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【最新作云々81】永遠の片想いの如き学問に老いてなおその身を捧げられるか... 忘れられた英雄が過去の忌まわしき亡霊を前に悲しみを胸に再び鞭を携え最後の大冒険に,そして・・・な映画『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』

 結論から言おう!!・・・・・・・・・・・・こんにちは。( ・ิω・ิ)
 7/4が誕生日ゆえにそれにかこつけてなんか記事書こうと思ってたのに忙しさにかまけて一週間も過ぎちゃった…O次郎です。

大学生の頃、それまでの休日は日中ぶっ続けでプレー出来てた
TVゲーム類に然程のめり込めなくなって老いを感じ始めてから幾星霜…
もう38歳になってしまいました。(´・ω・`)
年齢は一周り違えど、Gacktさんと同じ誕生日なのが細やかな誇り。
あと、アメリカの独立記念日ゆえに、"中高生の時の英語の授業でALTのネイティブの先生に
自分の誕生日を尋ねられた際に答えると「ワ~オ!!」と讃えてもらえる
"
というのが世の7/4生まれの人の細やかな特典、、、でしょうか。(=^・ω・^=)

 今回は最新のハリウッド映画『インディ・ジョーンズと運命のダイヤルについてです。
 80年代に製作された誉れ高い三作品は言わずもがな、90年代初頭に日本でもセレクト放映されたTVシリーズの『ヤング・インディ・ジョーンズ』もなかなかの出来栄えで懐かしいですが、製作陣の青春プレイバック的に久々に作られた『クリスタル・スカルの王国』の評判は決して芳しくなく、そこからさらに15年を経た本作。
 これまでのシリーズで監督を務めていたスティーヴン・スピルバーグは監督を降板してプロデューサーに、屋台骨のルーカスフィルムウォルト・ディズニー・カンパニーに買収されている状況の中で御年80を超えたハリソン・フォードが臨んだ続篇ということで、初期シリーズに思い入れの強い層からは不安の声も相当聞かれましたが、往年のシリーズのカタルシスを踏まえつつも、老いさらばえた主人公がそれでも藻掻き人生と闘い続ける姿が何よりも観ている側へのエールとなるような黄昏謳歌ドラマに仕上がっています。
 初期三部作がギリギリリアルタイムには間に合わなかったものの、幾度ものTV放映で幼少期の脳裏に焼き付けられたアラフォー世代の感想の一片として、その幼少期のインディ体験も併せて書いておりますのでご自身のそれとの合致や相違を感じつつ読んでいっていただければ幸いでございます。
 なお、ラストまでネタバレ含んでおりますので予めご了承くださいませ。
 それでは・・・・・・"7月4日に生まれて"!!

日本劇場公開時は4歳そこそこだったので当然ながらよく知らず、
数年後にまさに自分にドンピシャな映画タイトルを新聞のテレビ欄で見掛けて
いざ観てみるとジャリにはあまりにも難解且つしんどい内容で・・・。(゜Д゜)
まぁでも、90年代末にはすっかり娯楽性の高い作品ばっかりにシフトしてた民放洋画枠が
同年代初頭には未だこうした政治色濃厚で画的な華の乏しい作品も放映してたのは
有り難いことだったのかも。


Ⅰ. 我が幼少期のインディあれこれ

 というわけでインディに関するタイニーメモリーズですが、僕が物心ついた80年代末から90年代初頭のテレビの映画枠といえば『金曜ロードショー』『ゴールデン洋画劇場』『日曜洋画劇場』という金・土・日の三本柱で、そのネームバリューと娯楽性の高さからしてどの枠でもまんべんなく、当時の既存三作品が定期的にそれも夏ごろによく流れていて何度となく観た覚えがあります。

子どもにとっては各作品のメッセージ性や物語展開の機微はさておき、
ジェットコースターの如きスペクタクルがただただ楽しく、、、
批評家からの評価は一作目に比して芳しくなかったという『魔宮の伝説』の
猿の脳ミソやゴキブリの晩餐シーンの見世物根性は素直に受け止めたもので。
ちなみに、僕のかつての上司の東北地方のご実家が代々マタギだったそうなんですが、
幼少期に狩りの時期にだけ雇われて来てたお兄さんが自分で仕留めた猿を自ら捌いて
脳ミソを美味そうに食べてたとか……ホンマか。(゚▽゚ )

 そこまであからさまなラブシーンやお色気シーンも無いのでまさにファミリー映画としてはうってつけで、同年代の親戚が実家に来たりあるいは先方に遊びに行った夜にオンエアされてた時には子どもたち一同揃って見入ったのを昨日のように思い出します。

一作目のレイダース/失われたアーク《聖櫃》については、
過去の放映で観たクライマックスの人体溶解シーンのショックを根強く覚えていたであろう
兄から「グロイからお前は止めとけ!!」とそこだけ目を瞑るよう促されたのも良い思い出で。
後年自分で拝見してコレはそれほどでもなかったけど、全く同様の理由で制止された
ロボコップ』の序盤のマーフィ殺害シーンの苛烈さについては内心マジで兄に感謝したもので。
(¯≠¯)(¯≠¯)(¯≠¯)
幼少期の三作目『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』の記憶と
中学生の頃に友人宅で読んだ『カバチタレ!』からして
"生涯くれぐれもハニートラップには気を付けよう…"と肝に銘じたもので…。(・д・)
ちなみに男の子の本棚のラインナップは往々にしてパターンが決まってるものですが、
年の離れたお兄さんや漫画読みのお父さんがいる友人の本棚はいぶし銀な作品が多かった記憶。

 あとは、90年代に入ってからのTVドラマの『ヤング・インディ・ジョーンズ』シリーズですが、地方民ゆえに放送枠がきちんと確保されて放映されていたかどうかは正直覚えが有りません。移り気な少年期ゆえに主演俳優が違うスピンオフシリーズにまで然したる興味が無かったのかも。

※ただ、この淀川さんの解説はなんとなく聞き覚えが有るので、映画枠で放送された分については観てたのかな? 

その内容について特にガッカリした記憶も無いので、スピンオフシリーズとはいえさすがはジョージ=ルーカスがきちんとコントロールしていただけはある、というところでしょうか。

 そしてそうした僕世代の少年のインディーメモリーズの中でも相応のウェイトを占めたのが、、、

そう、新春かくし芸大会」での井上順さん扮する"インディ・ジューンズ"!!
未だ番組予算が潤沢だった頃だからか、やたらと再現度高かった。
他にカトちゃん扮するターミネーターなんかも有ったなぁ、、、

 というわけで一通り思い出して気が済んだので、以下、本作の内容についてでございます。

Ⅱ. 作品概要

(ストーリー引用)
1944年インディ(演:ハリソン・フォード)はナチスが略奪した秘宝「ロンギヌスの槍」を友人の考古学者バジル(演:トビー・ジョーンズ)と共に奪還しようとする最中、ナチスの科学者フォラー(演:マッツ・ミケルセン)が偶然見つけたもう一つの秘宝「アンティキティラのダイヤル」を偶然手に入れる。 時が経ち1969年。アメリカはアポロ計画の月面着陸を成功した最中、インディは旧友の娘ヘレナ(演:フィービー・ウォーラー=ブリッジ)から話を持ち掛けられたことをきっかけに、かつて手に入れた「アンティキティラのダイヤル」の調査を依頼される。同時期に元ナチスの科学者フォラーもインディに奪われたダイヤルを取り戻すべく、ナチスの残党と共に動き出そうとしていた…。

 心機一転で前4作目はソ連と戦いを繰り広げていましたが、今作の相手はナチの残党ということで再びの永遠の仇敵を向こうにするとあってまずもって引き込まれます。

冒頭は第二次大戦末期の混乱の中での大捕物。
CGでの若返りの精巧さに唸りますが、シリーズお馴染みの
列車内の攻防からしてフルスロットルであり、
御年80を超えたハリソンが主演と言えどアクションに手抜き無し
ということを開巻早々宣言しているようで何より。

 他にもあれよあれよと巨大な陰謀に巻き込まれての危機一髪…からの仲間の裏切り、あるいは渦中の宝を見つけ出したところで奪われ奪い返し、、、大枠の流れは分かっていつつも止められない止まらない偉大なるマンネリの総決算。

そういえば鞭はあんまり振り回してなかったか…
しかしながらトレーラーでも採用されてた、アポロ計画祝賀パレードの中を
馬で疾駆するシークエンスは文句無しのカッコ良さなり!!

 しかしながら個人的に作品全体を通して何よりも魅力的に感じられたのは、"老いてなお人生を能動的に生きることの尊さとカッコ良さ"でしょうか。
 作中のインディーは御年70を過ぎて未だ大学の教鞭を取ってはいるものの、次代を担うべき若者たちの悉くはアポロ計画が魅せる「宇宙」という"未来"に夢中で、考古学が鬻ぐ"過去"には微塵も興味が無く、あれだけ人気だった講義の熱気は見る影も無し…。
 歴史学は過去にどのような人々がどういった経緯でどう行動したかを学ぶことで今とこれからを考えるものですが、中でも考古学はその手掛かりの少なさゆえにその推論の拡がりと果ての無さは膨大でしょう。
 何かしらの手掛かりを元に自説を立てても、新たな手掛かりの出現によってそれが呆気無く雲散霧消してしまうかもしれず、しかも従事している以上はそれが延々と続きます。
 それはいわば自身のロマンでもって遥かなる過去に対する永遠の片想いを捧げ続けることであって、並大抵の熱意では賄えないでしょう。それを思うと、反面でインディーが女性関係に関しては若くから派手で一貫性が無かったこともむべなるかなとも感得します。

 しかしながら年を取ってくるとどうしても「これだけ自分が身を捧げてきたのだから相応の見返りが有っていいはず」という思いは募ってくるはずで、どの職業に従事していている人でも混じりっ気無しの一方通行の情熱を捧げ続けるのは難しく、インディーのような立場であればなおのこと"支え"が重要になってくるでしょう。
 だがしかし、前作で漸く出会えた息子は両親の説得を押し切ってベトナムに従軍して既に帰らぬ人となっており、それに耐えかねた妻マリオンの心の傷をついぞ癒し切れずに別居状態となっているのでした。
 
 物語のクライマックスにてダイヤルの数奇なる導きによってインディーとヘレナたちは古代ギリシャの世界へとタイムスリップしますが、歴史に介入せずなんとかして現代へ帰ろうとする仲間たちの中でただ一人インディーだけが残ろうとします。「自分が夢にまで見た時代だ。私はその目撃者になる。」と。
 それまでの数々の大冒険とそれによる名声も最愛の息子を失った悲しみと伴侶の心が離れていった喪失感を埋めることは出来ず、未来に目を向けるばかりで考古学が軽視されゆく現代に未練は無し…。
 これこそはまさに老人となったインディーゆえの人となりであり、自身が人生を捧げた考古学と一体になろうとする黄昏時の決意はもの悲しくも真に迫っており、回と時代を重ねた本作ゆえの重みが現れています。

 そしてだからこそまた、そんな彼を殴り飛ばして気絶させてでも現代へ連れ帰り、マリオンと再会させたヘレナの思いもまた、観ている此方の胸に刺さるのです。

ヘレナの父であるバジルは生前、家庭を顧みないほどにダイヤルに執心し、
そうした父の妄執を幼心に苦々しく刻みつつも彼女自身も結局は長じて考古学を志しました。
つまりは彼女ら父娘の人生の背景には、インディーの考古学への情熱があります。

 そんなヘレナにとり彼女の一連の行動は、"どれだけ辛い思いをしたのでも、見返りが無くとも、私と父の人生を決定付けたのだからには、あなたは終生をインディアナ・ジョーンズとして生きて足掻きなさい"という手痛くも愛に満ちた叱咤だったのだと思います。
 
 遡っての話にはなりますが、各キャラクターのキャスティングは実に見事で、中盤の潜水シーンやカーチェイス、果ては空中戦とアクションに尺を割き過ぎな感が有ったのですが、その割を食った人物描写の掘り下げの少なさをカバーするだけの存在感だったと思います。

特に仇敵フォラーを演じるマッツ=ミケルセンは、
戦中のいかにも学者な青びょうたんぶりから
終盤に勝利を確信してのナチスドイツの軍服を纏った
為政者ぶりまで実に堂に入っており、なんともかんともで。
その反面、インディーにヘレナとテディを加えた三人組は
『魔球の伝説』のそれのキャラクター性のオマージュの域を出ていない感も有り、些かヤキモキ。
特にヘレナは序盤のビジネスライクな女豹ぶりから
芯の有る傑物への変貌ぶりがあまりにもあっさりしてたのが勿体無く、
ヒロインの魅力という点では過去作と比べて片手落ちだったかも?

 ラストのマリオンとのラブシーンは熟年夫婦ゆえの微笑ましさにしっかりと過去作へのオマージュもあってほっこりとしました。

あとはまぁ、上述の経緯ゆえにオーラスでインディーに
"老いてなお"という雄姿を見せて欲しかったところでもありますが、まぁそこは好みかも。


Ⅲ. おしまいに

 というわけで今回は最新のハリウッド映画『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』について語りました。
 なにはともあれ足掛け43年間もインディーを演じてもらって本当に感謝感激、というところで、たとえ往年の輝きは無くとも無様であろうともそれでも頑張る老境の奮闘は独特の感動を呼ぶ、ということを地で行った一本だと思います。そしてもちろん、インディーシリーズとしての面白さもきちんと担保されていることも付け加えておきます。
 今回はこのへんにて。
 それでは・・・・・・どうぞよしなに。




どん底に突き落とされてそれでも立ち上がる…
アメイジング・スパイダーマン2』のラストが胸に残ってる人には
間違い無く刺さるんじゃないかと。
あとは、ゲームの『バイオハザード6』のクリス篇のエンディングとかね。

※久々に聴くと沁みるなぁ・・・。( ;ㅿ; )

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O次郎(平日はサラリーマン、週末はアマチュア劇団員)
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