【驚愕】愛知県一宮市の隠れキリシタン殉教の史跡と隠されたメッセージ
不思議スポット調査
こんばんは。
今回は愛知県一宮市にある隠れキリシタンの史跡を実際に赴いて調査してまいりましたので、紹介したいと思います。
非常に興味深いことに、火あぶりになったキリシタンのメッセージが石碑に隠されている所があるという情報を得ました!
まずそもそも愛知県に隠れキリシタン史跡があることが意外かと思います。僕もそうでした。
しかし隠れキリシタンは全国に散らばっていたそうです。
一本松刑場・黒姫神社
住宅街にたたずむこの神社。実は恐ろしい歴史を持っています。
この神社は実は尾張藩がの弾圧を行った際に、キリシタンが火あぶりで処刑された場所なのです。
まず尾張藩がキリシタン弾圧を行った事実も初耳でした。
この黒姫神社はかつて一本松刑場と呼ばれており、寛永8年(1631年)、とらえられたキリシタンの中からポール兵右衛門、シモン・コスモ久三郎、コスモ道閑の四人のキリシタンが火あぶりの極刑で処刑された場所です。
この出来事は尾張藩で初めての火あぶりの極刑による殉教となるようです。
神社の奥には記念碑と「水かけ地蔵」と彫られた石碑が建っています。
水かけ地蔵は火あぶりの刑によって命を落とした人の霊を慰めるために建立されたものだそうです。
水かけ地蔵の名は水をかけて礼拝することからついたとされています。
火あぶりということなので火に水をかける。という事なのでしょうか。
現在は本来の水かけ地蔵は黒姫神社近くに位置する「常光寺」に安置されています。
常光寺の水かけ地蔵。「為二世安楽也」とのみ彫られている。
八劔社~石碑に隠されたメッセージ~
街中にまぎれる空園上人を記念する石碑がある小さな神社。
一見、一般的な神社に見えますが、この神社には知らないと絶対に気づかないものが隠されています。
それは空園上人の石碑の裏にあります。
鎌倉時代に建てられたとされているこの石碑、なんと石碑の裏に隠れキリシタンが残したといわれるメッセージが隠されているというのです。
石碑の裏をよく見ると。。。
!!!
カタカナのポルトガル語?で「センテンセ」、「クロタセウ」と彫られています。
そしてその意味はポルトガル語でセンテンセ→判決、クロタセウ→火あぶりという意味になるらしい。
一体だれがなんのために彫ったのでしょうか。迫害されたキリシタンが残したメッセージなのでしょうか。
この文字は看板による紹介もなく、本当に知っている人ではないと気づかずに通り過ぎてしまうでしょう。
他にも文字が刻まれていないか探しましたが、見つかりませんでした。
所感
尾張藩で弾圧を受けた隠れキリシタンが一本松処刑場で火あぶりの刑に処せられた4人のキリシタンたちのことを後世に伝えようと鎌倉時代の石碑にメッセージを刻んだのでしょうか。なんとも歴史ロマンを感じる史跡です。
また、隠れキリシタンは長崎だけでなく全国に存在したという事も知ることができました。同時に身近な場所も、探すと不思議が隠されていることもわかりました!
おわり
不思議なスポットをまだまだ探したいと思っています!
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