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顔も名前も知らない親友が死んだ話

彼が死んで3年が経った。
そろそろ弔いの意味も込めて、この話をしてみてもいいのかと思った。

 大学生の時に彼と出会った。
 出会ったと言ってもインターネットを経由した出会いで、彼はハンドルネームを使っていたし、自分もまた同様であったため、正確な名前も、顔も、声も、どこに住んでいるのかも知らない。当時はインターネットを介してゲーム配信をしたり、共通の趣味をもつ人で集まったりしてコミュニティを形成するのが盛んになっていた時期だった。自分もその流行に乗って、アコースティックギターの弾き語りの配信などを行ったりもしていた。

 その時に出会った人は、通常の出会い方とは異なるため、妙に思い入れが強かったり、逆にさっぱりしていたり、交友関係が不思議な感じだったのを覚えている。そこから10年ほど経った今でも、月に1回は話す友人がそのタイミングで出来たりしたのだから、人と人との巡り合わせはわからないものだな、と今になって思う。大学生活の実生活で出会った友人らは、大変良い友達ではあるが、毎月連絡を取るような間柄ではない。

 そのコミュニティの中で自分がギターを弾いた音源を動画にしてアップロードしよう、という話になった。自分自身動画を公開することはやってみたいことではあったし、もしかしたら有名になれるかも、などと下心を出してその話を快諾した。しかし、動画を作るなんてことはしたことが無かったし、どうすればいいのかもわからないのでいろんな人に相談していた時に、彼を紹介してもらった。彼は動画を何本も作成し、アップロードもしていたので人脈もノウハウも多く持っており依頼はかなりすんなりと受け入れてもらえた。
 その時に少しだけSkypeで話したのだが、いわゆる通話という形ではなく僕が声で話して、彼はタイピングした文字で話すという、変わった形での通話となった。理由は恥ずかしいから、という。だから、彼の声がどんな声なのかも知らない。

 アップロードした動画は彼の人脈のおかげで、異常なまでの再生数を記録した。今聴いてもヘタクソにもほどがある音源なのだが、いろんな人に聴かれて、様々な感想を頂いた。

 そのおかげで彼とはすぐに仲良くなったと、自分では思っている。先の形式での通話を何度もしたし、彼は旅行が好きで旅先で出会った景色や料理の写真など、事細かに教えてくれた。次回はこの曲で動画を作ってみよう、みたいな話もした。せっかちな自分が相手のタイピングする時間を、少しも急かすことなくゆっくり会話することができたのも、妙に馬が合ったからだろうか。彼との会話を楽しみにしている自分が、当時は明確に存在した。
 ただ、彼自身のプライベートの話は上記の内容以外はあまり聞いた記憶が無い。そこまで踏み入るのも何か失礼な気がしたので、彼が話したいことを聞いたり、また自分が話したいことを取り留めも無く話していたような気がする。

 出会った時期は大学三年生で、そろそろ就活でも始めるかといった時期だった。自分もその波に連れ去られ、彼とのコミュニケーションツールであったパソコンに触れる時間も次第に短くなってきた頃に、彼が旅に出ると言った。いろんなところを見てみたいと、彼は言っていた。
 勿論自分の中で突っ込みたいことはいっぱいあった。

「仕事はどうするの?」
「お金はあるの?」
「旅先の宛は決まってるの?」

ただそれを聞くことはなく、ただ
「土産話を楽しみにしているよ」

と心からの言葉を伝えた。
 本当に、彼ならどこでもやっていけると思ったし、また落ち着いたら話をしたり、直接会ったりすることもあるかなと思っていた。今となって思えば、それは本当に旅行だったのか、病の治療だったのか、わからないままだ。

 それから5年が経過した。
 なんとか就職活動も終わり、生まれ育った場所を後にして東京に引っ越して仕事をして、社会の波に揉まれ、なんとなく一人で仕事ができるようになってきたころ、彼からTwitterでDMが入った。

「元気にしてる?」
とか、そんな感じだったと思う。

「元気だよ。めっきり連絡しなくなってごめん!今東京でバリバリ働いてる!」と返事をした。彼からはすぐに返事が返ってきた。

「そうなんだ! いま埼玉に住んでるんだよね。
 来ることがあったらご飯でも行こうよ」
どこに住んでいるのかも知らなかった彼の、プライベートを一枚垣間見た。
「そうなの!? すぐ行けるし行こう! 今月はもう埋まってるから、来月なんてどう?」
「わかった! また連絡取り合おうね。」

 それが最期のやり取りだった。

 何度連絡してみても、返事が無いのだ。まあ社会人だし、忙しいのかなと思いそこまで気にしていなかったが、ある時彼のTwitterのプロフィール欄が変わっていることに気が付いた。

「アカウントの持ち主は他界いたしました。」

 ショックだった。嘘だと思った。
 でも頭の中ではこんなタチの悪いジョ-クをするような彼ではないと、判断していた。それでも、どこからどこまでが嘘なのかがわからなかった。自分を騙すために何年も前から仕込んでいたのかも、と本気で一時期は考えた。
 アカウントは消えず、何度見てもその一文だけが浮かんでおり、記述している意味が頭に浸透した時に、ようやく本当なんだと受け入れることが出来た。

 受け入れても、何も変わらなかった。
 何も変わらず自分は、彼のことを何も知らないし、彼のために何もできない。

 アカウントは鍵がかかってしまい、こちらから連絡する事は出来なくなった。繋がりかけた関係は、たった一文で永遠に交わらなくなってしまった。

 顔も名前も知らない彼が死んで、それから3年が経った。
 このSNSが発達した現代においては、似たような事態は意外と数多く起こっているのかもしれない。

 残念ながら、この話はここで終わりになってしまう。
 ドラマティックな再会も、ストーリーの動き出しも無い。ここまで読んだ方なら、お墓参りに行くとか、何とかするとか方法が浮かぶのかもしれないが、自分は出来ていない。行動に起こすのが少し怖いのかもしれない。遺族の方に、自分の関係を説明できるかどうかも怪しい。あれだけの人脈を持っていた彼なので、似たような人は多いとは思うが、どうしても自分はまだ彼がこの世を去ったという現実が消化できず、ずっと腹の中に冷たく重い石のように残っている気がするのだ。

 ただ彼と作った動画作品だけが、彼がいたことを証明している。今も自分のiPhoneの中に、彼と作った作品が生きている。それで自分はいいのだと、ずっと言い聞かせている。

 ここまでの文章には提案も、慰みも無い。
「ネットでも実社会でも人はいつ死ぬかわからないから会える時に会いなさい」なんて無責任な提案をする気もさらさら無い。自分のような人がいるということだけ、ここまで読んでくれた方に伝えたい。

 もし一度彼に会えるのであれば、これだけは言いたい。俺は君のことを親友だと思っていると。君にとって俺は何人もいる知り合いの一人だったかもしれないし、結果的に会う約束を反故にした冷たいヤツだと思うかもしれないけど、それでも会話していたあの時は、無敵にどこまでもいい動画作品を作れると思ったんだよ、と。

彼がどう思うか、今の自分には知る由もないが。






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