会議で一番最初に発言する人は、勇者である
5年前に参加したあるプログラムの、卒業生による対話会に参加したときのこと。
全員集まってしばらくして、そこのリーダー格の先輩が急に「最近プログラムへの参加者が少ないので、どうしたら参加者が集まるのか、全員アイディアを出して」と言い始めた。
対話会に参加するつもりで集まった一同は、少し困惑しているようだった。先輩の強い圧のせいか、誰も何も話せない状態が続いた。
沈黙が永遠に感じられて、私は「プログラム自体を知らない人が多いんじゃないですか。まずはもっと周知する活動を始めるといいかと、思いますう~」と、ついふざけた感じで発言の先陣を切った。暗い雰囲気を明るくしたかった。
するとそのリーダー格の先輩は、ため息をつきながら
「知っている人は十分多いです。それなのに参加しない人がいるのが問題なんです。その理由を聞いているんです。
小澤さん、本当にこのプログラムに参加したんですか?小澤さんみたいな人がいるから、日本のリーダーが育たないんですよ」
と言った。
それ以来、私はこうした会議の場ではなるべく一番先に発言しない癖がついた。
今でもリーダー格の先輩が言ったことは、一言一句再生できる。私の頭に収納された言葉たちは、それから私が場で先陣を切ることを止める効能を発した。
それから数年経ち、ライターを目指して色々な文章講座にいく中で、コピーライターの先生がやっている文章講座に参加した。
初回の講座で先生がちょっとおちゃらけた口調で「わたし率先してバカっぽいこと言いますけど、意図してやってるので心配しないでくださーい」と言っていて、テキストに目を落としていた私はふと顔を上げる。
なんでもクリエイティブな世界ではアイディア出しの場で、偉い人が率先してわざとバカなことやふざけたことを言ったりするらしい。
もともと人の脳は身の危険をいち早く察知するために、マイナスの情報を有益と捉える癖がある。だから否定的な意見を言う人と肯定的な意見を言う人を見ると、脳は「否定的なことを言う人の方が賢い」と認識するらしい。
どんなに素晴らしい肯定的な意見より、否定的な意見の方が一見すごそうに見える。このトリックにだまされない仕掛けの一つが「その場のリーダー格の人が率先してふざける」ということだった。
まだ場が温まってない会議の最初の方で上司がふざけたことを話すと、若い人や異動して間もない人からもアイディアが出てきて、結果として効率がよくなるらしい。
「一番最初に発言する人って、実は一番の勇者なんですよね~だから大切にしないとって思ってるんです」
そう先生が言ったとき、自分の胸に刺さっていた何かが、ポロッと取れたような気がした。目の当たりが熱くなって、急いでバッグの中のティッシュを探す。
間違ってもいいし、バカなことをいってもいい。その安心感がベースとなって、場に必要な声は生まれてくる。
ティッシュで鼻をかみ、そのままそっと目の下をぬぐう。目が赤くなってたらどうしよう。休み時間に目薬をささないと。
「それで、え~っと12×3って・・なんでしたっけ?」
こちらに向かって先生はわざとらしく顔を向けている。私は涙声で「36ですよ」と、先陣を切った。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。書き続けます。