見出し画像

【小説】地球の孤児たち - ひいろ【青春小説】

あらすじ

「僕さ、宇宙人に会いたいんだよね」 もし地球の外にある広大な宇宙に誰もいなかったとしたら───。孤独に怯える大学生が、友だちと一緒に星が流れる夜空を見上げる。

本編

 まだまだ暑さが残る八月の午後七時、僕はコンビニで買ったアルコール度数の低い缶チューハイ数本とビーフジャーキーが入ったビニール袋をガサガサと鳴らしながら友人の家へ向かっていた。

 今夜はペルセウス座流星群が極大を迎えるらしい。朝のニュース番組では流星群が見られるのを楽しみにしている人達のインタビューが何度も流されていた。かくいう僕と友人、夜野七星やのななせくんが今夜会う約束をしたのも、そのペルセウス座流星群を見るためである。星空を見ながら酒でも飲もうという計画だ。

 夜野くんとは同じ高校の天文部に所属していた。あの学校は天体観測をするための設備が整っていたこともあり天文部は学校を代表するほど有名で、毎年新入部員が二十名は現れるような大所帯であった。

 ただ空を眺めるのが好きだっただけの僕は星や宇宙に魅せられいつも何かを熱く語り合っている部員たちを見る度に居心地の悪さを覚えていたが、同じように部員の輪に入ろうとしない同学年の生徒を見つけて仲良くなった。

 それが夜野七星くんである。彼も空を眺めるのが趣味なだけで知識や興味はないらしく、それ以来部活の時間は熱量が低い同士でよく一緒に過ごしていたのだ。しかし学校で同じクラスになることは一度もなかったので、部活の時だけ会って話すような友だちだった。

 高校卒業後は別々の大学に進学することが決まっていた為そこで縁が切れるかと思われたが、意外なことに大学二年生になった現在も交流は続いている。大学に入学して一ヶ月が経った頃、交換したことすら忘れていたメッセージアプリに夜野くんから連絡が来たのだ。高校生の時から優しく顔立ちも整っているのに何故か遠巻きにされていた夜野くんは、大学でも何故か友だちができなかったらしい。

 かつて彼が「人と話すのが苦手で暇つぶしに空を見ていたらそれが趣味になった」と話していたことを思い出して小中もそうだったのかなと思いを馳せた。とはいえ僕も友人はほとんどおらず大学に入学してからは一日中声を発さないことも珍しくない生活をしていたので、夜野くんからメッセージが来たときは驚喜したものだ。それから僕たちは数日に一回メッセージのやり取りをするようになった。

 今日の天体観測は夜野くんが誘ってくれたものだ。一人暮らしをしているから俺の家でよければ、と家にまで招待された。久しぶりに唯一とも言える友だちに会えるのが楽しみな反面、初めて友だちの家に上がり初めて家族以外の前で飲酒する緊張もあり昨夜からずっと気もそぞろである。

 ようやく着いた綺麗なマンションを前に夜野くんへもうすぐ着く旨のメッセージを送り、脳内で部屋番号を反芻しながら敷地に足を踏み入れる。すぐにたどり着いた夜野くんの家の扉の前で十数秒躊躇い、恐る恐るインターホンに手を伸ばした。
「あ、天沢北斗あまさわほくとです。えっと…」
 瞬間扉が開く。
「天沢、久しぶり。暑かっただろ。買い出しもありがとう」
「いや、大丈夫。夜野くんこそ夕飯作ってくれてありがとう」

 約一年半振りに会った夜野くんはあまり変わっていないように見えた。やはり端正な顔立ちをしているなとしみじみ思いながらお邪魔し、缶チューハイを冷蔵庫に入れてもらう。生活感のあるキッチンや整頓された部屋を見て生活力の違いを悟り感心する。メッセージでは料理も掃除もできないと言っていたのに。

 流星群がピークを迎える時間になるまで、夜野くんお手製の絶品夏野菜カレーをいただきながら高校の思い出話や大学生活の話に花を咲かせた。高校時代の夜野くんは口数が少なく表情もあまり変わらない印象だったが、少しずつ酒が入っていったのも手伝って今日は饒舌になり笑ってくれる回数も増えているような気がする。つられて僕の頬も緩んだ。

 午後十時を過ぎた頃、そろそろ流星群が見えるのではないかと夜野くんが立ち上がり部屋の窓を開けた。途端に生ぬるい風が吹き込んでくる。照明を常夜灯モードにすると月明かりが部屋に差し込んだ。幸いなことに雲ひとつなく、満天とは行かないまでも綺麗な星空が広がっている。

「流れ星見えるかな」
「どうだろうな。一つでも見えたらいいけど」
 グラスに口を付けながら空を眺める。会話はなくなり部屋が心地よい静寂に包まれた。そして五分か十分か経ったとき、一筋の星が輝く。
「あ」
「え、流れた?」
「一つ流れた」
「俺見えなかった」
 優越感からふんと鼻を鳴らし、そのままにチューハイを流し込む。僕は視力だけなら夜野くんに勝てるのだ。

「高校の時から思ってたけど、天沢って流れ星見るの好きだよな」
「そうだね」
「なんで?」
 その話は、誰にもしたことがない僕の唯一の秘密みたいなものだった。高校時代にも夜野くんに似たようなことを聞かれ、笑われるかもしれないからとはぐらかした記憶がある。しかし、今なら話してもいいかと酒の勢いに任せて口を開いた。
「どさくさに紛れてUFOとかも流れてそうだから」

 再び静寂に包まれる。夜野くんの方に視線をやると「どういう意味だ」と顔に書いてあり、思わず僕は吹き出した。するとムッとした顔をされ、更に笑いが漏れる。
「僕さ、宇宙人に会いたいんだよね」

 小学一年生の頃、僕は宇宙をテーマにした子供向けの絵本を読んだ。内容はもうほとんど覚えていないが、あの本は幼い僕の心に大きな影を落としたのだ。

 宇宙は百三十八億光年よりももっと広いと言われている。一光年は約九兆五千億キロメートル。ちなみに地球の直径は約一万三千キロメートル。加えて、百三十七億光年という数字は現在人類が地球から観測可能な範囲というだけである。つまり宇宙は、到底想像に及ばない程広大であるらしい。その上、今も膨張し続けていると言われている。

 そして宇宙の話がなされる時、必ずと言っていいほど宇宙人は存在するのかという問題が話題に挙がる。太陽系が入っている銀河系の中だけでも約千兆個の星があると考えると、バクテリアや微生物であればどこかにいるのであろう。しかし人間と同レベルの知能や文明を持つ生命体は存在するのか。UFOのようなものは世界中で目撃されるが未だに宇宙人が存在する明確な証拠は見つからず、宇宙学者の間でも議論が続いている。

 宇宙の規模から考えると人間なんてものはひどく小さな存在であるという事実は幼い僕の胸に深く突き刺さった。寝付きの良さが取り柄であったのに、初めてその本を読んだ夜は布団に潜り込んでもずっと目が冴えてしまったほど。

 広い広い宇宙の中の小さな小さな地球にしか人間がいないのかもしれないと考えるとゾッとして頬を涙が滑り落ちる。それ以来、僕は寝る前に窓から夜空を眺めるのが日課になった。毎日宇宙人が来ることを期待していた。

「だから、宇宙人に会って安心したいんだ。地球の外にも誰かいるって」
 年を重ねるにつれて過敏とも言えるほどの恐怖心は鳴りを潜めていったが、今でも空を眺める日課はなくなっていない。宇宙人がいたとして、彼らはどんな姿をしているのか、友好的なのか攻撃的なのか、何ひとつ想像はつかない。それでも、人間が広大な宇宙の中で他に類のない孤独な存在などではないということを確認したいのだ。

「ベラベラ喋っちゃってごめん。まあそういうわけで僕は流星群を見ながらどれかUFOだったりしないかなって考えるのが好きなんだよ」
「じゃあ、俺が宇宙人だったら良かったのにな」
「………え? 実は結構酔ってたりする?」
「全然酔ってないよ。俺が宇宙人だったら天沢は寂しくなったかもしれないのになって思っただけ」

 ずっと黙って話を聞いていた夜野くんは、いつもよりも赤くなった顔でそう言った。もしも夜野くんが宇宙人だったのならと想像してみる。きっと僕は喜んだだろう。声をあげて飛び跳ねたかもしれない。

 しかし、子供っぽい僕の話を笑わず真剣に聞いた上で、自分が宇宙人だったらなんて考えてくれるような地球生まれ地球育ちの友だちがいる今以上に喜ぶことは絶対にないと確信した。涙がグッと込み上げてきて、油断したらこぼれ落ちそうだ。

「いや、夜野くんが宇宙人だったら地球の友だちがいなくなるから夜野くんは地球人でお願いします」
 顔を伏せて照れ隠し半分でそう言うと、夜野くんは可哀想にと笑ってグラスを傾けた。僕も笑ってグラスを傾ける。幼い頃から孤独に怯えていた僕に手を伸ばしてくれるこんなにも優しい友だちがいるのなら、寂しいなんて口が裂けても言えはしない。

 その後もポツポツと話しながら一緒に夜空を眺めていた。流れ星を三つ数えたところまでは覚えているが、その後どうやら僕はテーブルに伏せって寝落ちしたらしい。目を覚ますとすっかり朝日が昇っていた。慌てて飛び起きると、目の前で夜野くんも机に伏せた状態で寝落ちていた。朝日を浴びた寝顔はいっそ腹が立つほど美しい。

 なんで彼に恋人どころか友だちすらもできないのか甚だ疑問に思う。グラスをシンクに運んでゴミを捨てさせてもらい、テーブルの上が大方片付いた頃に夜野くんは目を覚ました。誘ってくれてありがとう、楽しかったと伝えて彼の家からお暇する。彼はまた遊ぼうと笑って見送ってくれた。

 宇宙人が存在するという証拠はまだ見つかっていない。僕が生きている間に見つかるのかもわからないし、そもそも存在していないのかもしれない。今でも宇宙人に会いたい思いは変わらないが、きっと宇宙人がいなくても僕たちは孤独じゃないのだ。

 地球には八十億の人間がいて、家族や友だちなどの繋がりを持つことができる。大学生になっても連絡をくれて一緒に流星群を見ようと誘ってくれた彼を、今度は僕から遊びに誘ってみよう。

 軽い足取りで帰路につく僕の頭上を、小さな星が一筋流れた。


あとがき

作者の初作になります。お手柔らかによろしくお願いいたします。

サークル・オベリニカ|読後にスキを。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?