私が「子どもをもたない人生」を選択した理由
私は34歳の今、子どもが欲しいと思っていない。
かつては、この人の子どもを欲しいと思ったこともあった。
結婚して、年齢的経済的社会的にいつでも産める状況になったこともあった。
そして、子ども存在自体は可愛いと思う。
でも、たぶん私は今後も子どもをもつことはないだろうと思っている。
まあ、まだ今後の人生で気持ちが変わる可能性はあるけれど。
はじめに言っておきたいのは、私は子どもを育てることは本当に尊いと思っている、ということだ。
後であげる理由によって私がやらない、できないからこそ、余計にそれができる、頑張っている人を心底尊敬している。
私も、子どもという存在は可愛いと思う。
そして甥姪や、友達の子どもと遊ぶのも好きだ。
でも、自分の子どもが欲しいとは思わない。
その一番大きな理由に、私は人に依存されるのが嫌いだ、というのがある。
それは恋人やペットにさえ言える。
恋人とはお互い思いやりは持っていたいが、顔色を伺われたくはない。
弱いところを見せ支え合うのは大歓迎だが、甘えからくる攻撃や雑さは受け入れられない。
(人間関係は相性が全てだと思っているので、仮に相互依存とかでもお互いに納得して受け入れあって幸せならそれで全然いいと思う)
ペットで言うと、私は猫を愛している。
だが、犬のまっすぐな眼差し、かまってという忠実な目が苦手だ。
(愛犬家の方ごめんなさい。あくまで好みです)
そんな私なので、親が世界のすべてである子どもを持つとなると、お互い不幸になる気しかしない。
それなりに取り繕うにしても、やはりイライラが滲み出てしまうと思う。
こればかりは適正がないとしか言えない。
次に問題なのは、私は自分の時間をとても愛しているということだ。
私が私らしくあるために、私には一人で考えたりのんびりする時間が不可欠だ。
私はとても自己中心的なことを自覚しており、自分の子どもとはいえ子どもを最優先事項にはきっとできない。
多くの人はうまくやっているのかもしれないが、私は器用にできない。
子どもがいたら、自分がうまく保てなくなると思う。
あとはお金の問題も大きい。
いろいろと言っていてもいざ子どもができたら、より充実した環境を与えてあげたい!と思うだろうと想像する。
そうなるとより稼がなければ!と自分を追い込んで働きそうだ。
そんなしんどそうな未来が怖い。
そんなこんなで、私は今回の人生は子どもがいない人生でいいかな、と思っている。
後半二つについては、対策しようと思えば解決策はいくつかあるようにも思う。
例えば起業してお金持ちになる!とか。
子育てを外注する!とか。
できるかどうかはさておき、目指すことはできる。
でも、一つ目の「人に依存されるのが嫌い」は、もっと根本的な問題だ。
たまに発作的に家族に憧れたりはいまだにする。
街中で仲の良さそうな家族を見たり、友達の家で子育てが大変ながらも絆が強いところを見たりした時だ。
そんな時でもこの根本的な問題を考えると、冷静に元の自分に帰ってこれる。
でもこうして子どもを持たないことの理由を整理して正当化しようとしている時点で、他でもない自分の中に子どもを持つ方が正しいとか普通だと思っている自分がいる気がする。
でも、私と同じような人多いんじゃないかと思うのだ。
以前子どもがほしいか迷っている時期に、何人かの年上の男女、子どもありなし、両方に話を聞いたことがある。
その時、子どもを持たなかった人はなぜ子どもを持たないのかについて持論を持っていたが、子どもがいる人はなんとなくそういうものだと思って、となぜ子どもを持ちたいのか強い考えを持っていなかった。
もちろんこれは聞いた人がそうだっただけで、世の中にはこれに当てはまらない人もたくさんいると思う。
ただ、私としてはやはり世の中の"普通"が子どもがいる方だから、そういう傾向がでるような気がしてならない。
そして、自分の中にもそんな考えの陰が根付いている。
私はほどよい距離がある方が、子どもにとって"いい大人"でいられると思う。
優しい叔母、遊んでくれるママの友達というおいしいポジションだ。
そのポジションから、宝物の子どもたちのためにできることをしていきたいと思う。
今日は毎日投稿41日目でした。