【名作迷作ザックザク㉖】確証を必要としない今日日の被害者意識の暴走は"人間狩り"を新たなステージへと誘う... 対立が渦巻く"動物農場"に中立の使徒が舞い降りるドギツい風刺映画『ザ・ハント』(2020)
結論から言おう・・・・・・こんにちは。
メタノールといえば、失明・落命の危険のある粗悪酒"バクダン"を連想する、O次郎です。
今回はハリウッド映画『ザ・ハント』(2020)のお話です。
日本では2年前の10月末公開ということで少し前の作品ですが、こないだNetflixで配信開始となった『コブラ会』のシーズン5を観てヒラリー=スワンクが結局出て来なかったことを残念に思い、近年作品で彼女が出ていた作品はどんなもんがあったかなーと振り返って本作に行き当たった次第です。
公開当時はまだまだ自粛ムード漂う中で、本作の予告編も劇場の幕間の時間に流れているのを観た筈ですが、"富裕層が貧困層をターゲットに狩りを楽しむ"というジャンクフードの如き娯楽性になんとも言えぬ地雷臭を感じ、ええいままよと割り切って突っ込んでも良かったのですが結局スルーしてしまっていました。
結果、表向きには偶然の選定ミスで巻き込まれた女性がゲームの仕掛人たちを駆逐していくヒロイックなバイオレンスアクションでしたが、背後にはジョージ・オーウェルの『動物農場』の現代への落とし込みがあり、現代ゆえの珍妙で複雑怪奇な人々の対立構造を浮き彫りにしていきます。
"人間狩り"映画フリークのみならず、社会風刺映画や胸クソ映画好きの方々もどうぞ読んでいっていただければ之幸いでございます。
それでは・・・・・・・・・・・・"最後の脱走"!!
Ⅰ. 作品概要と監督・キャストについて
監督のクレイグ=ゾベルは、本作でまだ三本目ながら過去二作についても特殊状況下での人間心理の会怪奇を描き、作品としての評価は賛否別れるところながらなんともザラっとした印象を残す作風が特徴です。
そのシニカルな人間観は本作でも通底しており、主人公といえどヒロイックに描き過ぎず、脇役といえど粗雑に扱い過ぎず、ただただ己の主観でしか生きられない人間の性の象徴として物語を演じているように見えます。
主演のベティ=ギルピンはTVドラマでキャリアを積んできていて、最近ではクリス・プラット主演のAmazon Prime Video配信映画『トゥモロー・ウォー』では彼の妻役で出演されたりしています。未だ30代半ばで順調にキャリアを重ねているので、今後もスクリーンでお目に掛かれるかも。
対する"マナーゲート"の仕掛け側の首魁を演じるヒラリー=スワンクはキンバリー・ピアース監督の『ボーイズ・ドント・クライ』や、クリント・イーストウッド監督の『ミリオンダラー・ベイビー』が有名ですが、他にもこれまでの出演作からして重厚なヒューマンドラマでは確固たる印象を残している反面、アクションやパニックもの等の即物的な娯楽作品とは相性が悪いのか端役が多いことも相俟ってあまり強烈なインパクトは無い模様。
それに対して本作ではラスボスポジションに相応しい佇まいに加えて主人公とのラストバトルの迫力も素晴らしく(他のマナーゲートメンバーが戦闘に不慣れな描写があるにせよ)、ストーリーが物議を醸しつつも興行的にもそこそこの成功を納めたようなので、個人的には是非とも今度こそ『コブラ会』の次シーズンにも二の足を踏まず参戦して湧かせてほしいものです。
そんな前情報をさらったうえで、本作の内容に移ります。
Ⅱ. 作品の見どころだったり不満点だったり
冒頭の富裕層が貧困層を馬鹿にするような"マナーゲート"メンバーたちのSNS上のトークルームでの会話の流れを俯瞰しつつ、それを受けてのプライベートジェット内でくつろぐVIP層と彼らに監禁されて連れて来られた一般市民の一人が催眠から偶然目覚めて殺される様・・・ここまではマンハントものとしてわりとテンプレな展開です。
そしていよいよ人間狩りゲームの開始ですが、だだっ広い森の中に等身大の巨大な木箱があり、中には人数分の銃火器と一頭の豚…いかにも示唆的です。
そして、真っ先に目を引くブロンドのか弱そうな少女は開始10分ぐらいで敵側の狙撃で頭を吹っ飛ばされ、次にリーダーシップを取る若い男性は同じく開始20分ぐらいで至近距離に投げ込まれた手榴弾で爆散する…。最後まで生き残ることを予感させるヒーロー・ヒロインを見つけて感情移入したい観客を裏切り、興味対象を絞らせないような作り手側の意図を感じます。
で、乱れ飛ぶ弓矢や道中の落とし穴のような罠でさらなる犠牲者を出しつつもなんとか男女三人が老夫婦の経営するコンビニに辿り着きますが、彼らも実は狩る側で店の飲み物に含まれた毒やレジに忍ばせたショットガンで呆気無く制圧。
ここでようやくベティ演じるヒロインのクリスタルが登場しますが、彼女はまるで既にこのゲームを何度も生還した歴戦の猛者の如く、軽々と目の前の人物が敵か味方か判断して敵なら早々に排除します。
逃走途中で招聘した米国大使館員も偽物と見破り始末し、道中で仲間にした男性に自分たちの今の状況を喩えるべく怒り混じりに口にしたのは有名な『ウサギとカメ』の話。ただ、彼女が語るのは本来の逆転劇の後、ウサギが逆恨みしてカメとその家族を皆殺しに来る、というもの。
つまりは、"見下している相手との勝負はポーズであって勝負ではなく、仮に負けようものならルール無用で捩じ伏せて勝負そのものを無かったことにする"ということでしょうか。なんとも唾棄すべき幼児性ですが、理路整然と説明する相手に対して「何も解っていない相手に話しても無駄だ」と対話を放棄する高圧的な論客の方々なんかは今日日いろんなメディアでいくらでもお目に掛かれますね。
後に主人公のクリスタルはアフガンへの従軍経験があることが判りますが、察するに徹底的な上意下達の軍隊生活の中でそうした理性放棄の稚気が上層部の中でも罷り通っていて心底厭世的になったのかもしれません。
そしてマナーゲートの主要メンバーの駐留する基地へ急襲を仕掛け、冷静に一人また一人と始末していくクリスタル。マナーゲート側は富裕層のビジネスマンばかりなので戦闘に関しては軍事顧問を雇って半年ほど事前訓練していたそうなのですが、結局は咄嗟の本番にもたついて撃沈。敵側が雇っていた軍事顧問が一度も実戦を経験したことが無い州兵、というのもなんとも象徴的でした。
加えてこのシークエンスでどうにも気になったのが後始末の仕方。襲撃してきたクリスタルを返り討ちに出来たかどうか無線で黒幕の女性から問いかけが有るのですが、道中で仲間にしたドンの名前を彼女が呼んだことで彼もマナーゲート側だと喝破したクリスタルが射殺します。
本作の場合は実際彼は敵方だったようですが、もしマナーゲート側に脅されて協力を余儀なくされた第三者だったらと思うと・・・おそらくはクリスタルであれば後顧の憂いを断つために始末したでしょう。
クリスタルはマナーゲート側に連行されてきたゆえにマナーゲートと敵対してはいますが、元々の富裕層そのものへの憎悪は感じられず、己の生を確保するための行動とそれを阻害する要因を排除することのみに注力することで一貫しています。
今日日SNSを眺めているだけで本当に様々な政治的見解を目にし、政治的意見と無縁ではいられないですしむしろ自らのスタンスは持っているべきとも思いますが、かといって主体的に自分のスタンスを発信しようとは思えません。それによって両極端なイデオロギーのどちらかに与していると見做されるのがなんとも億劫なところで、かといって沈黙によって現状を暗に肯定していると見做されるのも不本意なところです。
己の生存を確保することに行動を特価させたクリスタルはさすが元軍人とも言えますが、他所の事情にも目を向けていれば他の犠牲者の一人でも救える道もあったかもしれません。実際、金で雇われただけの軍事顧問は懐柔の余地もあった筈ですが、再度裏切られる危険を排除するためかクリスタルはその場で始末しました。
そして黒幕であるマナーゲートの首魁、ヒラリー演じるアシーナとの直接対決です。
この対決の途中に双方の出自に関わるどんでん返しが行われます。
すなわち、
〇アシーナはかつて自分の経営していた会社の仲間と冗談を交わしていたSNS上のトークルームをハッキングされてしまい、それが富裕層を憎む陰謀論者たちによって拡散され、真偽は別として会社の信用を失墜させてしまったかどで地位を失ってしまった。
〇それによって逆に陰謀論に傾倒する貧困層を憎悪したアシーナたち失脚組が皮肉にも陰謀論に後追いする形でマナーゲートを設立し、件の陰謀論を拡散させた12人を特定して拉致した。
〇その12人の中でクリスタルのみは同じ地域に住む同姓同名の他人であり、間違って連れて来られたのだが、それもアシーナは承知しており、彼女を"スノーボール"と呼称している。
というのがその内容です。
冒頭の豚やこのクライマックスで出てくる"スノーボール"という形で引用されているのが第二次大戦間際に英国で出版された小説『動物農場』です。
噂や妄想で犯人を仕立て上げるロジックは"魔女狩り"が慣用句とまでなっているように古くから存在していますが、今日ではSNS等の発達によって社会的な立場の強弱に関わらずその餌食になる、すなわちどこにいるどんな立場の人でもその対象に成り得る、という点に於いて現代的な恐怖が有ります。
であれば"いつ如何なる時でも、どんな人に対しても常に礼節を重んじるモラリストでいなければ"と考えようところなのですが、そこにさらに追撃の一手になるのが主人公のクリスタルの存在です。
アシーナはまだ"冗談とはいえ潜在意識で持たざる者を見下していた"という誹りも受ける余地が有りますが、クリスタルは間違えられただけの全くの無関係な他人です。そうした部外者ですら関係者の悪意やあるいは全くのアクシデントによって絶望的な状況に瞬く間に放り込まれます・・・無理やり炎上させられている今日日の現実世界の誰かのように。
上記小説での"スノーボール"はその高潔な思想とリーダーシップによって多くの民衆を魅了したものの、その傑物性ゆえに対立候補の姦計によって追い落とされ、表舞台から引き摺り落された後も為政者によって諸悪の根源としての虚像を造り上げられて目の敵にされます。
首謀者のアシーナは、無責任な陰謀論で己を陥れた自称弱者たちを彼らの妄想のゲームに実際に参加させて狩ったのみならず、全くの無関係な主人公をもそこに放り込むことで自らの暗い復讐心を満足させたのではないでしょうか。
ここで本作の物語は幕を閉じますが、もし凶悪なマナーゲートゲームを生き抜いて憎き富裕層を壊滅させた彼女の姿を世のネット民たちが挙って称賛し、無理やり彼女を当事者に祭り上げるラストであればより一層の"動物農場"世界になったのではないでしょうか。
Ⅲ. おしまいに
というわけで今回は公開当時本国で物議を顔したというハリウッド映画『ザ・ハント』(2020)について語りました。
ついでにという訳ではありませんが、本作のような人間狩り系の映画の中で個人的に印象的だった作品をいくつかここでご紹介します。
絶望的に追い詰められたうえで反撃に転じ、許しを請う仕掛け人を成敗・・・・・・という如何にもカタルシスたっぷりな構造なうえに、元々が単純な構造ゆえに裏テーマも忍ばせたりと工夫の余地が多分にあったりして実は侮れないジャンルなのかもとあらためて感じたりしました。
他にもおススメの人間狩り映画(ほんとにそれだけの中身空っぽのヤツでも実は含蓄あるヤツでも)ございましたらコメントいただければ恐悦至極にございます。
今回はこのへんにて。
それでは・・・・・・どうぞよしなに。