見出し画像

映画「総理の夫」感想(ネタバレあり)

映画「総理の夫」を鑑賞しました。日本初の女性総理大臣になった相馬凛子(中谷美紀)と、それによって日本初の総理の夫となったのほほんとした鳥類学者の相馬日和(田中圭)の夫婦の物語。原田マハさんの同名小説が原作です。

ともすれば、この映画、政治色が強いのかな?と思われがちかもしれませんが、そんなことは全くありません。一言で言えば、夫婦の愛の物語です。あまりにも主人公に共感し、4回見たのですが、初めからほっこりしつつ泣きながら見ました。

1.すみっこの似合う主人公

この作品、原作は夫の日和くんの日記という形式で描かれています。映画は映像なので日記ではありませんが、それでも日和くんがストーリーテラーのような形で物語が進んでいきます。

さて、そんな日和くん。大財閥相馬グローバルの御曹司で善田鳥類研究所に勤める鳥オタクの鳥類学者。何不自由なく好きなことをして育ってきたのほほんとしたお坊ちゃんです。そんな彼が、妻の凛子さんが総理大臣となったことにより、突然表舞台に引っ張り上げられ、訳が分からないまま政治の世界に翻弄されていきます。

映画の冒頭、都心とは思えない豪邸(護国寺という設定)で朝の野鳥の定点観測をしている日和くん。質の良さそうな白いパジャマのまま、「みんな今日も元気だ」とにっこり笑う笑顔の可愛いこと!そして、うきうきと北海道への出張の準備をする姿もまた可愛い。

その後、朝ごはんを作り、凛子さんを起こします。そして出張に出掛ける間際、凛子さんから問いかけられます。「ねえ日和くん。私が総理大臣になったら、なにかあなたに不都合はある?」

そして帰ってきてみたら妻が総理大臣になっていたわけです。車中から凛子さんが指名されるニュースを見ているときの日和くんの表情が何とも言えず…驚きや戸惑いや色々な気持ちが混ざり合っているようで、初回鑑賞時には感情が揺さぶられ涙が。

内閣広報室の富士宮さんから自由な行動は禁じられ、何かあれば叱られる。実家のお母様やお兄さんからは指図されたり連れ回される。勤務している研究所では同僚の皆さまがお祭り騒ぎになっていた。さらにひよラーと呼ばれる追っかけまで登場して。野鳥の定点観測もできる大好きな自宅も総理公邸に引っ越すはめに。

ここまで怒涛の環境の激変ですよね。しかも、自分の意思はほぼ反映されず、周りからどんどん変わっていって巻き込まれてひたすらあたふた。選挙が始まれば、演説する凛子さんや候補者の応援、選挙カーでの応援に駆り出され、端っこでにこにこと見守って。主人公なのに、なぜかちょこっとすみっこぐらしな存在なんです。

このすみっこな存在感を出すのが、我らが田中圭さん抜群に上手い!すみっこで凛子さんや周りの個性豊かな皆さんを見守りながら、台詞にない心情を表情で語ってるんです。言葉にしなくても、目が「えっ?」って言ってたり、何となく腑に落ちないときは「ん?」って顔をしていたり。凛子さんを見つけるとパアッと幸せそうな顔になる。すみっこにいながらも、日和くんの気持ちが手に取るように分かるな、と思い、自然と日和くんの気持ちに共感していました。コメディ的な動きをしているときもあるのですが、あまりに大げさな動きはなくて自然にコミカルで。そこもさすがだなあと思いました。

そんな日和くんのことを大好きなのが鳥類研究所のみなさま。あそこでの可愛がられ方がね、毎回ほっこりしました。

⒉理想の女性

もう一人の主人公、日本初の女性総理大臣となる凛子さんは自ら立ち上げた直進党の党首です。与党を離脱した政界の重鎮原九郎が立ち上げた民進党と連立を組むことで第一党になり、総理大臣となります。自分たちの目指す世界を作るために、真っ直ぐに進んでい姿があまりにもかっこいい。この凛子さんに美紀さんがぴったりとハマっていて、組閣して大階段を降りてくるときの神々しいほどの美しさといったら息を呑むほどでした。選挙戦の演説も、辞任会見も、凛子さんの言葉には説得力があって。こんな政治家がいてくれたらいいのに、と思わせてくれました。

凛子さんは妊娠したことで、母としての自分と総理としての自分の間で揺れ動き、結局総理を辞任します。富士宮さんや日和くんの同僚の伊藤さん…たくさんの女性たちが幸せに生きることができるために頑張ってきた凛子さんが道半ばで辞任することになるのは切ないですが、これが今はこの国のリアルなんでしょうね。大きな理想を遂げることと、周りの大切な人との幸せ、男女関係なく誰でも直面する可能性のある問題ですよね。

凛子さん陣営の皆さまとの信頼関係も素敵でした。私は特に官房長官の小津さんがとても好きでした。いつも優しく凛子さんを支えてくれて、まさに縁の下の力持ち。できる秘書の島崎くん、富士宮さんは、凛子さんファーストすぎて日和くんにはあたりが強い感じ面白かったな(笑)

⒊お互いを信頼し合う夫婦

最初に書きましたが、私にとってこの作品は、夫婦の愛の物語です。

凛子さんの就任初日(日和くんの出張から帰った日)の夜。日和くんに「出張どうだった?」と話しかける凛子さん。パッと目を輝かせた日和くんが、観察日記取りに行って、「今季初めてヒシクイがね…」って、目をキラキラさせながら話すシーン。 凛子さん就任初日でめちゃくちゃ疲れているはずで、よくある展開だと、「疲れてるからその話後で」とか言われちゃいそうなところなんですが。 凛子さんもニコニコしながら、「可愛い」って日和くんの話に耳を傾けていて。こんな特別な日なのに、相馬家の日常が穏やかに流れているのがすごく幸せだな、と思ったし、この二人は、過去も未来もこうやってお互いの夢や仕事を尊重して過ごすのだろうと思わせてくれるシーンでした。

そのときに、「みんな女性女性ってうるさいわよね」という凛子さんに、「俺はそう思わない。凛子が総理大臣になるのは必然だけど、凛子が女性だったのは偶然だ」と言う日和くん。これはなかなか言える言葉じゃないですよね。余計な意識はせずに、ただその人を見る。凛子さんが日和くんを選んだ理由が分かるなと思いました。凛子さんがほっと力を抜いて自然体になれる場所が日和くんの側なんですよね。

劇中、日和くんは何回か凛子さんに「大丈夫、凛子ならできるよ」と言葉をかけます。嘘を言わない日和くんの真っ直ぐな言葉だからこそ、この言葉に凛子さんはずっと勇気づけられてきたのでしょう。その言葉通り、日和くんは全力で凛子さんをサポートします。自分は大好きな出張にも行けなくなり、定点観測もできなくなり、そもそも凛子になかなか会えなくなり。寂しさや不満もあるはずなのに、それは見せずに飲みこんで。

凛子さんが帰宅したら、タスキをかけたまま疲れてうたた寝している日和くんがいて、研究者として生き生きと活動していたときの写真が散らばっている。あのシーンは日和くんの想いが切なくて…。凛子さんもきっと気づいたと思いますが、あそこで特に言及はしないんですよね。そこもあの夫婦らしいな、と思いました。

そんな日和くんだけど、妊娠した凛子さんが切迫流産で倒れた時は、「大丈夫って言ってよ」と凛子さんに言われてもいつものように答えてあげることができません。凛子の夢は全力で応援したい、でも、凛子のことが何より大切だから無理をしてほしくない。日和くんの迷いと苦しさが分かるし、きっと凛子さんにもその気持ちは分かっていて。あのシーンは見ていて辛かったです。

そして、辞任会見に乗り込んだ日和くんの演説シーン。今まで想いをほとんど言葉にしてこなかった日和くんが、凛子さんの決断を全力で応援すると想いをぶつけるシーン。愛が溢れていて本当に素敵なシーンでした。

映画のラストシーン、時は流れて、凛子さんと日和くんは二人で可愛い女の子を育てています。日和くんは出張の準備の真っ最中。そして、出張に出掛ける間際、凛子さんから問いかけられます。「ねえ日和くん。私がまた総理大臣になったら、あなたに何か不都合はある?」ここで冒頭と見事にリンクして終わります。この問いかけに答える日和くんの笑顔がもうね、最高に幸せそうで。凛子さんの一番の応援団はやっぱり日和くんなんですよね。

この二人、一回も仲違いしなかったんです。相手を責めるシーンが一つもなかった。日和くんはちょっと気持ちを飲み込んで止めてるとこもあったかもですが、基本的にお互いをすごく尊重していた。 圧倒的な味方がいるって強くなれますよね。こういうところが、政治と夫婦の日常とバランスのよさが絶妙だな、と思ったところでした。

4.とにかく素敵なお母様

女帝と言われる、日和くんのお母様、相馬崇子さん。彼女が出てくると壮大な音楽がかかるんですけど、それがぴったりすぎて毎回ふふっとなっていました。崇子さん、日和くんに対して厳しいことも言うのですが、その内容がとても日和くんや凛子さんへの愛に溢れているんです。これからは政治に関心をもて、って言うのも最もだし、選挙が終わるまで相馬家に来るなっていうのも、よけいな詮索をされないためで、決して日和くんを遠ざけようとしているわけじゃない。最初から言っていることが全くブレがなく、正しさに裏打ちされた優しさが素晴らしい女性でした。

その真意を全く読み取れないところが、日和くんの日和くんたる所以なんですけど(笑)最後の崇子さんの日和くんの背中を強く押す一言が最高でした。余貴美子さんがまさに崇子さんで。本当に素晴らしかったです。

5.国のトップになったら…

一つ疑問に思ったことがありまして。今回で言えば総理大臣とその夫ですが、そもそも国のトップと配偶者はなぜ常にセットでなければいけないのか、ということです。もちろんこれは日本だけでなく世界がそうなんだと思いますが。私だったら、総理の旦那さんや奥さんが全く別の仕事で生き生きと活躍していたら素晴らしいなって感じるのにな、と思いました。夫が10日間出張に行って、不仲説が出るかもって本当に意味が分からないです。ジェンダーの問題に加え、こういうところから夫婦の職の問題はとても根深いんだな、と感じました。

人が人を想う気持ち、相手の幸せを願う気持ち、相手の夢を応援する気持ち、いろいろな優しさが詰まった映画だと思います。公開はほぼ終わってしまっていますが、配信開始したらぜひ多くの方に見てほしいなと思います。