忘れれない1年 第3回「須田亜香里編」
毎回、SKE48の現役メンバーや卒業メンバーの忘れられない年を考えていくこのシリーズ。3回目はチームEの須田亜香里さんです。
山あり谷ありの彼女のSKE48人生の中で、ファンの皆さんが忘れられない1年を考えてみたいと思います。
まずは、僕の忘れられない1年から。
この年に発売された写真集が本当に良くてですね。
キューバの歴史的な建築物や青と緑が混ざった美しい海に、元気なだーすーの姿がまた映えるんですよね。インスタントテレグラム的な映えとは逆のベクトルの、時間をかけて素材の美しさをそのまま出した作品になっているのではないかと思います。
以前、ブログに感想を書いたので、最後にリンクを貼っておきますね。
そして、「センチメンタルトレイン」のMVでの一人芝居的なところも凄く良くてですね。
「おバカ打ち姫ミーコ」とは違った、自然体の演技が素敵でした。
須田亜香里の人間の様々なチャンネルを知ることが出来た年でした。
ツイートには字数の関係で書けなかったんですが、「いきなりパンチライン」の代理センターを務めた時のことも忘れられません。センターという重圧と戦う彼女の姿は今でも心に残っています。
現在、世間とSKE48を繋いでくれる大事な存在でもある彼女。
果たして、ファンの皆さんは何年が心に残っているんでしょう?
早速見て行きましょう。
2013年
まずは、だもんで( @_damonde0828 )さんの体験です。
ううむ、何年か分からないそうですが、「瞳の中のセンター」という言葉から、2013年の総選挙以降ではないかと思っております。
ただ、だーすーの全力握手は何年経っても変わらないので、厳密には何年かは難しいんですが、ひとまず2013年かなあ、という感じです。
つぎは、信楽ey@ひろしです( @shigalucky0818 )さんです。
だーすーの中でいくつかあるターニングポイントの一つだということが、よく分かるコメントですね。
チームSからチームK2へ移ったことは、須田亜香里というソロプレイヤー( スタンドプレイヤー? )がチームプレーの面白さを知って行く重要なことだったと思います。
著作の「コンプレックス力~なぜ、逆境から這い上がれたのか?~」の中でも実は辞めようと思っていたことと、ちゅりこと高柳明音さんからの言葉も素晴らしかったんですよね。
次はnaga( @naga46460790 )さんの忘れられない1年です。
「関ジャニ∞の仕分け」は、だーすーと多くのファンの方( おそらく男性だけでなく女性ファンも )を結ぶ付けた番組の一つではないかと思っています。僕自身も2012年頃にSKE48が好きになったので、この番組もなんとか観られました。テレビの前で「頑張れ、まだ残るんだ!」と応援していたのを覚えています。
出演回数が重ねられるごとに職場のジャニーズ好きのお姉様方のだーすーの呼び方が「AKBの軟体の子」、「SKE48の子」、「須田亜香里って子」、と着実に定着していっていたのを覚えています。
今はもう、須田亜香里が先に来て、SKE48というのが後に来るかもしれませんね。
そして、スピーチの素晴らしさ。
僕も当日、日産スタジアムの天空席でスピーチを聞いていましたが、あまりにも素晴らしくて、涙しながら頷いたのを覚えています。
しかし、48グループって2013年ぐらいから「次世代」って言葉を使ってたんですね。
2022年現在の視点から当時の「次世代」の青写真と現代を重ね合わせてみるのも面白いかも知れませんね(他人事みたいな書き方ですね)。
2015年
まずは、KE_N_TA( @masarap_ngonqua )さんのコメントからです。
2015年の総選挙当日、実は僕も関西から福岡ドームにかけつけていましたが、18位が発表された時の空気は未だに忘れられません。
あの時のスピーチで漏れた「今日がとても楽しみでした…」という言葉。あの晩だけこなかったモバメ。思い出すだけで、胸がキリキリします。
「アイドルの涙」の4枚組版の特典映像で、ゆりあがだーすーに寄り添ってくれていたのも本当にありがたい。
「頑張れ」と声をかけていいのか、という葛藤も素晴らしくてですね。
「頑張れ」というのは、凄く便利な言葉ではあると思うんですが、ずっと頑張って来た人にかける言葉として、果たしてふさわしいのか。
そんなことを考えさせられる出来事でした。
nori( @nori62213036 )さんも2015年を挙げてらっしゃいます。
ちょっと2015年と2016年をまたいでらっしゃるので、どちらにするか迷いましたが、始点が2015年なのでこちらの年に含ませていただきました。
2014年の10位という結果が、2015年も当然選抜入りするでしょう、と僕は考えていました。勿論、全力で準備されていた方もいると思うんですが、僕は「驕り」に含まれるかなあ、と思います。あの時、当然とかそういうのは無いんだ、と身を持って体験しました。
ただ、あの時のランクダウンがあってから、箱推しの人が「もう一度須田亜香里をおし上げたい」と思うような空気が生まれたのではないか、と思います。
続いては、新さん😎( @SNinja650hsl )さんのコメントからです。
SKE人生の中での大きな岐路の一つがこの年にした「SKE48を辞めない」という選択だったのではないか、と思います。その代わりに「アイドル 須田亜香里」から「人間 須田亜香里」にシフトしていったのかな、と思います。他者の楽しさと自分の楽しさの配分を一旦リセットして組み立てなおしてきた感じでしょうか?
総選挙というアイドルとしては残酷なイベントが、人間のギリギリを際立たせるもので、功罪があると思いますがそれでも痛みと共にまた一つ成長した年ではないか、と思います。
続いてBecauseどっちつかずchamy3(本人。インスタはやってません)( @ac38040 )さんのコメントです。
2015年といえば、総選挙のことが強烈ですが、ご指摘の通り楽しい仕掛けもありましたね。
ひょっとすると、今回コメントをいただいた方たちの中にもプロポーズをされた方もいらっしゃったかもしれません。
アイドルとしての幸せと一人の人間としての幸せ、更にファンの方の幸せのバランスが取れた素敵な仕掛けです。
本当に自己プロデュースが上手い人だな、と思います。
でも、こうして彼女が発信することで、後輩たちも「じゃあ、私もやってみようかな」と考えることが出来る、試すことが出来るのではと思います。
言葉で行動で、これからも様々な仕掛けをしてほしいな、と思います。
2016年
さあ、2016年編。
まずは、応ちゃん( @OhchanToshiyuki )さんのコメントからです。
「ミュージカルAKB49」は本当に名作で、まだ未見の方には是非、AKB映像倉庫などでチェックしてみてください。
この作品のメイキングを観ていると、演じることや届けることの難しさを体感しながら表現の引き出しを増やして行く過程が見えてきます。
稽古期間の試行錯誤があったからこそ、本番での感動があるんだ、としみじみと思いました。
「AKB48参上!」のところは、今観ても鳥肌が立ちます。
この後、来るぞと分かっていても、心が動かされます。
女優須田亜香里の活躍はまだまだ、増えて欲しいなと思っています。
続いて、mocci( @kake_meguru )さんのコメントです。
素敵なエピソードですね。
同じアイドルを推しているからこそ出会えた人達。
しかも「生涯の友」と呼べる人が出来たというのは、本当に素晴らしいです。
ふと思うと、僕もSKE48について考えるブログを始めていなければ、出会えなかった人達が沢山いますね。今考えると、本当に人生を豊かにしてもらったな、と思います。
好きなものが同じで、同じ目標に向けて頑張れる人達にあと何人ぐらい出会えるだろうともふと思いました。
2018年
さあ、今度は最後の総選挙があった2018年です。
するりん( @k30iuy1eTRDqA1I )さんのコメントを読んでみましょう。
冒頭で僕も2018年を選ばせていただきましたが、この年の夏に彼女にかかった負荷って半端じゃなかったと思うんですよね。他の人なら何年かかけて襲ってくる負荷が一気に来た感じがします。
神のいたずらというのは、どこまでも残酷だなと感じます。
ただ、ここを乗り越えたからこそ、今の彼女があるのかな、と思います。
色々なバラエティにも沢山出ていましたが、ある意味、「お試し」的に出たのもこの年が多かったのではと思います。そこから見事にテレビの世界に定着していったのは流石ですよね。
ただ、テレビの須田亜香里しか知らない方に過小評価されると「何も分かってないのに!」と思いますが、するりんさんのコメントから「あれ、でも僕らもどこまで分かってるんだろう」とふと考えさせられます。
つづいて、コーちゃん( @_8953538929952 )さんのコメントです。
あのワンツーフェニッシュの瞬間は忘れられませんね。
二人の表情も良かったです。
あの時、僕は推しの岡田美紅推し席が外れて、何のご縁か須田亜香里席にいました。
あの時のどよめきは、未だに忘れられません。
総選挙の最高のエンディングだったのでは、と思います。
パノラマ席からは、どんな風にあの時の光の波が見えていたんでしょう。
2020年
さあ、どんどん進んでいきましょう。
次は齊藤伸広(ヒロ)( @hiro_saito0303 )さんのコメントです。
推しの番組に参加できるのって本当に良いですよね。
しかも、番組を構成していく要素の一つになっている場合は、更に嬉しいですしね。
これは、だーすー推しの方からしたら、幸せが詰まった素敵な1年だと思います。
同じく、あかり沢村( @rfjPMYlZcoB9Tmi )さんもセンターに選ばれた年を選ばれていますね。
推しの初センターは忘れられない年ですね。
個人的に、MVも衣装も曲も全部好きな曲です。
2021年
最後は、itako1959@2022も女神とともにてくてく歩いてく( @itako1959 )さんのコメントです。
初めて推しと生で会えた年も忘れられない1年ですよね。
皆さんは歴代の推しと会えているでしょうか?
そして、この年はソロライブがありましたね。
21年になってもまだ「須田亜香里」というタレントの可能性を更新していくのか、と感じたのがこの年です。アコースティックギターで奏でることで「知っている新しい曲」を生み出していったのが、本当に素晴らしくてですね。
2022年はどんなことをするんだろうと書きながら感じました。
皆さんのおかげで、なんとか3回目の記事も形にすることが出来ました。
書きながら思い出したのが、本居宣長の歌です。
「古事(ふること)のふみをら読めば古へ(いにしえ)の手ぶり言問ひ(こととい)聞見る如し(ごとし)」
彼が「古事記」について書いた「古事記伝」を書きあげた詠んだ歌です。
「言問ひ」というのは、「会話や言葉、口ぶり」を意味します。
彼は、「古事のふみ」である「万葉集」や「古事記」を研究してきました。
評論家の小林秀雄は、本居宣長のアプローチを調べるだけではなく、上手に「思い出す」ことであると昭和45年8月9日に長崎県雲仙で行われた講演で語っています。歴史を知るというのは、「古への手ぶり身振りや会話」に思いをはせる、想像上の経験が歴史を学ぶことだとも付け加えています。
この記事を書きながら、同じ時代ではあるものの、違う場所で違うメンバーを推していた方々の体験を知ることで、自分も上手に「思い出す」ことをしようとしているのかな、と思いました。
イタリアの哲学者クローチェも「歴史はすべて現代史」であると書いていました。史料の中だけにあるものは、歴史ではない。現在を生きる自分たちの心の中に生きなければそれは歴史ではない。
古いものは実在しない。だから思い出さなければならない。思い出せば蘇り、自分の中にある。
そして、歴史にを知ることは自分自身を知ることでもあると小林秀雄は語っています。
須田亜香里という一人のアイドルについて、思い出し、自分の中の記憶をたどることで、須田亜香里を選んだ自分を知ることでもあるのかもしれません。すくなくとも、連載の第3回に彼女を選んだ僕は、古くから彼女に対する強い信頼を持ち、彼女のような人についてもっと知りたい、好きになりたいという気持ちがあるのではないか、と思っています。
まだまだ、連載もてくてく歩いていこうと思います。
※以前、須田亜香里さんについて書いたnoteはこちら!
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