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震える舌(1980年公開)

タイトルが怖いですね。内容も怖いですが、お化け系ホラー映画ではありません。観よう観ようと思いつつ、手を出せずにいた「破傷風」をテーマにした映画です。

聞いたことくらいはあるでしょうが、破傷風についておさらいしましょう。

破傷風は、偏性嫌気性細菌(大気レベルの濃度の酸素に触れると死滅してしまう細菌)である破傷風菌(Clostridium tetani)による感染症です。ちなみに、筋肉が硬直してけいれんを起こすことを「テタニー(tetany)」というんですが、破傷風(C.tetani)の症状にもけいれんがあります。tetaniとtetany、関係あるのかな?

普段は土の中で酸素に暴露されることから逃れて生きている細菌が、傷口から人体に侵入します。傷口をきちんと洗って、酸素が触れるような状態であれば問題ないのですが、傷が深かったり、処置が不十分だとそこで増殖することができてしまうのです。破傷風の症状を引き起こすのは、細菌自体ではなく、細菌が産生するテタノスパスミンという神経毒です。

通常ケガしてから1週間程度で、ケガをした四肢の硬直感、口の開きにくさが出てきて、全身けいれんも出現します。表情筋がけいれんするようになると、痙笑といって、まるで笑っているかのように口角が勝手に上がってしまう症状もみられます。さらに進行すると、気道症状や発熱、後弓反射といって背骨を思いっきり反ってしまう反射も起こり、最悪の場合死に至ります。

基本的にワクチンで予防することができ、乳児期に1回、10-12歳くらいでもう1回接種するので成人するまでは発症のリスクはほとんどありません。しかし、このワクチンの持続は10年程度とされているので、これ以降は自主的に接種する必要があります。ワクチン接種が広まってからは、子どもよりむしろ、園芸や農業を行う中高年での発症の割合が高いようです。

長くなりました。つい最近、泥だらけの中ケガをしたことがあり、破傷風が怖くて、パニックを起こしかけたのでつい熱が入ってしまいました。映画の話に戻ります。


本作はオープニングの印象がとにかく強い。バッハの無伴奏チェロ組曲第1番プレリュードが流れる中、主人公の少女・昌子が川でケガをします。穏やかな生活が破傷風によって崩れていくという描き方ではなく、スタートがもう破傷風。そして、その絶望感を煽るチェロ。しばらくはまぶたの裏、そして耳の中に焼き付いているだろうなと思うシーンでした。

ケガをした娘に次々に異変が生じてきて、両親は次第に不安をつのらせます。夜中に発作を起こした娘を救急車で病院に連れていき、検査を経て入院となります。そしてここから、長い長い病魔との闘いが始まります。


観終わって感じるものはいろいろあったのですが、「見えないものに対する恐怖」が一番強烈に心に残りました。娘がありえない苦しみに悶える中、両親の苦悩がもちろん描かれるのですが、その苦悩は必ずしも、良くならない娘に対するものだけではなく、「破傷風が娘からうつるのではないか」という恐れでもあるのです。特に父親は、幼少期に自分が敗血症になって生死の境をさまよったときの記憶を思い出すほどに、感染への恐怖にとらわれていきます。これは、突然の発作から娘の容体が一向に良くならないことにも原因があったと思います。初めの頃はもちろん、娘のことを一番に心配していた両親ですが、先の見えない看病の中で、娘の血液や唾液、尿に触れている自分たちも感染して、娘のような苦しみを味わうことになるのでは、という恐怖が、次第に色濃くなってくるのです。

そしてこの恐怖は、現在の新型コロナウイルス感染拡大における心境にも共通するものがあるなと思いました。ダメだと頭ではわかっているはずなのに、外出している人を責めたり、感染した人を特定して叩いたりする行為は、

病気になった人に対する同情<自分も感染するのではないかという恐怖

という不等式が成り立ってしまうからだと思うのです。最初に新型コロナウイルスの報道が出たとき、私たちが真っ先に思ったことは何だったでしょうか。たしかなことがほとんどわかっていない頃はおそらく「罹ってしまった人が可哀想、なんて不幸なんだ」そんなことだったのではないでしょうか。だって、まさか自分もなる可能性があるだなんて、味覚や嗅覚に障害が出たりするなんて、知りもしませんでしたから。しかし、いろんな情報が出てくると、感染した人などへの攻撃が始まったように思います。まさに本作で描写されていた両親の心象変化と同じ変化が起こっているのでは、と考えます。

難しいのは、この考え方は決して異常なものではなく、人間の防衛本能から生まれる思考であるため、変えることができないという点です。じゃあどうすりゃいいんだ、という答えは、まだ見つかりません。ですが、感染症の恐ろしさがここにあったのかと気づくきっかけになりました。



でも最後に1つ言わせてください。

エクソシスト意識しすぎでは???


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