雨の車内
人がなにかを好き、何かに対して愛を語るのを見るのが好きだ。自分にない表現で大好きをつぶやく人たちの色とりどりを見る事が好きだ。ふわふわしてたり、赤いもの、虹色。濃かったり揺れていたり。キラキラしているのもあれば漆黒までバラエティがある。
その日は雨だった。
先日電車で偶然、私が好きな彼を同じく好きな人を見かけた。なぜわかったか。スマホの背面に彼のファン以外には考えられない、とあるシールが貼られていたから。まさか、純粋な魚ペンではあるまい。凝視しては失礼だと思いながら、びっくりしながら私はギュッと目をつぶって下を向いた。
なぜかって。彼女がとても美しかったからだ。向かいに座り、折り畳み傘を足元においた彼女はそのままスマホを片手でいじり始めた。セミロングの髪は多少雨に濡れていたように思う。車内はやや蒸し暑く、ジットリとしていた。無造作にスマホを触るその女性は私がうっとりするぐらい美しかったのだ。停車駅で彼女は気だるそうに降りていった。ロングスカートが揺れていた。
不意に自分がとっても恥ずかしくなった。こんな人が私が好きな人を同じく好きなのか‥そうだよな、着ていたコートのボタンをなんとなく締めてマスクを鼻まできちんと上げた。鼻の奥がツンとしたので下を向いた。そうだなあ、彼もこんな女の子に好かれる方がいいよね、そうだよね、、。
こういう発作は実は定期的に、いろんな形でやってくる。ただそれと向き合うことは少ない。あまりに突然だったので処理できなかったのかもしれないけれど。だって現実で出会うことはそこまでないから。もちろん、みんな素敵だけれど心構えができているのだ。
わかっている、けれど
私の好きは私だけのものだ。でもたまに急に、突然放り出される時がある。おまえの好きは誰にも負けないの?その資格があるの?ほら、他の人はどう?比べてみたら?他に何ができるの?
お金があるとか、何かを持っているとか、生活に余裕があるとか、若いとかどこに住んでるとかそんなんで私は自分の好きも、他人の好きも測らない。私は私の好きでやっているし誰かにそんなことを値踏みされたくない。だけどたまに嵐がやってくる。目を開けることができない、激しい嵐だ。徳を積むとか、今までどれだけお金を積んできたとか。何年好きだとか。まぁつまり自分で勝手にそれを感じているわけで誰かにそう言われているわけじゃない。だけどたまに、そういうものに急にぶつかる。苦しい苦しい。何もかも捨ててしまいたい。こんなことを感じるために好きなんじゃない。おかしいな。
そういう時に、まっすぐに好きを語る誰かの呟きを見るのは私を勇気づける。貴方の好きはあなただけのものだ。どう好きでも、貴方の境遇、環境がどうであっても貴方の好きを阻害するものはないんだ。貴方の好きは私を勇気づけてくれる。何故なら私だってそうあるべきだってこと、私だってわかっているから。貴方が何者でも構わない。どうか、貴方の形で好きを呟いて。
本当はもっとわかっているからと肩をさすりたい。でも。私達の好きは独特でそれぞれ、すべて違う。同じだよなんて言えやしない。形も色も何もかもが違いすぎるから。だから、貴方の好きと私の好きを比べない。優劣なんてない。何があっても貴方の好きは貴方だけのものだ。さぁ、ゆっくりと深呼吸。
私はこれを未来の自分に書いている。近い将来また同じことを感じるだろう。誰かに直接言われるかもしれない。自分の好きを信じなさい。あなたの好きで何かの結果が変わることはないのだ。誰とも比べる必要もない。何故ならそれは測ることはできないのだから。あなただけのものなのだから。