映画『原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち』監督日記:127 10月の農場とバリアフリー版づくり
2023/10/26 快晴 The Rolling Stonesの新譜・Hackny Diamondsにノせられながら東北自動車道を走る。自分は窓を少し開けて走るのが好きなので栃木県の山間に入って以降はキンモクセイがよく香る。が、養鶏場や肥料の匂いが強烈な所もあるのはご愛嬌だ。
2ヶ月ぶりの二本松の農場。この日は5月にソーラーシェアリングの元にやって来たホルスタインのピピくんとポポくんがいよいよ出荷される。7月に来た時よりも、8月に来た時よりも牛くんたちは人に慣れていて2ヶ月ぶりに会った自分のことを憶えてくれている様子。ファインダー越しだと観察眼が鋭くなるので益々そう見える。たった4回しか会っていない自分ですら情を感じるので、5ヶ月間毎日世話をしてきた塚田農場長と菅野さんは出荷する今日をどう思っているのか。
しかし、近藤さんも塚田さんも菅野さんも初めて体験する牛の出荷、感傷に浸る余裕はない。放し飼いで育てた牛を無事にトラックに積み込めるのか、緊張感が漂う。
この日もソーラーシェアリングの意外な利点を知った。牛たちの頭に頭絡という縄を付けるために小さな囲いに追い込まなければならないのだが、その囲いはパネルの支柱に取り付けられた鉄パイプで作られていた。ブドウ棚もパネルの支柱を利用して作られて大きな経費削減となったのだが、牛の囲いにも支柱が役立つとは実に素晴らしい。塚田さんと近藤さんが二頭を餌で誘うと意外なほどすんなりと囲いに納まった。
牛くんたちを迎えに来たのはお爺さんとお孫さんのプロフェッショナルコンビ佐久間畜産さんだ。頭絡の縄をかけるお孫さんの見事な手際でピピくんはアッという間に鉄パイプに繋がれたのだが、ポポくんは暴れてパイプをくぐり脱走!しかしお爺さんは慌てず騒がずポポくんが警戒しない距離を保ち、手を広げながら囲いにゆっくりと追い込んだ。牛を知り尽くした熟練の技は素人目にもわかりやすい。
トラックに乗せられたピピくんとポポくん。お別れの時が来た。
近藤さんが二頭に言った「ありがとう」にはいくつもの思いが込められていることを感じる。初めて畜産を学び、農場見学者たちにソーラーシェアリングの可能性を教え、さらにお肉になってからもこの農場が向かうべき方向を伝えてくれるのはピピくんとポポくんだ。「ありがとう」は「いただきます」になってゆく。
来月は福島のレストランのシェフを招いて味見会が行われる。主に牧草で育てられた牛はグラスフェッドビーフという分類になり、ブランド化を進める。
今回の撮影で次回作のテーマの断片を得たような気がする。といってもテーマは易々とは決まらない。アイディアの神様は気まぐれなので、なんとかこっちを振り向いてもらえるようにアノ手、コノ手を使わねばならん。行動あるのみだ。
2023/10/30 晴。
8月から始まった本作のバリアフリー版の制作がいよいよ大詰めだ。この日は音声ガイドのナレーション録音。見えない、見えづらい方々に映画をナレーションで伝える音声ガイドの制作は、シナリオづくりから始まり、視覚障害をお持ちの方を招いての試写・意見交換を経てブラッシュアップ。そしてこの日の録音でさらに表現を高めて完成に向かう。聴こえない、聴こえづらい方々には同様の行程で日本語字幕を制作してゆく。
音声ガイドも日本語字幕もその道のプロフェッショナルの方々と一緒に其々の表現を創ってゆくのだが、みなさん作品への思い入れが強くてうれしい。特にソーラーシェアリング農法を本作で初めて知ったという驚きがモチベーションになっていることが分かる。
農地上にソーラーパネルが並び、パネルの間から落ちる陽光が地面に光と影のストライプを描く様子をナレーションでどう表現するのか?しかも本編のセリフとセリフの間という短い秒数の中にどう収めるのか?困難な表現も伝えたいという気持ちが勝利するのだ。
もう少しでバリアフリー版が完成し、上映会で使ってもらえるようになる。この制作費は上映会の貸出料金とパンフレットの売上を資金としている。映画を広めながらお金を稼ぎ、さらにたくさんの方々に届けるためのバリアフリー版を作る。映画の経済的好循環が出来ているのは途轍もなく幸せなことだ。
そして、こんなこと書いてもあんまり分かってもらえないのだが、この経済的好循環は実にストーンズっぽい。
ロックアンドロール!!
<自主上映会お申込・スケジュールサイト>
https://saibancho-movie.com/wp/
<映画公式サイト>
https://saibancho-movie.com