで、今後ともよろしくお願いするッス、東條サン」

「剛殿、こちらこそよろしくお頼み申す。貴殿はどこぞの先輩のように腐らず、そのまま真っ直ぐ育つとよい」

「エミルさんのおすすめの服装、私も興味そそられるわ」

 ここで、大和はガバッと起き上がった。

「黙って聞いてりゃ、さっきから何なんだ、もやし野郎! いつからオマエは冴歌のことを呼び捨てにする仲になった? オレらの依頼を二度も蹴っておいて、ようやくつい最近手を組むようになったばかりだろ」

「ヤマ、それはヤキモチというやつか?」

 いたって真顔のエミル。

「は!? ち、ちげーし!」思わぬ視点からの切り込みにピンク髪が慌てふためく。

「え!? やっぱりお二人はデキてるんスか!?」

 純真無垢な剛の瞳が冴歌に向く。彼女は右手をひらひらと左右に振った。

「異性であっても親しくなれば名前やあだ名で呼び合う。これは、日本もそうではないのか? まぁ日本人はシャイだと言われるゆえ、このあたりの感覚は異なるのかもしれんな」

「……ぐぬぬ、わかった。じゃあ次だ。ずっと貴様呼びだったのに、なんで今初めてオレのことをヤマって呼んだんだ?」

「何だ、ドMとかいうやつか? 貴様呼びのほうが好みであったか」

「ちげーよ‼ マジレスやめろ!」

「マジレス?」

「真面目にレスポンスするの略称だよ。テメェはどこまで日本人で、どこまで若者言葉に馴染んでだか得体が知れねぇ」

「ふむ、日本人は何でも省略して呼ぶのが好きらしいな」

「他人事みたいに言うなコラ! たしか、テメェにも日本人の血が半分は流れてんだったよな!?」

「いかにも。して、何を話していたか……。ああ! ヤマ呼びの話であったな」

「何だよコイツ、天然? いや、天然を装ってる?」

 大和の疑問は虚空に吸われていく。

「町の子どもからは『ヤマヤマ』と呼ばれて慕われているという話を冴歌から聞いてな。冴歌の熱意に感服し、こうして協力関係となった今、いつまでも貴様と呼ぶのは無礼に思えてな。だが小生は二つ繋げるのが大儀ゆえに『ヤマ』とした。それだけの話だ」

「何で残りの二音が面倒なんだよ、変なとこ端折りやがって。それに、あくまでも感服したのはこいつの熱意で、オレの苦労や、それこそガキどもから慕われてる話については何も思わないのかよ⁉」

「ふむ……見た目に反して懐かれているという意外性は感じたが。まぁそれくらいにしておけ、ヤマ。承認欲求の強い者は嫌われるぞ」

「意外性を感じたと言うわりには感想うっすいな!? あと、その妙な慰めだかアドバイスは結構だ! ああ、もう! 剛、焼き鳥くれ。塩な」

「お、ようやく始まるんスね。おれ、もうお腹ペコペコ〜」

 剛から大和にタレの焼き鳥がひとパック渡る。

「じゃ、じゃあ……みんなコップに飲み物を注いで」

 冴歌は慌てて立ち上がり、(目線は合わないように)三人をぐるりと見回した。

「みんな、今日は集まってくれてありがとう。天気もよくて、いい十三夜になりそうね。コップは持ったかしら? ……乾杯!」

 ようやく宴が始まると、大和は手近に置いていた風呂敷をほどいて、手製のお月見団子を少し離れた場所に供えた。

 いざ食事が始まると、標準体型からは想像だにできない大食漢の剛に、付き合いが長い大和も含めて誰もが目を見張ることとなった。スーパーで取り揃えた多種多様な惣菜は、一同の腹を満たしつつもほとんどが剛の胃袋の中に消えていった。

 そんな中、大和の声かけで剛を除く成人組が集まる。

「なるほどね。桃園結義みたいだけど、改めて⸺」と冴歌。

「今後ともよろしくお願いします」三人の声が合わさる。

 三人は、オカルト現象を調査する仕事仲間としての絆を結ぶ意味で、中身を缶ハイに入れ替えてコップを交えたのだ。

「あ〜、それお酒ッスよね! ひとくち

だけ! 大和サン、お願いッス!」

「うわ、バレてた……。食事に集中してるかと思ったのに。オメェには代わりに炭酸買ってきただろうが。それで我慢しろ」

「自分は中学一年でタバコに手を染めたのに?」

 成人組全員が、あろうことか、あの品格あるエミルでさえも一斉に吹き出した。

「正鵠(せいこく)を射るとは、まさにこのことかな」

 口元を覆いながら、エミルがつぶやく。

「せいこく? もやし野郎、どういう意味だ?」

「物事の核心をついているっていう意味の言葉よ」と代弁する冴歌の口角も震えている。

「表情筋のねぇようなオマエにまで笑われるとはな。にしても、もやし野郎は相変わらず小難しい言い回しだったり、漢語っつーんだっけ。そういう表現が多いな」

「そこがエミルさんらしさでしょ?」

「らしさ全開でオレにはついてけねーわ」

 ときどき飲食の手を休めては、月見をする四人。大食漢の一人も、憧れの先輩に「今日の主役は、あくまでも月見だ」と諭されてはときどき月を見上げる。

 自分以外の三人を深く知っている一人という存在は、ここには誰一人としていない。強いて言えば大和がその存在に最も近いが、エミルという天敵がいるからか、どことなく緊張感を漂わせている。大和以外の者も緊張感に似た感覚を抱いているのか、ほどよく賑わいながらも、ハメを外すようなこともなく、時間は過ぎていく。

「さてと……。おおかた食うモン食ったし、オレ様お手製の月見団子をいただくとしますか!」

「よっ、待ってましたッス!」

「いやいや。まず食事を終えてのデザートだろ。ほとんどはオメェのために用意したようなモンだ、心行くまで食え。団子はそれからだ」

「はーい……」とみるみるしょぼくれる剛に、「大丈夫。ちゃんと剛くんのぶんを残しておくから」と冴歌がフォローする。

「ヤマの手作りだと? 味は保証できるのか?」

「すかさず嫌味を入れてくるな! 事務所にしてるガレージで試作品を茶菓子代わりに振る舞ってみた。八人全員が合格くれたぜ」

「なぜ冴歌や剛殿ではないのだ?」

 首をひねるエミルに、大和は勝ち誇った顔で言う。

「チッチッチッ、まだまだ甘いな。冴歌は好きな物や興味があること以外はどーでもいい奴で、食事でもそうだ。大好物の梅こんぶ茶とバナナうなぎ餅でできてる女だ。普段の食事は惣菜コーナー、レトルト食品、インスタント麺の世話になりっぱなし。こんな奴にまともな評価が下せるか?」

「ずいぶん言ってくれるじゃない」

「じゃあ聞くが、フライパン買ったのか?」

「……ま、まだ。寸鉄人を刺すってこういうときに使うのね……」冴歌、撃沈。

「そ、そうか。では、剛殿は?」

「剛は反対に、好き嫌いがないのが問題なんだよ。何でも美味そうに食うし、それ自体は悪いことじゃねー。でも、試作品の評価の参考になると思うか?」

「……なるほど。理解したぞ、ヤマ」

 幸せそうに残りの惣菜に手をつける若人に、陰ながらエミルからの憐憫の視線が注がれる。

 豆名月という十三夜の月の別名にちなんだ、豆腐を練り混んだ白玉団子は好評を博した。特に、ようやくデザートにありついた剛は団子と大和をしきりに褒め、「これから毎週末、俺んちで作ってほしいッス」とせがむほどに気に入ったようだった。


 それから四人は胃を休めつつ、月を仰ぐ。

「今宵は雲もなく、実にすばらしき日和だ。十五夜の次に美しいとされる十三夜の月。知ってるか、ヤマ。十五夜と十三夜、どちらかのみを見ることは片見月といってな、両方の月を見ないことは縁起の悪いものと考えられていたそうだ。いや、無知蒙昧な貴様が知る由もないか」

「片見月くらいオレも知ってるし!」

「どうせ、冴歌が事前知識として貴様に授けたのだろうな」

「…………」

「無言ということは図星に等⸺」

 ボシュッという音がエミルの言葉を遮り、ほどなく辺りには独特のにおいが漂う。

「貴様! このいとゆかしき景色を前にしても、タバコか!」

 エミルはビニールシートから勢いよく立ち上がり、ちょうど二人分が座れるほどの空間に踏み込んで詰め寄る。

「オレの神域を汚(けが)すな! 冴歌のヤツが桃園結義とかいうのに倣ってうんたらかんたらっつーから、さっきは仕方なく寄ったんだよ。その儀式、つまり仕事は済んだんだ。もう十五分は月も見た。あとはプライベートだろうが。好きにさせろ」

「貴様のような輩が、たとえ比喩であろうと神の名を盾にする言葉を吐くのは赦しがたい……が、これは私情として。マナーとして問うぞ。野焼きでもするつもりか?」

「あ? 火事にはならねーよ。そのための携帯灰皿だぞ。つか、オレがヘビースモーカーなの知ってんだろ?」

「貴様、公共の場だと言ったであろう! くさいし、今すぐ消せ!」

「それはテメェが近づいて来なきゃ済む話だろ!」

 寝転んでいた大和も息巻いて立ち上がると、そのままエミルにつかみかかる。

「これでも喰らえ」

 空いている左手でタバコを咥えて煙を吸い込み、これみよがしに顔面へ紫煙を吹きかける。

「っ! 貴様、今日という今日は⸺」

「まぁまぁ、お二人サン。ほらほら、せっかくのお月様をまた泣かせちゃうんスか?」

 剛は呑気に、わずかばかりになった焼き鳥の一串を頬張る。

「ん〜うまっ! やっぱり焼き鳥はこってりたっぷりのタレに限るッスねぇ」

「はぁ⁉ 焼き鳥は塩一択だろ!」

 つかみ合ったままの大和が、今度は剛に噛みつく。

「おい、小生の服がシワになる。離せ、ショッキングピンクヤンキー」

「テメェ……オレの髪はショッキングピンクじゃねぇ。ピンクパープルだ! あとヤンキーはヤンキーでも、元だ」

「幼稚な心の大人と関わると、小生の品格も落ちてしまうな」

 エミルはすげない態度で大和の手を振りほどく。大和もジャケットの襟を正し、一件落着と思いきや

「あら、なかなか幻想的よ。二人とも!」

 普段あまり感情が乗らない口調の冴歌が潑剌とした声色で言葉を発したものだから、いがみ合っていた二人ははっとした顔で彼女を見た。

「冴歌、何の話であるか?」

「二人の髪色の話よ〜。エミルくんの銀に青いメッシュと、大和の明るいトーンのショッキングピンクが、月の光に照らされて、なかなか情緒あるかもって思ってね〜」

「ほんふぉだ〜、たふぃかに〜」

 口いっぱいに頬張ったまま発声する剛もおそらく賛同しているのだろう、二人を指さしてしきりに頭を上下させている。

 エミルの銀色に青いメッシュが入った髪は顎のラインの少し上で後れ毛もなく丁寧に結われている。大和はトーンの明るい奇抜なピンクパープルのショートウルフに襟足は地毛の黒。

「剛くんの金髪も素敵よ。私も今度ヘアカラーしてみようっかな〜。ね〜ね〜、何色が似合うかな〜?」

「えへへ、ありがとうッス」

 呑気な二人組に対して、もう一組は……

「アイツが『思ってね〜』に『かな〜』だと!?」

「極めつけは『ね〜ね〜』であるぞ!?」

 犬猿の仲、ときどき蛇蝎視し合う間柄の長身青年らは顔を突き合わせた末、一つの結論を導き出す。


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