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「明日の勝者」
※48グループでときどきある「残酷ショー」なんて大嫌い!という方にはおすすめしない内容です。かわいい子猫のショート動画を観に行くことをおすすめします。
ギリギリの場所に魅入られて
坂口安吾はお好きでしょうか?
「続戦争と一人の女」という作品があります。
僕は坂口安吾の作品の中では、かなり好きな一作です。
この作品は、大学の時に一度読んでいましたが、大好きな批評家の方が著作の中で引用してから、かなり、解像度が上がった作品です。
ちなみに、この作品、単独で読んでもこの作品が持つ本質はきちんと捉えられると思います。
戦争のむごさや辛さを描いフィクションは沢山あります。
安吾自身も戦争を体験しています。
しかし、安吾はあえて、戦争で町が燃える様子を女の目線から「美しい」と描きます。
私は昔から天国へ行きたいなどゝ考へたゝめしがなかつた。けれども、地獄で、こんなにうつとりしようなどゝ、私は夢にすら考へてゐなかつた。私たち二人のまはりをとつぷりつゝんだ火の海は、今までに見たどの火よりも切なさと激しさにいつぱいだつた。私はとめどなく涙が流れた。涙のために息がつまり、私はむせび、それがきれぎれの私の嬉しさの叫びであつた。
このことについて、戦争の混乱で女性の何かがおかしくなっている、と読むことが出来るかも知れませんが、前後を読むと、戦争というものが一つのリセットであり、しかも、公も個もリセットする何かを感じていたのではと読み取れる内容でした。内面の負の感情すらも消していってくれるところも。
ですが、彼女の願望とは逆に、戦争は終わってしまいます。
その時の心情を安吾は次のような文章で語らせます。
「戦争も、夢のやうだつたわね」
私は呟やかずにゐられなかつた。みんな夢かも知れないが、戦争は特別あやしい見足りない取り返しのつかない夢だつた。
「君の恋人が死んだのさ」
野村は私の心を見ぬいてゐた。これからは又、平凡な、夜と昼とわかれ、ねる時間と、食べる時間と、それ/″\きまつた退屈な平和な日々がくるのだと思ふと、私はむしろ戦争のさなかになぜ死なゝかつたのだらうと呪はずにゐられなかつた。
戦争という自分の命が無くなるかも知れない究極の「非日常」と、これから退屈な「日常」が続く平和な日々。大前提として、戦争は良くないですし、絶対に起こってほしくないですし、戦争も良いとこあったよね、という話ではありません。でも、虚構というものを使って人間の本質の一つを描くことに成功した作品だと僕は思っています。現代で発表したら、脊髄反射的にSNSを使う人たちに炎上させれていることでしょう(その炎はきっと美しくないのでは、と思います)
この作品は、僕の好きな批評家の方の言葉を借りるなら、「世界が燃えるところが見たいという欲望」を見事に描いた作品だと思います。
これって、すんごく48グループを見ている自分にもあてはまるな、と思いましてね。
勝者と敗者の物語しかいないのか?
最近、ネットフリックスで配信しているtimeleszのオーディション番組にハマっています。オーディションなので、番組が進むごとに落ちる人と残る人が自然と生まれます。オーディションに残るために、ダンス未経験者や歌唱の訓練を受けていない候補者たちは、死ぬ気で練習します。
その中で、何度もギリギリの状況で人が成長するところを見て、心を動かされます。しかし、当然ですが、候補者たちへの負荷も大きくて、数日で曲を完璧に覚えなければいけません。そして、もっと残酷な現実として、今、timeleszのバックダンサーでやっている方々は彼らが必死で数日かけて覚えるものを数時間で覚えます。デビューした後のことを考えると、ここで乗り越えるしかありません。
候補者たちは数人のチームとなり、楽曲を発表するために協力します。
ダンス未経験で教えられていた側が残り、ダンス経験者で教えていた側が落ちるということもあります。こういった残酷ですが、美しい物語に僕は涙します。
もし、この番組がオーディションの過程を抜いて、いきなり新メンバーがtimeleszの3人と加入してからの日々を追ったドキュメンタリーだとしたらどうだったでしょう?
僕が涙した物語を知ることはなかったでしょう。
厳しい状況でそれを乗り越える人、もっというならば、持っている人に持たざる人が戦う物語に惹かれる自分がいます。その姿に希望や力をもらいます。
先日、SKE48の新チーム発表がありました。
発表前から「組閣」という言葉に拒絶反応を示すファンの方や「残酷ショーは観たくない」という方もいらっしゃいました。
僕はどうかというと、どうしょうもない欲望が渦巻いていました。
早くこのイベントで起こる「物語」がみたい。
きっとそこには、坂口安吾の表現を借りれば、「切なさと激しさ」があると期待していました。
そこには明日の勝者がいた
そして、迎えた1月1日。
チーム分けが行われ、仲が良かったメンバー同士が離れ離れになったり、メンバーのほとんどが、せっかくオリメンとして曲がもらえたのにもうその曲が歌えなくなったり、と悲しいことが沢山ありました。
この夜、一番心を動かされたのが、12期研究生の柿元礼愛さんです。
昇格できなかった悔しさで動けなくなった彼女。
最後の記念撮影では、新しいチームSのキャプテンである相川暖花さんに支えられながら移動しているところで配信が切れました。
僕はこの時の彼女の背中に心を動かされてました。
もともと彼女の生誕祭について記事を書いた日から気になっていたんですが、今回のイベントで、彼女の「続き」がみたいと思うようになりました。1月1日の時点では、選ばれなかった側の人間だった彼女が、今年の終わりにどうなっているのか。めちゃくちゃ2025年のSKE48が楽しみになりました。
いや、SKE48の歴史って、その時点での「敗者」が長い目で見ると「勝者」になることってあると思うんですよね。かつての古畑奈和ちゃんの755戦争しかり、苦渋をなめ続けてきたかおたんの快進撃しかり、だーすーの総選挙での大復活しかり。
僕の勝手な見方ですが、SKE48ファンって、多分、一回負けてから立ち上がる人の姿に心を動かされる方が多いのではないかと思います。そこで切らずに付き合い続ける優しさがあるような(繰り返します僕の勝手な見方です)。
柿元さんは、この夜の出来事を当日の夜の配信で「悪目立ちしてたよな」とつぶやきつつも、こんな風に語っています。
「先輩とかもみんな来てくれて。
だから、ほののさんもずっと一緒におってくれて。
配信が終わった後も、ほんまにみんな先輩たち、ずっと一緒におってくれて。
れおなさんも。
だから、先輩たちが来てくれたのも嬉しかったし、なんか礼愛のファンじゃない人もなんか言ってくれたり、慰めてくれたり。
なんか、頑張りを見てくれるっていう風に聞いてたから、今日まで。
大人の人から。
まあ、みんな頑張ってるし、礼愛も頑張ってるけど。
なんやろ。ちょっと違うかったんかなあ、みたいな感じですかね」
このあと、何度か自分の頑張りと周りがその頑張りをどう評価するか(どう見えているのか)、ということについて言及していました。
そして「こんな気持ちは同期の誰にも味わってほしくないので、だから、そうやなあ、もう次の機会があれば誰かが残って、みんな頑張ってるから。アンダーとか関係なく。次は、なんだろうな。こんな思いは誰にもしてほしくないので。みんなで頑張ります。この気持ちは礼愛だけではないので」と同じく昇格できなかった同期のこともきちんと考えます。
そして、SKE48でこの悔しさを感じられたことについて語ります。
「同じ人生の中で、みんなも悔しいこととかあると思うんですけど。
なんか、悔しい、この悔しい思いをするときが、SKEでこの悔しい思いが出来て良かったです。
他のところじゃ…、たとえば、社会人で会社でこんな思いをするなら、会社を辞めます(笑)。
けど、SKEで先輩も(いて?)…社会人だったら会社辞めてたけど、こんな同じ思いをするなら。
けど先輩も、こんな素敵な先輩が居て。
なんやろ、『もうさいあくー!』って気持ちもあるのに。
『ああ、SKEで良かった』と思うのがホンマにもうなんかいやや(笑)。
絶対悔しい思いやのに、良かったって思っちゃうのが、ああ、良かった。
良かったのか悪かったのか分からないですけど。
みんなに申し訳ない気持ちでいっぱいですけど。
でも、先輩が本当に、もう本当に先輩も優しくて。
SKEのファンの人も礼愛のファンの人はもちろん、礼愛のこと知らないような、SKEのファンの人も、ニックネームぐらいしか知らない人も。
嬉しいですよね、そういうのが。
れおなさんもずっと一緒に居てくれて。
真木子さんも声かけてくれて。
茉椰さんなんて、なんか『かきれながこの気持ちを思い出さないように、楽しませてあげるから』みたいな言ってくれて。
(中略)
実代さんも『かきれなが泣いてるの見て、泣けてきてた』って言って一緒に二人で裏で号泣して(笑)。
良かったです。SKEで。
この同じ思いをするならここで良かった。
こんな思いはもうしたくないですけど(笑)」
もうね、辛い人がいたら寄り添うSKE48の姿勢。変わらず受け継がれてるなあ、と思いましてね。他にもあやめろやおーちゃん(多分、おーちゃんがLINEをくれたって言ってたと思いますが、自信がないので上から省きました)が寄り添ってくれたことについても言及していました。寄り添った先輩たちが、それぞれかきれなの悔しさを知っている人たち、「傷が似ている」人たちなんだと僕は思います。だからこそ、その痛みが分かるというか。
僕は今年、柿本礼愛がどう動くかが凄く楽しみです。
多分、今回の昇格なしは、次の昇格した時の喜びへの大きなタメが出来たと思います。
48の世界で「残酷ショー」と呼ばれるようなイベントをすることに関して、賛否はあると思います。喜びをファンと共有できるという良さもあれば、悲しみもそのまま味わうことになります。かきれな自身も今回の辛さについて言及していました。普通の社会人だったら辞めていたと。
でも、僕はただ単にHPなどで味気なく発表するより、この形式の方が悲しいけれど、メンバーへの負荷は大きいけれど良いと思います。
次への物語も生まれやすくなると思います。
こういう物語が生まれる残酷なイベントを渇望する僕は、ひょっとすると、「イカゲーム2」のイ・ビョンホンのような最悪の観客かも知れません。それでも、悲しみを乗り越えて成長していく決意をした彼女の姿から目を逸らせません。
いつか、かきれなも先輩たちのように、誰かの悲しみに寄り添う日がきっとくるのでは、と思います。きっとそういうところが、SKE48で受け継がれてきた良いところだと思います。
かきれなの心の中に灯った再起への炎。
その炎は、彼女を包んだ1月1日の業火よりも、今は小さくても「切なさと激しさ」が宿った美しい炎になると信じています。
今年、彼女が魅せる物語が、見る人たちの日々に力を与える光になることを願いながらこの記事を終えます。
※柿元さんについて書いた記事はこちら。
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