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「アルタイル」が浮かび上がらせるもの



「我」を消して何かと溶け合う

 森博嗣の小説の中で「マインド・クァンチャ」という小説があります。

「ヴォイドシェイパ」という時代小説のシリーズの完結編なのですが、そこまでシリーズにこだわらせない書き方で、別にこれから読んでいただいても問題ありません。
 昔から日本には「武士道は死ぬことと見つけたり」という「葉隠」の思想がありますが、多くの場合、捨て身になるとか主君のために命を捨てられるというような解釈がされてきました。
 しかし、森博嗣は、「マインド・クァンチャ」で、刀を使うことに集中していくことで、「我」が「死ぬ」状態、『忘我』とでも言い換えれば良いでしょうか、刀と自分の境界が消えていくことこそが、「葉隠」的思想の極意ではないかということを提示します( あくまで僕の読み方なので、あしからず )。
 この「我」を「死ぬ」状態に持って行って、何かを立ち上がらせることって、なかなか難しいと思います。どうしても「我」が出てしまう。あるいは観客が「我」を見つけてしまう。
 能のように仮面でも付ければいいのかも知れませんが、それでも能の向こうに役者を想像してしまうこともあるでしょう。
 でも、様々な舞台芸術や映像芸術を見ている中で、ふと、「あっ、今、完全に作品の世界に連れていかれていた」という時間があります。演者が誰で監督が誰でとかそういうことを一瞬忘れて、その作品に没入している時間。それは、ひょっとすると、観客だけでなく演者にとって特別な時間かも知れません( 俗に言う『役が降りる』に近いでしょうか? )。


「アルタイル」~SW!CHという美しい楽器~


 
 僕は最近、そんな体験を動画でしました。
 えっ、映画館とか劇場じゃないのか、と思われたかたもいるかも知れません。
 でも、ステージの上で踊る動画なので、大まかに分類するとライブ映像と言ってもいいかも知れません。
 まずは、観てみましょう。


 いかがだったでしょう?
 踊っているのは、「SW!CH」というグループです。
 僕がこのグループを知ったのは、自主製作している紙の雑誌「かける人」で執筆していただいた方の紹介が、きっかけでした。
 自分が知らないものに新しく触れることは、人によっては抵抗があるかも知れませんが、何事も初心者の時が楽しいと僕は思います。
 知らないことを知っていきながら、徐々に見えなかったものが見えてきます。
 別にアイドルに限らずですが、その作品の背景にある「文脈」を理解することで、解像度が上がる作品があります。今年の映画だと「関心領域」はナチスのホロコーストに関して知っているかいないかで、作品の解像度が全く変わってきます。
 この「アルタイル」という曲に、皆さんはどんな文脈があったでしょうか? 僕はほとんど無い状態でした。ご紹介いただいた時に、Youtubeで「SW!CH」さんの動画をいくつか拝見したレベルでした。あとは、上記の紹介してくださった方のSNSに流れてくる写真を見て、「きれいだなあ」と小学生みたいなことを思うレベルでした。
 なので、丸腰の状態でこの曲と出会ったわけです。

 観終わった感想は、「なんて美しい曲なんだ!」という衝撃でした。意図的に難解な言葉を使おうとせず、かと言ってありふれた言葉でもなく、しかし、それが並ぶことで非常に奥行きのある歌詞の世界が広がっていました。
 夜空に広がる天の川から連想する織姫と彦星の物語、地上で「君」にもう一度会うために一歩踏み出す「僕」。非常に立体感のある歌詞世界だと思いました。ミクロとマクロの対比。また時間的にも「あの時」と「何億光年」というミクロとマクロの対比になっていると思います。
 でも、それ以上に美しいと感じたのは、SW!CHのメンバーさんたちの表現でした。
 お一人お一人のパフォーマンスをされている時の表情やたたずまいは、もちろんのこと、ふと、踊りながら歌詞の世界をビジュアライズ化していく様子を見ながら、僕は思いました。


 まるで、「SW!CH」という巨大な楽器のようじゃないか。


 楽器というと無機質な感じがするかも知れませんが、ピアノが約230本の弦で様々な世界を我々に聴かせてくれるように。トランペットが3つのバルブとロータリーで違う世界に我々を連れていってくれるように。SW!CHの5名の方々の歌と踊りが共鳴し、僕を曲の世界に連れて行ってくれました。

 いやいや、ずっと現実世界にいましたよ、というあなたにちょっと具体的に僕が感じたことを書いていきましょう。
 当たり前のことかも知れませんが、歌詞を歌うことで、曲の物語は進んでいきます。そして、振り付けが曲の世界観を作りこんでいきます。僕はこの振り付けにとても惹かれました。ある時は、まるで、天の川のようになり、ある時は遠く離れた二人を隔てる距離を思う心情のようにもなります。曲の途中で何度も流動的な絵を見ているような気分になりました。
 更に、照明さんの演出が本当に素晴らしくて、最初と最後のシルエットの見せ方に感動しました。そして、このライブ映像の編集をされた方の絶妙な演出がうねりとなって一つの作品として完成したのでは、と思います。

 4分27秒、僕は違う世界を思い浮かべることが出来ました。

それじゃあ、他の曲はどうなのか ~拡張してSW!CHのコンサートはオーケストラ?~


 もしかして、この見方で他の曲も見てみると面白いのでは、と思って違う曲も観ていきました。


 この「I'm Here 4U」は、「アルタイル」よりもメンバーお一人お一人の個性が前に出た表現を感じました。また、間奏部分が凄く曲の世界観を表しているように感じました。
 本当に失礼な話ですが、アイドルさんによっては間奏部分が、ちょっと冗長だな、と感じてしまうこともあるんですが、この曲の時は、ちゃんと歌詞の世界を補完するかのようなダンスと表情で、一番好きな部分になりました。

 更に、動画のサムネも美しいこちらの曲。

 「アルタイル」は振り付けが印象的でしたが、この曲はピアノの連弾のように、声と声が重なり合いつつ前に進む箇所が非常に美しいと思いました。昨日までの自分を肯定する歌詞は、とても胸に響きますし、きっとこのアイドルグループの「文脈」をご存じの方にはまた違った響き方をするのかな、と思いました。
 激しい振り付けではないのですが、心地よい揺れは、振り子の揺れのようで、今は落ち込んでいてもその対極には喜びが待っていることを連想させます。大サビのラストで一歩前に踏み出すところが本当に良いですね。更にその後の振り付けと照明さんの演出がまた美しくて、SW!CHは最後まで曲の世界から目が話なせない、瞬き無用のアイドルグループだと感じました。

 で、ここまで観た後、Youtubeで「SW!CH」で検索してみると、公式さんやファンの方がアップしたライブの動画が沢山あります。ある時は、リリースイベントで踊る様子が、ある時は野外ステージで踊る様子があります。会場によって広さも違えば、明るさも違います。
 ひょっとして、たまたま公式さんの動画が良かっただけんんじゃないか?
 そんな危惧を抱いて、「アルタイル」の動画を中心に観ていきました。
 結論から書くと、全く関係なかったです。
 メンバー×楽曲×会場×観客という式で、「SW!CH」さんはその音色を変えるんだと感じました。音色を変えつつも本質の部分は変わらず表現していると。

 先ほど、「SW!CH」さんのパフォーマンスを楽器と表現しましたが、これはひょっとしたら、オーケストラなんじゃないかと思い始めました。最近、クラシックを聴き始めた超初心者の見立てなんですが、オーケストラの中心には「弦」楽器があって、音の輪郭を作ります。
 「木管」楽器があって、キラキラとした華やかさを作ります。
 「金管」楽器があって、音楽に迫力を生みます。
 「打」楽器があって、アクセントを生み出します。
 そして、ピアノやサックスのような「編入」楽器が曲によって入ってきて、世界観を広げます。
 同じようにメンバーさんと楽曲、そして、会場と観客の方々が上記の4つの要素を満たしてるのではないかと僕は思います。
 それでは最後の「編入」楽器は何か?
 僕は「文脈」や「メディア」なのかな、とも思いますが、無理に追求せずにあえて空白にさせてください。

新しい欲望~自分の目で確かめたくて~


 長々と書きましたが、久しぶりに奥行があるというか、総合的に楽しめる楽曲に出会えたのでnoteに書いてみました。
 今回はライブ映像中心に書きましたが、MVも凄く良くてですね。

 少しレトロな画質も曲の主人公の「僕」の思い出の一部を持ってきたようで素敵です。

 最後に少しだけ僕のことを書かせてください。
 僕は愛媛県のかなり田舎に住んでいます。
 超在宅とでも申しましょうか。
 しかし、今、ある欲望が生まれています。
 公式動画という編集されて音も良質な「最高の席」ではなく、ファンの方のアップされた動画のような「誰かの目線」でもなく、自分の目線で彼女たちのパフォーマンスを見たら、どんなことが思い浮かぶんだろう、一度見てい観たいという欲求です。
 その欲求が満たされる日が、今年か来年ぐらいに訪れることを、東京から遠く離れた地から願いながらこの記事を終えます。

今夜こそ 伝えなくちゃ
逢い行くんだ

SW!CH「アルタイル」より引用

 

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栄、覚えていてくれ
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