【名作迷作ザックザク⑰】祝!日本初上映! チェコの巨匠監督が暴く人間存在のエゴと欺瞞と信仰と・・・ 浮世離れした幻想的映像の中で人々が醜悪にしたたかに生きる中世の一大叙事詩『マルケータ・ラザロヴァー』(1967)
結論から言おう!!・・・・・・こんにちは。( ^o^)
片目が隠れた女性のショット、といえば真っ先に『女囚さそり』での梶芽衣子さんを思い出す、O次郎です。
今回はリバイバル上映作品のチェコ映画『マルケータ・ラザロヴァー』(1967)です。
13世紀の中世ボヘミアを舞台にした宗教・階級闘争劇という内容からしてかなり世人には取っつき辛く、"製作55年目にして日本初上映"という惹句に惹かれてミニシアターで鑑賞してきた次第です。
宗教と権力闘争に明け暮れる男共に翻弄されながらも愛を貫いた少女たちの逞しさを描く物語の重厚さを描きながらも、透徹とした山間部の自然とそこに生きる人々の悲喜こもごもを切り取った構図は美しく残酷で、それを人間の根源的感情を掻き立てるような音楽が彩っており、全てに於いて浮世離れした印象を受ける作品でした。
日本にとっては間違いなくカルト映画の部類ですが、相当な大作であることは間違いなく、その威力の片鱗だけでも伝わればと書いてみますのでちょっとのご興味がてら読んでいっていただければ之幸いでございます。
それでは・・・・・・・・・・・・"同棲時代"!!
Ⅰ. 作品概要
※Wikiにページが存在しないので公式サイトでご容赦をば。
- あらすじ(パンフレットより引用) -
舞台は13世紀半ば、動乱のボヘミア王国。
ロハーチェックの領主コズリークは、勇猛な騎士であると同時に、残虐な盗賊でもあった。
ある凍てつく冬の日、コズリークの息子ミコラーシュとアダムは遠征中の伯爵一行を襲撃し、伯爵の息子クリスティアンを捕虜として捕らえる。王は捕虜奪還とロハーチェック討伐を試み、元証人のピヴォ(チェコ語で"ビール"の意)を指揮官とする精鋭部隊を送る。
一方オボジシュテェの領主ラザルは、時にコズリーク一門の獲物を横取りしながらも豊かに暮らしていた。彼にはマルケータという、将来修道女になることを約束されている娘がいた。
ミコラーシュは王に対抗すべく同盟を組むことをラザルに持ち掛けるが、ラザルはそれを拒否し王に協力する。ラザル一門に袋叩きにされたミコラーシュは、報復のため娘のマルケータを誘拐し、凌辱する。
部族間の争いに巻き込まれ、過酷な状況下に置かれたマルケータは次第にミコラーシュを愛し始めるが・・・
1950年代より都合10年掛けて段階的に制作され、製作費はチェコ映画史上最高レベルということで、登場人物の人数はそれほど多くはないのでどこにその配分が?と思いましたが、”当時の衣食住や風俗を再現するために当時と同じ素材・製法を採用する”という拘りが画面に満ち満ちています。
また、眉目秀麗な俳優陣が喜怒哀楽全てを好もしく演じる遍く大作映画と違い、飾りっ気を捨てた登場人物たちが咽るほどに暑苦しく、一方で繊細にそれぞれの感情を身体を限りに画面いっぱいにぶつけてくるため、終始画面に異様なエネルギーが漲っています。ヒロイックさほぼ皆無なそのビジュアルは万人の理解を拒絶しているかのようです。
また、本作は中世の宗教対立・部族間衝突を描き、その最大の犠牲者として強調されがちな女性たちがその実、強かな強さを見せつけています。
主人公からして父親の仇敵騎士の息子にして報復のために自分を凌辱した男を宥恕して愛を育み、兄に同衾を強要された騎士の娘はそれを乗り越えて捕虜の伯爵子息と愛を交わし、彼が正気を失った末には介錯しています。
世の動静に揉まれて傷付けられながらも庇護者の押し付けの善意は断固拒否しており、自らの愛に生きる姿は非常に誠実です。
プライドや覇権争い、果ては欲をかいて身を亡ぼす醜悪な男たちと明確にコントラストを為しています。
また、大学で美術史を学んだフランチシェク=ヴラーチル監督の完成が横溢しており、時おり物語展開そっちのけで展開される極端なアップと印象的な構図はそれぞれが一級の作品スチールとして存立し得るインパクトを湛えています。
そして男たちの醜悪なことときたら・・・。
口では勇ましいことを叫びながら権謀術数と報復合戦に終始し、愛と身分とを天秤にかけて結局選べず。功明心と利己心で雁字搦めになる青年男性の姿は何処の国で有ろうと何百年経とうと普遍的なものなのかと暗澹たる思いをしてしまいます。
最終的にマルケータは父の元へ帰るも凌辱された彼女を受け容れられない彼から拒絶され、想い人のミコラーシュと婚姻を結ぶも国王軍に瀕死の重傷を負わされ、本来身を寄せる筈だった修道院への道も固辞して逞しく子どもを育て生きていったことが語られます。
Ⅱ. まとめ
本作はチェコの映画ですが、同国の作品として思い出すのがSF映画の『イカリエ-XB1』です。
宇宙船や宇宙空間、船外作業の描写といった今の宇宙映画の常道は割愛され、その代わりに密室状況での抑圧された人間関係と当て所の無い航海の不安で精神的に疲弊していく心理ドラマが秀逸な一本で、ステレオタイプな宇宙人も登場しないがゆえに現代でも通用する普遍的テーマを持った作品でした。
本作は過去、そして『イカリエ~』は未来の話ですが、どちらも人間存在の内面の真実を鋭く抉った作品であり、それこそは国体が常に激しく変化して来た歴史を持つ国家ゆえに生み出せた、あるいは生まれ出るべくして生まれ出たということなのかもしれません。
国際的に評価の高い作品ということではありますが、それでも商業的にペイできるかわからないニッチなニーズにもかかわらず、こうして鑑賞の機会を提供して下さった配給関係者の方々に頭の下がる思いです。
その状況に感謝しつつ、せめてもの応援の気持ちとして今後ともシネコンだけでなくミニシアターにも通って行こうとの決意で今回は締めといたします。
※ちなみに、チェコ製のダークファンタジー映画『オテサーネク 妄想の子供』について以前に記事を書いておりますので、よろしければそちらもお読みください。
今回はこのへんにて。
それでは・・・・・・どうぞよしなに。