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誰かにとっての悪はあたしにとっての正義で




忙しい日が続いている

忙しいを言い訳にいろんなものを見ないフリをしているだけかもしれない


人間関係に滅入ってしまっている

理解ができない言動が気になり 誰かの愚痴を溢すことが増え溢されることも増えた


どうでもいい と投げ出してしまいたくなる

煙草が吸いたい

今はもうそれしか頭にない



ずっと逃げだと思い込んでいた

同じように人との繋がりに嫌気がさし 誰からも見放されたかったあの頃

両親を泣かせたくて 母親へ宛てた煙草


こんな遠くまで来てわざわざ泣かせることもないだろうと 高校卒業同時と共にやめた

はずだった


彼女を泣かせたくない思いも それは本当の逃げでしかないこともわかっている

できることならあたしだって吸いたくない

日本の5倍の値段はするし


だけどもうちょっと限界だ

それと同時に 逃げ は決して悪ではないのだと思えるようになった




こっちに来る前 死のうとしたんだ


その台詞をここ2週間程で5回は口にした

日本なら絶句され責められでもしているだろうか


理由を聞かれることはあっても 誰1人としてあたしのその意思自体は否定しなかった


元々の死生観が少しズレていることへの自覚はある

それにすら理解を示したこちらの多文化さにとても驚き感謝した


そして気づいた

丸1年以上日本を離れて 今更18年以上共に過ごしてきた日本文化の何を気にする必要があるのかと

酒も煙草も18から許されているこの国で 高校時代に煙草を吸っていたなんて驚きの対象にもならない

過去の自殺未遂なんて 今生きてるのなら と面食らうほどに会話の一部として扱ってくれるそのスタイルがとても好きだ




それでもやっぱり他人は目につくことが多くて 育ってきた文化背景から誰かに応えを期待してその結果にもやを残すけれど


だけど できるだけ 自分のしたいことは全部してしまおうと思う

今この瞬間が良ければ割とあとはなんでも良いかもしれない


たぶんこの世界は受け入れてくれるから




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