MY WINDING ROAD
その夜はミラーボールが回り続けていました。
僕はそのミラーボールに照らされた女性をスマホの画面越しに見ていました。白い壁に掛けられた電子時計の文字には、オレンジ色で21:55と表示されています。
彼女はメイド服を着ています。そして、彼女は泣いていました。
そして、それを観ている僕も泣いていました。
五十嵐早香さん( 以下、彼女のニックネームにちなんで早香先生 )がSKE48を卒業したのは、今年の2月の終わりだった。お別れの場はSKE48劇場ではなく、SHOWROOMでの配信でした。
思えば、彼女はSHOWROOM配信の切り抜き動画で、300万回に迫る再生数を叩き出した人物でもありました。思いもよらないハプニング等で伝説を作り出していく彼女の姿に、当時、笑顔になったり元気をもらったりした人も多ったのではないかと僕は思っています。時には運営の方から良くも悪くも配信をマークされているのでは、と心配になることもありましたが、配信と何かと縁が深いSKE48人生の早香先生でした。
僕が彼女に惹かれた大きな要因として、彼女の創造力や発想力があります。彼女がSKE48の公式サイトで書いていたブログです。
長編の文章を書く体力があり、時には食事という行為を豊かにし、時には大切な人との別れの情景を美しく描きました。
ただ、これは全て「文章」という発信者のコントロール性の高い場所の中ででした。配信という編集不可能な、深く潜る力より反射神経が問われるような空間ではどうでしょう?
結論から書くと、彼女はこちらでも持ち前の頭の回転の早さとウィットが香る企画やコメントで、毎回配信というばに笑いや驚きを生み出していました。
そんな彼女がSKE48を卒業してしまいました。
その時の悲しい気持ちは未だに忘れられません。
でも、グループで活動するよりもソロの方が活動しやすいのであれば、受け入れて応援していきたいと思いました。
何より、自分のこれまでの推しメンで卒業してからも応援したいと思ったのは彼女が初めてでした。活動期間が短かったというのもあるかも知れませんが、まだまだ先が見たいと思わせてくれる存在でした。
3月1日から彼女はフリーターになりました。
ラーメン屋さんと焼き肉屋さんでアルバイトをしながら、時々東京で撮影会をしたりお手伝いをしたり、という感じです。
事務所に入っているのかなあ、と思いつつも、どこの事務所というのが明かされていないので、フリーターと表記しておきます。
僕らは彼女のSNSであるTwitterやInstagramの投稿、そして、時々行われるSHOWROOM配信を楽しむという穏やかな日々を過ごしていました。
それはSKE48の時のような「選抜」、「売上」というヒリヒリした言葉と離れた時間だったと思います。
緩やかに早香先生のソロアイドル人生は進んでいるんだろうなあ、と僕は昼下がりの猫のような顔でスマホの画面を眺めていました。
しかし、2022年4月18日。
早香先生がある発信をします。
SHOWROOM配信のポイントによって、「壺芋ブリュレ」のアンバサダーに選ばれるそうで、渋谷109のビジョンにアンバサダーの姿が映されるそうです。
この発信を見た時に、何か足が少しだけ浮き上がるような期待を感じました。
そして、気づいたら、noteを書いていました。
自分の推しメンのことになると心が動くのか、普段ブログを書く時のような構造や説得力を意識したものではなく、感情を先行させた記事になりました。
ちょっと不安でしたが、ありがたいことこの記事は芸人漫画「相方、恋人」の作者の方にも読んでいただけました。
話を戻すとこちらのイベントは、決して簡単なものではありません。
なぜならプロのアイドルさんたちも参戦しているからです。
SUPER☆GIRLSの金澤有希さんや、東京女子流の庄司芽生さんもいます。
お二人ともアイドルとしてのキャリアは早香先生よりも遥に長い方々でした。
早香先生は、イベント開始からトップ戦線を走り続けます。
時には東京へお仕事に行った合間に配信もしました。
早香先生の配信に毎日のように通っていると、徐々に常連の方の名前を憶えていきます。また、「ファンルーム」という機能がSHOWROOMにはあります。ざっくり書くとフォローしているルームのファンの方々が集える、掲示板のようなものがあるんですね。
こちらで皆さん挨拶を交わしたり、次の配信に合わせた星集めのタイミングを話し合ったりするのも「みんなで頑張ってる」感があって良かったです。
この感じ、かつて48グループであった選抜総選挙と似ている気がしました。僕はメンバーの選挙対策委員会に所属したことはないんですが、この速報値や相手の動きを意識しながら戦っていく感じは、どこか懐かしさを僕は感じました。
ただ、総選挙と違うのは、ネガティブな感情が少なかったところだと思います。
これは、一重に早香先生の配信スタイルによるものだと思います。
決して課金をあおらずに一人一人のギフトに感謝し、カウントを完了した方は褒めていく。
これっていわゆるウェルビーイングってやつじゃないのか、と僕は感じていました。あなたが居てくれることが私の幸せである、そして、自分がいることもコミュニティの幸せの一部である、という状態ですね。
初見で配信に来た方々にも挨拶をしつつ、常連さんたちへの感謝も忘れない、そんなスタイルは、どうしてもマンネリが生まれそうなイベント配信でも毎日、3枠ずつ楽しむことが出来ました。
中でも配信中にミラーボールのギフトを投げた時に、画面がミラーボールの照明になる演出が印象的でしてね。配信者の頭上にミラーボールの照明が回り、観客側が一瞬暗くなる演出が起こります。この時、早香先生は「ミラーボールありがとう!」と言いながら、頭上で手と手を合わせて右左にシェイクするミラーボールの舞をします。これは、早香先生がSKE48時代の暗黙の了解的な動きだったのではないか、と思います。
1回のギフトで数秒間ミラボール演出が起こりますが、連続して10回までミラーボールがギフティングされると、長時間ミラーボールが回り続けることになります。
イベント中に何度ミラーボールが回ったことでしょう?
僕もミラーボールのギフトを投げた気がします。
さて、徐々にイベント最終日が近づいてきました。
僕はすっかり生活の中心が早香先生の配信になっていました。
出来るだけ、SHOWROOMに遊びに来る方が増えるようにSNSの発信も増やしました。なるべく楽しさを前面に出して。
嬉しいことにフォロワーの方々の中で来てくださった方もいました。
少しだけでも早香先生に貢献できているのかな、と思いました。
そして、徐々に差を縮めては引き離され、追い抜いては抜かれてという繰り返しでした。
でも、そんな精神的にぐったり来そうな毎日でも、早香先生の明るさにはかなり助けられました。近頃、時間がある時に観に行く平野百菜さんの配信の多幸福感にも似ていました( ヨッシーボーリングとか思いつくのは、彼女ぐらいじゃないでしょうか? その発想力に遊びに行く度に感心させられます )。それから、彼女の同期だった澤田奏音さんのご家族ぐるみでの応援も本当にありがたかったです。ちゃんと今でも早香先生との関係を大事にしてくれているんだな、と感じました。
そういえば、早香先生の作詞、奏音ちゃんの作曲で素敵な曲がありましたね。まさに、海に出ていく状況なんだと思います。
それから、早香先生ファンの方の中には、かなり分析が強い方々がいらっしゃって、数字で僕らの勢いをファンルームで説明してくださるのは、とても心強かったです。めちゃくちゃSNSで発信する時の参考にさせていただいました。
ちなみに、僕は最終日の朝に早めに今自分のお小遣いで出せる範囲のギフトを投げておきました。くそう、紙の雑誌の出版さえなければ、と思いつつも五十嵐早香さんの活躍するメディアを作りたいという思いがあったから準備を始めたことなので、こっちはこっちできちんと守って彼女にオファーできるように頑張りたいと思います。
話を戻しましょう。
最終日は3枠。
そのうち、2枠が終わった時点で、彼女の方がリードした状態でした。
配信が始まった瞬間、皆さんの星が飛び交います。
いきなりタワー級( 1万円~2万円 )のギフトを投げるファンの方もいました。早香先生も一つでも多くの方のコメントやギフトを読もうと「ありがとう!」の声を元気よくかけていきます。
ちなみに、彼女が着ていたメイド服の胸元のテープがはがれそうになって、「まさか、最終日でBANになって伝説になるんじゃ…」と心配していたのもこっそり書いておきます。
最終配信中、僕は何度もライバルのSUPER☆GIRLSの金澤さんのルームも観に行きました。不気味なぐらい動きは鈍かったです。
21時40分が近づいてきた頃、急に金澤さんサイドの数字が伸びてきました。あっという間に1位を奪還され、30万以上の差をつけられました。
でも、こちらも負けてられません。
沢山のギフトが投げられます。
僕もちょっとだけ予算をオーバーして彼女の支援をしました。
ここで負けるわけにはいかない、そんな思いからでもありますし、みんながかけたお金も時間も無駄にしたくない、そう考えたからです。
時間はどんどん過ぎていきます。
なんとか差が縮まり始めます。
向こうもタワー級をどんどん投げてきます。
やがて、21時50分になった頃でしょうか。
すさまじい数の虹ギフトの雨が降りました。
それは、少し遅れた春の嵐のようで、一瞬だけでしたがとても美しい景色でした。
止まらない流れ星やタワー級のギフト。
見覚えのある名前のアバターたち、きっとSKE48の他のメンバーのファンの方たちだと思います。
僕の目には涙が浮かんできていました。
「無駄じゃなかったじゃん…。早香先生のSKE時代。ちゃんと色んな人の心に早香先生はまだいるじゃん…。全部、無駄じゃなかったよ…」
どんどん飛んでくるギフトたち。
狂い咲く桜のように、それはすぐに咲いて散っていきます。
気づけば画面の中の早香先生も泣いていました。
「ありがとう…」という言葉が何度も涙でつまります。
ミラーボールのギフトがまとめて投げられました。
21時55分。
差はまだ少しだけ残っていました。
それでも星が止まることはありません。
頼む、勝たせてくれ。頼むよ。
そう願いながら、22時を迎えました。
終わった。
早香先生も「ありがとうね…」と何度も繰り返していました。
多分、僕らは負けた。
ミラーボールだけがまだ回り続けていました。
翌日、イベントの結果が出る12時前、SUPER☆GIRLSの金澤さんからこんなリプが早香先生のところに来ました。
読んだ時、ああ、この人にも僕の知らない物語がこの数日間あったんだな、と気づきました。
いや、よく考えれば彼女が歩んできたアイドル人生は、早香先生よりもずっと長いはずです。きっといくつもの物語を超えて今があるんだと思います。
12時。
金澤さんの勝利が確定しました。
今回のイベントで残念ながら早香先生はチャンスを掴むことが出来ませんでした。短期間で脅威的な数字を叩き出しながらも。
でも、初めて多くのファンを巻き込んで大きな物語を一つ手に入れたのではないか、と僕は思っています。それはどれだけ時間や大金を積んでもみんなが手に入れられるものかというと、難しいものです。
今回、負けたという経験が、いつかまた生きる時が来る。
非日常の時間が終わって、また僕らは日常に戻ります。
あの夜見た虹も星も涙も、ミラーボールの光も、僕はずっと忘れないと思います。
こんな大変なご時世なので、無理をなさらずに、何か発見や心を動かしたものがあった時、良ければサポートをお願いします。励みになります。