be here かまくら⑧ かまくら駅前蔵書室
ときどき起こる小さな奇跡
鎌倉本と鎌倉好きが集まる会員制の小さな図書室
「鎌倉の本? だったらウチにたくさんあるわよ。父が物書きだったから」
「鎌倉の本だけ集めた図書室オープン」と書かれたチラシを受け取って立ち止まり話しかけてくれたのは、品のいい年配の女性だった。
それから数週間後、「先日の長井ですけど。鎌倉の本をまとめておいたから取りにいらして」と電話をいただく。聞いた住所を頼りに向かうと、金沢街道から路地を入った滑川沿いにお宅を見つけた。表札には「 永井」とあった。耳から聞いて勝手に「 長井」さんだと思い込んでいたのだが、その文字を見て胸騒ぎがした。もしかしたら……。
はたしてそこは、最後の鎌倉文士といわれた作家・永井龍男さんのご自宅で、あのとき声を掛けてくれたのは次女の永井ソーベル頼子さんだったのだ。通された茶の間には、いつか古い写真で見たような懐かしさ、温かさが漂っていた。こたつを囲んで話をしていると、今にも襖を開けて永井龍男さんが現れそうな気がしたのを覚えている。
こんなことが起こるのは、歴史や文化があり海と山に囲まれた鎌倉に引き寄せられた人々のなせる技だという気がするのだ。「かまくら駅前蔵書室(通称カマゾウ)」を3 年間運営してきて、あらためてそれを実感している。
カマゾウは2015 年8月に鎌倉駅東口にオープンした。駅チカとはいえ狭くて暗い階段を3 階まで上った先の7坪弱の小さな部屋。席はテーブルを囲む10 のみ。年会費は1万円で、入会金代わりに鎌倉に関する本を1冊贈書してもらう。つまり、会員が増える度に鎌倉の本が増えていく仕組みだ。会員になればいつでも何度でも何時間でも利用可能。その度にコーヒーかお茶が飲める。
現在1400 冊を超える蔵書は会員からの贈書のほかに、寄付いただいたも
のもある。「亡くなった父の書棚から」と大佛次郎さんや里見弴さんのサインの入った書籍、「引っ越すので」と100 冊以上をくださった人も。文学、歴史、写真集、マンガ、情報誌、図鑑、地図、ガイドブックなどジャンルはさまざまだが、必ずどこかに「鎌倉」が登場する。200 巻で完結したマンガ『こち亀』の主人公である両さんも1 回だけ鎌倉を訪れているのには驚いた。
埋もれていた本がもう一度スポットライトを浴びるのは、読み手だけでなく本にとっても素敵なことだ。以前「ゆくゆくは野球図書館を作りたい」という人が見学にいらっしゃったが、例えば「幕末」本、「宇宙」本、「植物」本、「恋愛小説」本といったテーマはいくらでもあるはず。ご当地本に限らず、いろいろな町でユニークな図書館が増えていくきっかけになれたらと思っている。
テーマを絞ると、その本がマグネットになり感度の高い人たちが集まって来ることはカマゾウが実証している。好奇心旺盛な人、ユニークな人、中にはびっくりするような職業や経歴、才能を持った人もたくさん。当然、そんな人たちがつながると、次々面白いことも起きる。先日も会員さんたちが寄付を募り、湘南モノレールの先頭車両にカマゾウのマークが付いてしまうという信じられない出来事があった。暗くて狭い階段の上にある小さな部屋のカマゾウは、とうとう外へ飛び出してしまったのだ。永井さんが声を掛けてくれたあの日の奇跡のような出来事が、最近はときどき起こるのである。
『かまくら駅前蔵書室』
住所:神奈川県鎌倉市小町1-4-24 起業プラザビル3F
電話:050-3550-9493
開室時間:12:00 〜 20:00
休室日:毎週火曜、水曜日
ここから先は
Oauマガジン 6号
誰かの役に立ちたい…そうは思っていても、はじめの一歩がなかなか踏み出せず、行動につながらないこと、ありますよね。 これからやってくる風の時…
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?