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「Music Saved My Life」


スウェーデン出身の音楽プロデューサーAviciiことTim Berglingが亡くなって今日で三年が経つ。2018年4月20日を忘れぬよう当時の自分の心境と行動を書き留めてみようと思う。


訃報


2018年4月21日

一報は友人のLINEからだった。

「Aviciiショックです...」


(なんのことだろう。
Aviciiの事でショックになるニュース?まさか作曲活動も休止してしまうのかな、)

、、、しかし時間が経つにつれて嫌な胸騒ぎがしてきた。

すぐにTwitterで調べるとAviciiがオマーンで遺体で発見された事を知る。


頭の整理がつかない。

(フェイクニュース?オマーン?死因は?事件?事故?なぜ?
そもそも20代の若い人間がそんな簡単に亡くなるわけないだろ?病気か?急性アルコール中毒?)

様々な憶測が頭をよぎる。その後、信じ難いショッキングな詳細が次々と明るみになった。


どうやらAviciiが亡くなったのは事実のようだ。


どうして、、まだ彼の創る音楽を聴きたかった。


30歳で創る彼の音楽を。
40歳では未開拓の全く新しいジャンルを創り上げていた?
50歳ではバンドを結成して再来日してた?
60歳の時には息子と一緒に音楽をやっていた?
70歳を迎えフォークに回帰していた?
80歳の彼の創り出す世界は?

いくらでも想像出来る彼の活躍を、当たり前のように迎えるであろう未来を一瞬にして奪われてしまった。
喪失感が襲い何をするにも気力が無くなってしまった。頭ではわかるけど感情ではとても理解できるものではなかった。


なんでAviciiが、、、



ループするX You


4/21 その日の夜はMatisse & Sadkoの来日公演が控えていた。



この状況下でLiveを楽しみに行くのはどうなのだろうか。そもそも開催されるのだろうか。既に来日しているのに開催しないわけが無いが、そう考えるほど頭の中はまだパニック状態だ。

(この事実を消化できない今、いったい自分は何をすべきか)
混乱した中、悩みに悩んだ。

悲しいことや嫌なことがあったら何も行動しないで家に籠る人もいるだろう。それを否定するつもりは全くない。悲しみを真正面に受止めゆっくり解決していくために心と体を休めることは大切だから。人それぞれ性格に合ったやり方があるだろう。

自分の場合は少しでも気を紛らわすためにあえて外に出た方がいいタイプだ。過去の成功体験を踏まえ、行く決心。いや、まだそこまでの気持ちは無かったがとりあえずこの状態でじっとしては居られなかった。



Clubに向かうまではAviciiの中でも一番好きなX Youを永遠ループして聴いていた。

イヤホンから耳を通して脳内を反射し続けるX You。
今、目に写る人達の中にこの訃報を知る人はいるのだろうか。
知らない人はいつもと変わらず通勤、通学、休日を、悲しみの無い日常を過ごしているのだろうと、感傷的になってしまっていた。

この虚しい気持ちを胸に抱きながら力無く歩く自分に、唯一彼の音楽だけが背中を押し続けてくれた。


Matisse & Sadko


同じ音楽業界で活躍する彼ら、おそらくAviciiとも関わりはあっただろう。ファンより近い位置にいた彼らの悲しみは我々の想像以上のものだったと思う。始まるまでLiveがどういったものになるのかまったくわからなかった。何よりこんな気持ちで迎えるのも初めてだ。素直に楽しめるのだろうか。




そしてLiveが始まる。




いつもと変わらないようにプレイする彼ら。
表情は笑顔だ。
むしろいつも以上に?
悲しみを微塵も感じさせないかのような屈託のない笑顔。その仮面の下の表情はどうなっているのか、などの見解は愚問だ。


彼らはここに集まる心に癒えない傷を負ったファンを癒したい、楽しませたいという一心でプレイしているのが見てとれる。


時折Aviciiの曲を織り交ぜながらシンガロンで会場に一体感を生ませる。Aviciiへの最大限のリスペクトを込めて。

Wake Me UpからDreamerの流れは感動的だった。

以下Axwell /\ Ingrosso - Dreamerの出だしの歌詞だ。

Heavy on your heart
心に重いものがのしかかる
heavy on your mind
精神に重いものがのしかかる
Wandering the streets tonight
通りをさまよっている 今夜
If you're looking for a home
もし居場所を探しているのなら
You are not alone
君は一人じゃない
I can be your guiding light
僕が導く光になろう


温かく優しい歌詞のこの曲は、今の自分に置ける心情とシンクロしていた。
Drop時のゴールドの照明は落ちた自分を導く光にさえ見えた。

時に悲しみをも吹き飛ばすような彼らオリジナルの曲を流したかと思えば、このような聴く人に寄り添った曲を流す。他にもMartinとの共作TogetherやAlphaville - Foever Young、ラストに流れたInto Youも心打つ曲だ。

辛いのは彼らも同じだが、Matisse & Sadkoはプロとして今できることは悲しい表情をファンに見せて不安な気持ちをさせることだけはできないと思ったのだろう。
笑顔を絶やさずにあえてAviciiの曲を流すことで一緒に偲ぶ事を選択した。昨日の今日で良く判断したと思う。彼らはステージの上に立つ者としてこれ以上ない最高のパフォーマンス披露した。


Liveを終えてより一層彼らを好きになった。そして来て本当に良かったと思った。彼らはLive中に「Music Saved My Life」と言っていたが、その言葉通り自分もおそらく会場にいた人達も彼らの、そしてAviciiの音楽に救われたはずだ。

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Avicii 1989 ~ ◢ ◤



どんなものでも無くなったものを取り戻すことはできない。今あるものを当たり前と思わず、できることをする。その選択(行動・言動)の先に後悔はないのか自問自答して生きたい。常にベストとは言わないができるだけベターと言える行動をしていきたい。そんな完璧にはいかないけど。


Aviciiが改めて教えてくれたと思う。人は簡単に亡くなる。

そしてもうひとつは、気づかないうちに何度も音楽に支えられていたことを。


Aviciiは亡くなってしまったけど、彼の残した音楽は永遠に光り輝き、聴く人の心にその人の思い出と共に生き続けるだろう。

あの日以降、Aviciiの曲を聴く時は純粋に楽しみつつも、無意識に心に空いた穴を塞ぐ作業を繰り返しているような気がしているが、彼の残したメッセージ(曲)をかみしめて今後も聴き続けていきたい。

これからも判断に迷った時、弱った時にはAviciiに背中を押してもらいたい。


Rest in peace,Tim

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#RIPAvicii #AviciiForever   #Avicii  

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