エステの施術ベッドが温かいのは、なぜなのか
新卒で入った会社はリラクゼーション、つまりマッサージの会社だった。
たった数時間の研修で現場に出される会社も多い中、ここはそれなりの研修をしてくれたように思う。しかし自分は現場に出てクレームを連発させてしまった。「小澤さん以外の人で」という受付電話に本人が出てしまったこともしばしば。
来る日も来る日もマッサージをしていたら、足は棒・腰も肩も岩のようにガチガチになってしまった。こりゃたまらんと生まれて初めて、マッサージを有料で受けに行った。
飛び込みで入ったそのお店にはたまたま腕のいいセラピストさんがいらして、その施術を受けて初めて「なるほど、こうやって触られると気持ちよいのだな」と学ぶことができた。
その後も自分がお客さんとしてマッサージに行ったとき「こうされたら嬉しいな」という技術を徹底的にパクり、逆に「こういうの嫌だな」という経験はしないようにしていたら、クレームは自然と減っていった。
その後、エステの会社に転職。だがここでもお客さんからクレームを何件か出してしまう。
前回マッサージの仕事をしているとき自分がお客さんとして施術を受けた体験がよかったので、さっそく自腹でエステを受けに行った。
行ってみると、まず部屋が清潔で心地よい。そしてアロマや音楽、足湯やハーブティーなどのサービスが行き届いている。
自分のように整体畑から来た人間は「技術さえよければお客さんは付いてくる」と思いがちだが、実際にエステに通うお客さんが求めていたのは技術以外の部分も大きいことを初めて理解した。
わずらわしい現実の中で、この一時間だけはリラックスして面倒くさいことから離れたい・・そのために安くない金額を出す。それは大事なデートの時ファミレスではなくちょっといいイタリアンに行くのに似ているかもしれない。
大声を出す人がいないとかきちんとした服でないといけないとか、そこにいくことで安心安全な空間がある程度保証される。「時間をお金で買う」という概念が分かった気がした。
それからというもの、適当だった掃除やリネンの洗濯はとことんやった。動き回るセラピストと違って、寝ているお客さんは寒いので、部屋の温度管理も徹底。ベッドもあたたかく、触れる毛布はふわふわしたものを。
他にも施術前は手を温めて、施術で使うオイルも温めてから丁寧に使用したりした。誰も疲れ切っている時に、冷たいセラピストの手で乱暴にオイル塗布なんかされたくないのである。
施術前に伺った好みのアロマオイルをあたたかいオイルに垂らして、それをうつぶせのお客さんの顔の辺りに持ってきたりするのも喜ばれた。
USJの業績をV字回復させた森岡毅さんは「顧客体験をとことんすること」を勧めている。ヘアカラーやスタイリング剤を売っていた時は、実際に金髪にしたり赤髪にしたり、モヒカンにしたりした。
USJでモンスターハンターのイベントを誘致する際は、睡眠時間を削って400時間モンハンをやりこんだらしい。
それから霞が関に転職するのだが、まさかのここでも体験することの大切さを植え付けられた。というのもお役所ではとにかく出張が多い。「実際に現場を見てきた人間」の発言ほど強いものはないことを皆知っているのか、若手でもどんどん各地に行かされているのをサポートしていた。
データや資料から対策を講じるのもよいけれど、実際にその地に行って体験してみること。
これが仕事では軽視されがちだけど大事なポイントではないかと、個人的には思っていたりする。