1949年 自殺者からのメッセージ : 田中英光 ( たなか ひでみつ ) 『さようなら』 ②
田中英光 ( たなか ひでみつ ) 1913年 (大正2年) 1月10日 - 1949年 (昭和24年) 11月3日
太宰治に師事する無頼派、田中英光。
田中英光 の作品 『さようなら』 は
「グッドバイ」「オォルボァル」「アヂュウ」「アウフビタゼエヘン」「ツァイチェン」「アロハ」
からはじまる。
自身の幼少期から第二次大戦中、戦後と、どのように人と出会い、どういった別れをしてきたのか、その時々で自分はどんな人間であったかということを私小説にしている。
アドルム中毒を自称し、同時代の無頼派作家、坂口安吾とも交友があった田中英光は、師事していた太宰治の死の一年後、太宰の墓前で大量の睡眠薬アドルムを飲み自殺を図る。
この『さようなら』という作品は、太宰治を亡くし、田中自身が最終的に一人で死に至るまでの間に書かれたものであり、死について、あるいは生についてを書き綴り、また淡い恋について家族の崩壊についても赤裸々に懺悔のように連ねられている、そして、自殺を否定しつつも自殺意図を感じさせる迷いが、繰り返される相起の表現から仄めかされる、まるで遺書のような記録。
人物、時代背景
坂口安吾の死:1955年〈昭和30年〉2月17日
田中英光の死:1949年〈昭和24年〉11月3日
太宰治の死:1948年〈昭和23年〉6月13日
帝銀事件:1948年 〈昭和23年〉1月26日
織田作之助の死:1947年〈昭和22年〉1月10日
日本の終戦:1945年 昭和20年 8月14日 ごろと云われる →第二次世界大戦終結
芥川龍之介の死:1927年〈昭和2年〉7月24日
有島武郎:1923年〈大正12年〉6月9日
第一次大戦に日本が参戦 1914年 大正3年 8月23日 →終戦 1918年 大正7年 11月11日
きくよむ文学
『さようなら』②
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